第20話 白金札《Sランク》
第04節 ウィルマーの新ギルド〔3/7〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
俺たちがモビレアに戻って来た理由の一つに、冒険者ギルドの事情があった。
現在モビレアのギルドは、ウィルマーに支部を置いている。が、近い将来〝サウスベルナンド伯爵領〟が成立したら、ウィルマーはモビレア公爵領から切り離されてサウスベルナンド伯爵領の領都となる予定だ。すると、ウィルマーのギルドがモビレアのギルドの支部であることに、不都合が生じる。だから、ウィルマーのギルドを早いうちからモビレアのギルドから独立させ、独自経営をさせようという話になったのだ。
ちなみにこの話は、他のギルドに於いても同様だった。
鍛冶師ギルドは、はじめからウィルマーで勝手に成立しており、モビレアのギルドは人員を送り込むことで関係を保った。けれどハティス郊外のドワーフの集落からの出向者で構成されるウィルマーの鍛冶師たちは、モビレアの鍛冶師たちより技倆は上。むしろ、モビレアのギルドからウィルマーに「留学」する形になってしまった。
商人ギルドは逆に、リュースデイルの復興需要、或いはサウスベルナンド伯爵領に於ける〝領旗〟の取り扱いの都合から、早々に人員を派遣して独立したギルドを成立させた。けれどモビレアギルドの影響力を明らかに保存しており、サウスベルナンド伯爵領に於ける通商事業に、モビレア商人が不利益を蒙らないように立ち回るのが、彼らの使命と言いたげだった。
職人ギルドもリュースデイル復興の為にモビレアやアルバニーから派遣されている。けれどこちらは商人ギルドのようにモビレアのギルドに牛耳られることがないように、アルバニーのギルドが上手に牽制しているようだ。その分組織内対立が目立ち、意思の統一には程遠いものの、あからさまな利益誘導は出来ない形になっている。
それはともかく。
サウスベルナンド伯爵領は、カラン王国と外交関係を持つ。つまり、〝悪しき魔物の王〟の尖兵であるゴブリンと、人類やサタンとは無関係に、個別に、だ。そうである以上、〝ア=エト〟である俺たちは、無関係ではいられない。
その一方で、俺たちの冒険者としての本拠地は、モビレアにある。これまでウィルマーのギルドはモビレアの支部だったから、それで問題はなかったが、ウィルマーのギルドが独立するとなると、俺たちがどちらのギルドに所属するかが問題になってしまうのだ。
「でも、ある意味住み分けも出来ているのよね。【縁辿】は、モビレア公爵の子飼いの冒険者旅団とされていて、〝ア=エト〟はアマデオ殿下の子飼いの冒険者とされている。
だからどうせなら、二重籍になっちゃえば、都合がいいと思うの」
と気軽に言うのは、ウィルマーのギルドマスターに内定している、プリムラさん。
女性が冒険者ギルドのギルドマスターになる、というのは色々大変だろう。荒くれ冒険者たちを束ねなければいけないという事なのだから。
けれど、プリムラさんは遠からず、某国に招聘され、その国でギルドマスターになることが既に決まっているらしい。だからその前に、ウィルマーでギルドマスターとしての実務を経験しておこう、ということになったのだとか。ウィルマーならモビレアの影響力も大きいし、現在ウィルマーにいる冒険者たちは基本モビレアギルドに所属している為皆プリムラさんの顔見知りだし。問題が起きてもすぐに手を打てる、と、親莫迦ならぬ叔父莫迦丸出しでモビレアのギルマスが許可をしたらしい。
「でも、二重籍は冒険者にとってのメリットって無いですよね?」
「普通に考えたらそうよね。強制依頼など断れない依頼が課せられる窓口が一つ増える訳だから。けど、抜け道もあるの」
「抜け道、ですか?」
「そうよ。それも正当な。
具体的には、白金札への、昇格」
え?
