第23話 お姫様の婚活事情・2 ~恋に生き、その挙句~
第04節 ウィルマーの新ギルド〔6/7〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
符牒の意味は、すぐにわかったんだよ?
王女殿下が、供も付けずに留学することなんかあり得ない。つまりそれは、お供を振り切って逃走したということ。
考えられるのは、亡命か駆け落ち。けど、若い女の子が亡命することの方が、考え難い。それに、駆け落ちなんて、夢見がちな女の子のしそうなことじゃない?
そして美奈にとっては、親子の情なんていうものは信じ難いものだけど、兄妹の情なら信じて良いと思う。きっと、王太子殿下もアマデオ殿下も、お互いの敵意・反目心はさておいて、年下の妹姫を溺愛していたに違いない。そう考えることは、美奈にとっては難しくないんだよ?
だけど、そんな目に入れても痛くないほど可愛がっていた妹姫が、どこの馬の骨とも知れない男に誑かされて、王城を出てしまった。これは、相手の男を殺しても飽き足らないほど怒っているのでしょう。それこそ、王太子殿下にとっては弟王子に対する敵意を塗り潰してしまうほどに。
けれど、今王太子殿下は動けない。王位継承の為に国王陛下から学ばなければならないことが、たくさんあるから。否、違う。多分、即座に動かなければいけない理由がありながら、表立って動く事が出来ない理由もあるんだ。それは一体、何?
そもそも、王女殿下は何故『今』駆け落ちなんかしたの?
物語でも、令嬢が駆け落ちを決意するのは、意に沿わぬ縁談が舞い込んで来た時。つまり、パトリシア姫にとって、今がそうだってこと?
つい四ヶ月ほど前、パトリシア姫にとっての兄王子、アマデオ殿下の婚約が発表された。それは何故?
一つは、『対〝サタン〟包囲網』関係。だけど、その婚約相手がモビレア公爵の令嬢であることを考えれば、西の大貴族との関係を更に強固なものにする為、という王家の意向もあったんだろう。
でも、スイザリア王国にとって、もっと関係を考えなきゃならない相手もいる。二重王国の相方、リングダッド王国。
王太子殿下は、アマデオ殿下の許に密偵を放ち、その情報を得ていた。なら、当然リングダッド王国バロー男爵領で行われていたことの内容も、知っていたはず。けれど、それがどういう結末に至ったのか。それだけは、知らない。
それを踏まえて、でもリングダッドとの関係の悪化を気にする必要は、王太子殿下には無かった。だから、放置していた。四ヶ月前は。でも今は、その前提条件が、崩れた?
その、前提条件。パトリシア姫の、存在。
「パトリシア姫は、リングダッドに輿入れする予定だったんですね。そして、多分その発表はもうすぐだった。けど、その直前になって、主役が姿を消した。
だから大慌てで、アマデオ殿下に協力を求めてきた。
カラン王国との問題が、表面上ではあっても解決したという報は、未だ王都に届いていないはずです。或いはようやく届いた頃か。だから、このタイミングになったことは、多分偶然です。
けど、リングダッド側にこの事を知られる訳にはいかない。特にバロー男爵領での一件は、リングダッド側でどのように処理されているかは未だ明確な報告がない。だから最悪をも考えなきゃならない。そこに加えて、輿入れを予定していた王女様が姿を消した。
これは、リングダッドから見たら、背信行為と看做すことも出来ます。リングダッドに嫁がせたくないと考えた王太子殿下が、秘かにパトリシア姫を逃がした、という言いがかりを付けることだって出来るはずなんです。
だからこそ、問題になるのは、パトリシア姫を誑かした男の、真意。
何も考えていないのか、恋心ゆえか、第三国の走狗でこれを外交上の手札とするつもりなのか。
それを、教えてください」
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
……凄い、としか言いようがないです。
話題が恋愛関係だから、という理由だけでは、説明出来ません。何故なら、「家族の情」とは無関係の、政略さえ、髙月さんは読み切っていますから。恋愛、というよりも結婚を、情より理、それ以上に利で考える王族の、その考え方を読み切っています。
