第21話 任命式と昇進の儀
第04節 ウィルマーの新ギルド〔4/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
白金札昇格の儀式の為に、ボクたちはプリムラさんに連れられてモビレア領主城へ赴きました。
ボクたちは、〝ア=エト〟の名で白金札に昇格します。そしてボクたちが(正しくは飯塚くんが)〝ア=エト〟の名で行動するとき、その礼服は高校の学校制服です。髙月さんと松村さんの髪も、この二年で結構伸びましたけど、貴族の前に出るにはまだ髢が必要です。ボクたちにとっても整えるべき身嗜みもあります。
一方冒険者旅団【縁辿】として登城する際は、平服。そんな貴族かぶれの礼装の方が失礼に値します。勿論、銀札以上の依頼を請けるときはまた別ですけど。
けれど今回の場合、〝ア=エト〟の名での昇格の儀式でありながら、むしろ平服で、という事だったのです。
その理由は、登城してすぐにわかりました。字義通りの「身内だけ」だったのです。
今回の儀式は、ボクたちの昇格だけでなく、プリムラさんのギルマス就任の為の任命式も同時に行われることになっていました。そして、本来任命式は、領主の任命状を持った領主の代理人(通常は領主城の執事補クラス)がギルドに足を運び、新領主にそれを手渡して、それで終わります。むしろ代理人を迎えるギルド側が体裁を整える形となり、領主手ずから任命状を新ギルドマスターに渡すという事の方が異例なんです。
けれど。ウィルマーは現在モビレア公爵領。ですが、ウィルマーの新ギルドは〝サウスベルナンド伯爵領〟に置かれることになります。これは、ボクらの昇格絡みの詐欺に近い仕儀でもあるんです。
ウィルマーにある、他のギルドは、全て「モビレア公爵領ウィルマーギルド」です。後に、サウスベルナンド伯爵領が正式に成立したら、それに伴い所属領を移行するのです。が、冒険者ギルドだけははじめから「サウスベルナンド伯爵領ウィルマーギルド」なんです。こうすることで、「モビレア公爵直下冒険者パーティ【縁辿】」と、「サウスベルナンド伯爵直下冒険者〝ア=エト〟」を、自然に並列させることが出来るのですから。
そして。ここにきて、初めて公式資料に〝ア=エト〟の名が記載されるのです。
〝ア=エト〟という冒険者は、存在しません。当然そんな意味不明な二つ名(笑)を持つ冒険者も、存在しません。けれど、「サウスベルナンド伯爵領ウィルマーギルド」には、〝ア=エト〟なる白金札冒険者が所属することになるのです。
〝ア=エト〟なる冒険者をいくら調べても。その冒険者の木札から金札までの活動記録が出て来ません。〝ア=エト〟と【縁辿】の関係性を知っている人しか、その両者を結び付けることが出来ないのです。
ちなみに。後になってモビレアのマティアス氏に聞いた話ですが。
某〝魔王〟陛下が冒険者時代、同じことをしていたそうです。冒険者として〝とある事件〟に関わったことで官憲の追捕の手が伸びてきたとき、商人としての身分証を使って検問を逃れたのだとか。
……〝とある事件〟って、星が墜ちた時の事件ですね、わかります。
閑話休題。存在しない〝ア=エト〟なる冒険者に白金札を与える為に、未だ存在しない「サウスベルナンド伯爵」がウィルマーの新ギルドマスターに任命状を渡すのです。だからこそ、この絡繰りを知らない余人をこの場に立ち会わせる訳にはいかない、という話になるのでした。そもそも存在していない「サウスベルナンド伯爵領」には、任命状を託す執事補もいませんし。
「では、モビレア冒険者ギルドのマスター・マティアスが姪、プリムラ。
其方をウィルマー冒険者ギルドのマスターに任命する!」
「謹んで拝命致します」
ギルドマスターの任命式が終わったら、就任したばかりの新ギルドマスターから、〝ア=エト〟の白金札への昇格が告げられ、白金札としての冒険者証がボクら五人に手渡されました。