「白金札なら、正当な理由があれば強制依頼を拒否出来る特権もあるから、マイナスにはならないわ」
「でも、俺たちが白金札に昇格するメリットも、無いと思いますが」
「そうでもないわ。白金札は、本来所属しない都市のギルドでも、一定の立場を留保出来るから。
例えば、去年ローズヴェルトのベルナンドシティに出向した際。『外国のギルドで銅札以上が認められても、内規により鉄札から始めなければならない』って言われたでしょう? けど、白金札の〝立場〟は、各ギルドの内規に左右されないから、どこの国の、どこの町のギルドに出向いても、白金札は白金札として受け入れられるわ。
だからこそその偽者が出回るし、だからこそ本物の白金札はそうであることを成果で示さなければいけないんだけどね」
ベルナンドシティでの一件を思い出すと、確かに白金札に昇格するメリットがある、ということになる。
「で、考えたのは。
白金札に昇格するのは、でも【縁辿】という冒険者旅団ではなく、〝ア=エトとその一党〟とします。【縁辿】は、これまでと同様、モビレアギルド所属・ウィルマーギルド出向、という立場。つまり、白金札として貴方たちが活動出来るのは、あくまで〝ア=エト〟として活動する場合のみ、ということになるわね」
何となく、面倒臭い仕儀だと思うけど。けれど確かに、【縁辿】としての俺たちには白金札は必要がない。一方で〝ア=エト〟には、白金札の立場は有効に機能する。
少なくともベルナンドシティでの一件で。もし俺たちが白金札であったら、レイリアさんが絞首台に上る必要はなく、ベルナンドギルドを無条件で『対〝サタン〟包囲網』に組み込む事が出来ただろうから。
「わかりました。では〝ア=エト〟の名で、白金札への昇格を受け入れます」
「有り難う。ではこのまま領主城に行きますので、ついて来てください。白金札への昇格は、基本ギルドマスター2名と領有貴族の承認が必要ですから。
今回の〝ア=エト〟の昇格に関しては、モビレア公爵並びにアマデオ王子殿下が承認してくださいます」
今日は登城の予定が無かったから、俺たちは皆平服。だけど〝ア=エト〟として登城するなら。
「あぁ、着替えの必要はないわ。今更だし、儀式と言っても今回は内輪だけだから。
それに、これはもう一つの用件の口実にもなるの。
モビレア公爵旗。そして、サウスベルナンド伯爵旗。
この二つの旗幟が、〝ア=エト〟に託されることになります。
今後、貴方たちが他市他領に赴く際、城門でこの旗幟を掲げることにより、外交官としての公式の身分が保証されます。
外交官僚の身分は、下級貴族に準じ、また不逮捕特権や免税特権など多くの特権が認められることになるでしょう。
……悪用は、しないでくださいね?」
(2,926文字:2018/08/05初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/30 03:00掲載予定)
・ 自分のギルドに「所属している」冒険者が偉業を為すのと、自分のギルドに「出向してきている」冒険者が偉業を為すのとでは、ギルドにとって扱いは当然変わります。出向してきているだけであれば、本来のその冒険者の所属ギルドに感状を出すなどの対処が必要になりますし。
だからこそ、自分のギルドに所属する高ランク冒険者には、規定以上に優遇するなどの措置を、現場判断でとることになります。当然、出向して来ているのであれば、転籍してもらえるように接遇するなどは常識以前の話ですし。
・ 白金札の冒険者証には、承認した2ギルドの紋章と領主貴族の紋章(略紋や戦旗紋ではなく、正式な紋章)が刻まれます。当然ながら「領地」の紋章ではなく、「領主」の紋章。なお、領主紋は代替わりすれば次代に引き継がれますが、王族紋は個人一人ひとりで別個に与えられます。アマデオ王子は、自身の王族紋を「領主紋」として使用することが許可されています。
・ 旗幟の授与は、「領旗」ではなく「領主旗」です。「誰の委任を受けているか」を表すモノですから。第四章のキーアイテム「モビレア公の紋章入りのブローチ」は、これと同じ意味を持ちます。その一方で、それは第三者に明示するものではなかった為、「正規の外交官」としては扱われなかったのです。
それを考えれば、第四章のレイリアをはじめとする冒険者ギルドは、完全にベルナンド伯にハメられています。五人にベルナンドの領主旗を託して何ら問題ないシチュエーションでしたから。彼らがベルナンドの領主旗を掲げながら行軍していたら、さすがに冒険者ギルドと雖も攻撃は出来なかったでしょうから。
・ 「サウスベルナンド伯爵領旗」は当然のこととして既に受け取っています。平民が領旗を持つという事は、この時代普通とは言えませんが、サウスベルナンド伯爵領旗は商業的意味を持つことから、むしろ有償で販売され領の歳入源となることになります。
・ この時代、炭焼きは「野焼き」で行っておりましたが、ドワーフ集落の鍛冶師たちは「炭焼き窯」を使っていました。そのドワーフ集落の鍛冶師たちがウィルマーでギルドを作り、モビレアの鍛冶師たちがウィルマーに〝留学〟した結果、炭焼き窯の知識も段階的にスイザリア全土に齎されることになります。