「ミナ、其方の分析について、付け加えるべきことは何もない。
そして、パットを誑かした男は、王宮付きの庭師だ。親子二代で庭師をしており、血縁上の怪しい繋がりはない。その男、エフラインの交友相手に他国の密偵がいたかどうかは、現在調査中だ。
そして、駆け落ち先のアザリア教国で奉じられる善神アザリアは、結婚を司る女神でもある。だからこそ、駆け落ちなどの理由でその国境を越えた男女に対しては、格別な保護を与えるということになっている。今から百年ほど前、スイザリアとリングダッドの終りない戦争が終わったきっかけは、当時のスイザリア王子とリングダッド王女がアザリア教国に駆け落ちし、教皇の執り成しで二人の結婚が認められたことに起因するというくらいだ。だからこそ、王家の使者がパットを連れ戻しに行ったとしても、門前払いを喰らうだろう」
面倒臭い、というのが本音です。けれど、ボクはボクで気になることがありました。
「ボクからも質問させてください。
使者殿は『王女殿下の許に行け』と命じましたが、会ってどうしろとは言っていません。
どうすればいいんでしょうか?」
「武田。それは殿下には答えられない質問よ」
ボクの問いかけに、松村さんが。どういう事です?
「最善は、パトリシア姫を連れ戻し、リングダッドに嫁がせること。
次善は、そのエフラインという庭師の背後に如何なる国家の影もないという前提で、且つエフラインがパトリシア姫を守り抜け、幸せに出来るという前提で、二人を関係諸国の影響のない第三国に亡命させ、スイザリアに於いては病死を偽装すること。その場合リングダッドに決して疑われない方法を採る必要があるわね。
そのどちらも採れないのなら、パトリシア姫を殺害すること。この場合、その〝死〟を政治外交に利用する、或いは利用されないように手を打つことも選択肢に入る。例えば、アザリア教国内で、魔王国の手の者に姫が暗殺されたとする事が出来れば、スイザリア・リングダッド・アザリアの三国がドレイク王国に宣戦布告する理由になる。或いは第三国が『パトリシア姫の死は偽装。リングダッドに二心ある姫は死を偽装して逃走した』などと吹聴出来る隙があれば、スイザリアとリングダッドの関係が悪化する。
正直に言えば。パトリシア姫の存在は、この期に及んでは死体になってくれた方が、周囲にとっては利用価値が高くなるのよ」
とても非道な、そして非情な可能性です。
そして成程、確かに妹姫を溺愛しているアマデオ殿下には、答えられない質問でした。
その恋心を捩じ伏せて連れ戻せ、とも言い難いでしょうし、逃がせとも、殺せとも言えるはずがありません。
「殿下、大変申し訳ありませんでした」
「否、其方が謝ることではない。一番救いになるのは、エフラインが邪悪な男で、パットを一方的に利用しようとしている、という状況だろうな。
それなら、エフラインを殺し、パットを〝救い出し〟て城に連れ戻す事が出来るから」
(2,991文字:2018/08/06初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/06 03:00掲載予定)
・ どこかの国家乃至は組織主導の誘拐の可能性もない訳じゃないですが、誘拐なら王家が動けない理由はありません。「駆け落ち」も法的には「誘拐」なんですけど。
・ もしエフライン氏が、パトリシア姫を守りながら逃げ切れる、或いはそのまま辺境に落ち延び、そこで他国を経済力と軍事力で圧倒出来るだけの国を興せるほどに〝強い男〟であるのなら、任せるというのも一つの選択肢なんですけどね。
・ エフライン氏の父親は、息子のしでかした事を知った直後、王宮庭師の職を辞し、奥方を実家に帰したのちに自縊しています。
・ パトリシア姫を殺害して幕を引く。それも想定された結末のひとつですが、その場合〝ア=エト〟が王族弑殺の実行犯として指名手配される可能性も考える必要があります。
・ 髙月美奈「兄妹の(愛)情なら信じても良いんだよ?」
武田雄二「ラノベ脳乙。」
柏木宏「エロゲ脳じゃね?」




