第18話 謁見
第04節 契約〔1/6〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
一つの成功体験は、確かな自信に繋がる。
野外実習を成功させたことで、あたしたち全員は、一つの自信を身に付けていた。
勿論、それが用意された環境だったからこその成果だとは、皆わかっている。それでも、一つのことを成し遂げられた。それは、自信の源になる。
また、同時にそれぞれの課題とするべき問題点も見つける事が出来た。なら、戻ってきた後の訓練にも身が入って当然だろう。
例えば、あたしはエラン先生に「技術を過信している」と言われた。それは「敗北」と「死」の両者の間に深い隔たりのある、競技者ゆえの悪癖に起因するのかもしれない。同時にあたしの業は対人戦特化だ。例えばウサギ相手に柔道の投げ技などは使えないだろうし、剣戟さえも対等な立ち合いが前提だ。
実習での宝石魔獣戦で、あたしの業は何度も躱されてしまった。柏木のフォローや連撃の追撃でその失敗は目立たずに済んだけど、対魔獣戦で必要なのは、基本的に一撃必殺。それも、「躱されたら後がない」といった種類の業ではなく、致命或いはそれに準ずる威力の攻撃を連撃する、という事だ。逆に、人間相手の小手先の読み合いや崩しは意味がない。
この先のことを考えたら、対人戦重視は間違いではないだろうが、対魔獣戦技を研究する必要はあるだろう。
そして、魔法戦術。
対宝石魔獣戦、魔法が使えたらどう使う?
ミーティングで、そういった議題に基いてディスカッションをすることで、イメージを高める。
〔炎の矢〕はまだ研究段階だし、〔烈火〕を実戦に資するには尚早だ。〔烈火〕は至近距離で使う方が効果が高い以上、前衛職(あたしや柏木)が剣戟の最中に使うべき魔法という事になる。
〔雷撃〕は、どの程度効果があるかはまだわからない。試してみないと。
〔火球〕はまだイメージが掴めない。爆弾のような効果なら〝爆風〟と〝破砕用の金属片〟があるべきだし、気化爆弾のような熱風を生み出すことを考えるのなら、やはり字義通りの可燃性気体をイメージする必要がある。そして原語の「火球」(落下中の隕石)なら、質量と速度が要求される。
〔氷嵐〕は、単純冷却ではなく断熱膨張と気化潜熱による、多段階冷却でやった方がいいのでは、と武田。
他にも、大地に干渉してこちらに都合の良いように形を変えたり、植物に干渉して相手の動きを束縛したりすることが出来ないかと研究している。
◇◆◇ ◆◇◆
そんなこんなで試行錯誤しながら、第35日目。
この国の王様が、あたしたちと話がしたいと言ってきた。
◇◆◇ ◆◇◆
「其方らがこの世界に足を踏み入れてから、既に月が一巡りした。この世界には、もう慣れたか?」
そこにいたのは、あたしたちがこの世界に召喚された時、魔術師長の隣にいた壮年の男性。彼が、この国の王様だった。
これは正式な謁見ではなく、非公式の面会だからと、多くの儀礼を排された。
本来であれば、王様に会うなら相応に身嗜みを整え、作法を学ぶ必要がある。けど、その時間は無く、そもそもあたしたちの身分はこの世界では文字通り宙に浮いているんだ。だから、この場に限りそういったことを無視することが許された。
「あたしたちの世界とは違うことが多過ぎて、戸惑う事ばかりです」
本来なら。あたしたちのような平民が、王様に直接話しかけることは無礼とされる。それどころか、許可もなく顔を上げることも本来ならしてはならない。ただ額を床に擦り付け、その声を聴かせてもらえる栄誉に感謝する他はない。
けれど、それでは話が進まない。だから、特例として直言することを認められたのだ。
当然ながら、それはあくまで「特例」。何を言っても構わない、という訳ではない。
そして、相手があたしたちの生殺与奪の権を握っている以上、迂闊なことを言って自分の首を絞めることは出来ない。
そうすると、美奈や柏木などに口を開かせれば、地雷原の上でタップダンスを踊ることになるだろう。何気に軽率な飯塚も不安だ。
消去法で、王様と言葉を交わすのは、あたしか武田のどちらかという事になり、客観的なイメージを考えてあたしが代表することになったのだ。
「そうか。もう少し時間を掛けて、其方らにこの世界に親しんでもらいたいものだが、如何せん時間がない。この世界では身元不明の其方らが、城で暮らすことに不審と不満を持つ輩も少なくないからの。
余は、其方らの力を借り受けたく、遠く異世界まで〝縁〟を辿った。
出来れば其方らも、快い返事をしてほしいものじゃ」
「快い返事」って言ったって、拒絶の言葉を受け入れる気は無いんでしょう?
言いたい言葉が宙に消える。「非公式」だの「特例」だのと言ったって、不満や疑問が許される訳ではない。そう、Yes以外の言葉は、はじめから用意されていないんだから。
そして、あたしらから何かを要求することも、本来は認められない。けど、「依頼」を果たす為の条件を整えることは、出来るはず。
「微力ながら、最善を尽くします」
所詮は、出来レース。三流脚本家の書いた台本通りに、あたしは決められた台詞を口にする。
「そうか、やってくれるか。
では、その為の諸条件は宮廷魔術師長と話し合ってくれ。
リトル、良いな?」
リトル、とは魔術師長の名のようだ。
呼ばれた魔術師長は、あたしたちの前に進み出て、口を開いた。
「では、シズ。キミたちに依頼する内容を、あらためて説明する。
〝魔王〟の討伐。それだけだ。
〝魔王〟は、この大陸の東にある、別の大陸に城を構えている。
〝魔王〟は、この世界を統べる精霊神様がたを否定する者だ。世界の秩序の為に、滅ぼさなければならない」
「幾つか疑問があります。
一つは、あたしたちでそれを成しうるのか。
一つは、〝魔王〟が城を構えている、つまり国を持つというのなら、何故国家ではなく個人で対するのか。
一つは、〝魔王〟が世界の敵だというのなら、何故世界を統べる精霊神ではなくこの国があたしたちを召喚したのか」
王様に疑問を投げることは許されない。けど、魔術師長に対しても同じという訳ではない。
だから遠慮なく、聞きたいことを聞いてみることにした。
(2,676文字:2017/12/08初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/05 03:00掲載予定)