これも通常なら、従来の冒険者カードと交換で、という事になりますが、金札冒険者であるボクらは今後も変わらずにモビレアギルドに所属し続ける訳ですから、ボクらは二枚の冒険者カードを、用途に応じて使い分けることになるのです。蛇足ながら、ボクら五人(ソニア含む)の冒険者カードは、ウィルマー籍のカードとモビレア籍のカードは同じ名前です。けど、飯塚くんだけはウィルマー籍のカードには〝ア=エト〟と記載されています。
冒険者カードが渡された後。今度は旗幟をボクらに授与されることになります。モビレア公爵の旗幟と、サウスベルナンド伯爵(スイザリア第二王子アマデオ殿下)の旗幟。この二枚の旗幟も、目的に応じて使い分けることになるのです。
〝ア=エト〟の活動は、どうしても政治的乃至は外交上の目的で現地の貴族に融通を求める必要がある場合もあります。そんな時、ローズヴェルト王国ベルナンドシティでの一件のように、検問で難癖を付けられて拘留されるとか、スイザリア王都スイザルでの国王陛下に対する謁見の時のような回りくどい手続きを踏まなければならないとか、そのようなことにならないように。旗幟があればそんな問題を全て回避出来るのですから。
外国貴族や王族の場合は、スイザリア王族旗でもある〝サウスベルナンド伯爵旗〟を。国内貴族の場合はその派閥等を考えて二つの旗幟のどちらかを。ちなみに、アマデオ殿下は王族から〝排籍〟されてはいますが、〝廃嫡〟された訳ではありません。つまり、殿下が王族として振る舞うことは許されませんが、殿下が王族であるという事実が抹消された訳ではないのです。その為、外国では殿下の旗幟は、〝王族旗〟として問題なく通用します。
「ウィルマー所属白金札冒険者、ア=エト。其方にサウスベルナンド伯爵旗並びにモビレア公爵旗を授与する!」
「謹んで拝受致します」
この授与が、それぞれの領主様ご自身から、というのも異例です。ご本人の手から、それぞれご自身の紋章が描かれた旗幟を渡す。これは正しく信頼の証でしょう。
ボクらは、領主様たちにも幾つもの隠し事をしています。たくさんの嘘を吐いています。そしてその幾つかは、既に暴かれているでしょう。疑惑レベルであっても真実を掴まれているモノも、あるでしょう。
それでも。
その隠し事の内容まで含めて、また隠している理由まで含めて。
ボクらが。〝ア=エト〟が。
領主様たちの敵にならない。領主様たちにとって最終的に益になる。
そう、信じてくださっている。
これは、そういう意味なんです。
(2,908文字:2018/08/06初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/02 03:00掲載予定)
・ ギルドランクの飛び級は、基本あり得ません。が、〝ア=エト〟は書類上、登録した当初から白金札だったことになります。
・ サウスベルナンド伯爵領は、未だ存在していません。が、リュースデイルの町や、現在整備中の猫獣人の集落址などは、サウスベルナンド伯爵領に属します。このあたりが結構面倒なところ。戸籍や商業許可などは、他領の役所に申請する訳にはいきませんから。では、〝存在しない〟サウスベルナンド領に〝存在する〟役所って?
・ 「某〝魔王〟陛下が(中略)商人としての身分証を使って検問を逃れた」というのは、事実を省略しています。というのは、冒険者ギルドのギルド証と商人ギルドのそれは、ひとつのカードで共有していますから。ただ当時、外国人である魔王陛下は、フェルマール王国発行の旅券を使ってスイザリアに入国しています。けれどそれに際し、冒険者と商人それぞれの身分で別々に旅券が発行されていたので、冒険者の身分を示す旅券を提示して町に入り、商人の身分を示す旅券を提示して町を出た、ということです。
・ 身分を持たないプリムラ嬢は、立場を知られているマティアス氏の名を借用し、「モビレア冒険者ギルドのギルマスの姪」がその肩書になります。




