P-2 異世界転移
プロローグ〔2/2〕
◆◇◆ ◇◆◇
「な、なんだ!」
「これはまさか、異世界転移?」
「……飯塚くん。飯塚くんって意外に余裕があるんですね」
「武田の方が全く動じてないように見えるぞ」
「眼の前でパニクっている人がいると、逆に落ち着く性質なんです。特にそれが、女子ならね」
そう。意外にも一番恐慌状態に陥っていたのは、雫であった。
「理解を超える出来事」に直面したことで、雫は意外なほどの脆さを露呈した。
逆に、美奈はいつもと立場を入れ替えて、雫を落ち着かせようとその胸に抱き寄せていた。結果、「彼氏」のはずの翔がハブられて、悔しいから懐かしいオタネタを口遊んだという訳だ。
「と、いう事は、お前らはこの現象に心当たりがあるのか?」
宏もまた動揺していた。しかしその内心を押し隠し、比較的冷静に見える男子二人に声を掛けた。
「ボクが好んで読むラノベには、よくある導入部です。自分の身に起きるなんてことは、夢にも思いませんでしたけどね」
「俺もリアル中二で卒業したな、そういう妄想は。それ以前は、異世界から召喚されて、勇者と呼ばれて魔王に挑む、なんて空想に耽っていたこともあったけど」
「意外ですね。もしかしたら、異世界に召喚された時を想定して色々な現代知識を暗記していたクチですか?」
「否、すぐに冒険に出られるようにサバイバル技術を学んだり、食べられる草の見分け方や動物の狩り方を練習したりしてた」
「……それはまた、筋金入りですね」
「うちの叔母さんの主義が『やるんなら、目一杯』だったんだよ。その叔母さんは彼氏も作らず『目一杯』ネトゲに打ち込んでたけどな」
「いや、こんな異常な状況で、そんな風に話し込めるお前らは、立派に普通じゃねぇよ」
呑気な二人の遣り取りを見て、宏も落ち着くことが出来たようだ。
「それで、お前らの知るパターンだと、このあとどうなるんだ?」
「千差万別です。作者次第というか。
何にしても、ラノベのネタが現実に役に立つとは思えませんが」
「パターンは大分して二つ。つまり、事故か召喚か。
事故なら、それこそ大海原に放り出される可能性もある。
召喚なら、召喚主がいて、俺たちを召喚する理由と目的があるってことだ。
その召喚主が神様だったら、何らかのズルをくれるかもしれないな」
虚構と現実を区別する雄二に対し、どっぷり虚構に染まった回答をする翔。普段の印象と真逆な二人を見て、宏は更に心に余裕が生まれるのがわかった。
「なんにしても、何が起こるかは蓋を開けてみるまではわからない、という事か」
「そうですね。けど、一つだけ」
「なんだ、武田?」
「もし召喚主がいたとして、その相手が何を言って来たとしても、その場で答えを出さないでください」
「どういうことだ?」
「相手の善悪も分かりませんし、その言葉の虚実もわかりません。
極端な話、『悪の火星人を撃退してくれ』と金星人に言われたとして、その言葉にどれだけの説得力がありますか? 仮に火星人がウェルズのタコ型で、金星人が人間型だったとしても、です」
「そうか、人間そっくりだからと言って、善悪の基準も人間と同じとは限らないのか」
「はい。もし本当に異世界に転移するのなら、ボクたちはその世界のことを何も知らないのですから」
そして。まるで打ち合わせが終わるのを待っていたかの如く。
全員の視界を埋め尽くしていた白い光は消え、彼らは石造りの儀式場、と呼ぶべき場所に立っていた。
その周囲には、黒いローブを着込んだ数人の男と、武装した数人の男。
後方には使用人と思しき女性たち。そして、その儀式場の上座と思える側に、やはり豪華なローブを着込んだ初老の男と、煌びやかなケープを着込んだ貴族然とした壮年の男がいた。
おもむろに、初老の男が何かを告げた。が。
「な、なにを言っているんだ?」
「わかりません。外国語?」
「というより、異世界語だろう?」
言葉がわからない。異世界転移物にありがちな「言語理解チート」は、彼らには与えられていないようだ。
「あ、あの。俺たちは貴方がたに害をなすモノじゃありません。って、どう伝えれば良いんだろう?」
翔が、伝わらないのを承知の上で、日本語で語りかけてみた。言葉は伝わらなくても、気持ちは伝わるかも。という、ご都合主義的発想である。
しかし、その言葉を聞いた初老の男は、貴族然とした壮年の男に何かを語り、壮年の男は周囲の人間に何やら指示をしたらしい。人々は、バラバラに、けれど整然と動き始めた。
その中の、武装した男が二人と使用人らしき女性が二人、儀式場に上ってきた。男が美奈の腕を掴む。
「やめろ!」
翔が叫んだ。すると、使用人の女が武装した男に何か言い、男は手を放し、代わりに女が美奈に手を差し伸べた。どうやら五人全員を、どこかに連れて行こうとしているようだ。
男と女の遣り取りを見て、基本的に害意はないと判断し、全員で彼らの後について行くことにした。
◆◇◆ ◇◆◇
雫はまだ混乱したままだが、取り敢えず状況を理解しようとする冷静さは取り戻せたようだ。
そして彼らが連れていかれた先は。
石造りの部屋だった。
「蚕棚」と呼ぶべき三段ベッドが二列。衣装箱らしきものが二つ。
水が入った壺が一つと、大きめの盥が一つ、そして用途の知れない箱が一つ(翔と雄二は中世欧州の生活様式を知識として知っていたので、その箱の用途に想像がついていたが、的中したら嫌なのでその可能性を脳裏で否定した)。
「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか男子と一緒の部屋だっていうの?」
恐ろしい事実に気付いたとばかりに雫が女使用人に食って掛かると、女はあっさりと雫をいなし、退出しようとした。
「だからちょっと待ってって。トイレはどうすんのよ?」
なおも食い下がる雫に対し、女はすっ、と用途不明の箱を指差した。
そう。この箱がトイレ。この中に排泄し、中身を窓から捨てるのが、中世欧州の日常。ちなみの女性のスカートは、排泄の際に陰部を露出しないように生まれたモノなのだ。
仕方なく、(翔との視線で押し付け合いに負けた)雄二がそれを説明すると、雫だけじゃなく美奈も絶望的な表情を作った。
翔と美奈は交際しているといっても、接吻もまだである。幼い頃は一緒にお風呂にも入ったことがあるが、最近は勿論そんなことはない。そして、仮に一線を越えていたとしても、排泄行為まで見せ合うほどの変態カップルにはなれないだろう。
そして、ここにいるのは翔と美奈だけじゃない。いくら親しい友人同士でも、身を隠すカーテンもない同室で、夜を過ごし、音や匂いだけじゃなく姿も隠せない状況でトイレまでしなければならない。ましてやその中身を窓から捨てるなんて!
女子たちも、(翔や雄二ほどではないが)普通に異世界ファンタジー小説を読んだことがある。けど、そんなシーン、どこにも書いていなかったじゃないか。
そして、知識を有していた翔や雄二も含め、これからのことを考えると憂鬱にならざるを得なかった。
(2,922文字:2017/11/25初稿 2018/03/01投稿予約 2018/03/31 23:00掲載予定)
【注:ウェルズのタコ型火星人、というのは、〔H.G.ウェルズ『宇宙戦争』1897〕にちなみます】