第19話 お姫様の婚活事情・1 ~コウノトリは何処から来るの?~
第04節 ウィルマーの新ギルド〔2/7〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
第698日目。久しぶりにモビレアに戻ってきた。
いつもの定宿『青い鈴』は、リュースデイルの復興需要のおかげで地方から人が集まり、残念ながら満室。提携の宿『狐の足あと』を紹介された。
『狐の足あと』は、『青い鈴』より高級、というか富裕層向けの宿だったが、今のあたしたちにとっては問題なく宿泊出来る。一応、男子と女子で一部屋ずつ取ってそこに腰を落ち着けた。
そして翌日。アドリーヌ公女の使者が宿に来て、拉致同然に領主城まで連れていかれてしまった。
「ねえ、シズ姉さま。アマデオ殿下との結婚って、何をしたらいいのかしら?」
時々領主城で、アドリーヌ公女の礼法指導をしていることから、あたしは公女様から「姉さま」と呼ばれている。けど、この問いになんて答えたらいいんだろう? まさか「おしべとめしべ」の話をしろ、と? それはむしろ、美奈の守備範囲だと思うけど。
ふと公女様側付きの侍女さんの方に視線をやると、苦笑しながら小さく首を左右に振っていた。さすがに性教育を求めている訳ではない模様。
となると、政略結婚の意義が求められているということになる。そうなると今度は、飯塚あたりが適任じゃないのかな?
「先日初めて会ったばかりの殿下と、結婚するって言われても。どうしたらいいのか」
「……難しい話ですね。実は私も、この国に来る前、この〝奴隷の首輪〟を嵌められる前、縁談の話があったんです。
私の家も、長く伝統を保っている家ですから、それを守り伝える為に婿を取れ、と。
けれど私は、今の姫様のように、それを受け入れることは出来ないでいました。
否、当時の私は、家の伝統を守るということの意味さえ理解しておらず、だから好いてもいない相手と婚ぐことに対し、抵抗感があったのです」
「お姉さまも? それで、どうなさったのですか?」
「どうもしておりません。答えを出す前に、というかその相手と見合う前に、こちらに来て〝奴隷の首輪〟を掛けられてしまいましたから。おそらくその婚約者候補の男性は、他人の奴隷となった女には興味がないでしょう」
「あっ……」
あたしは、アドリーヌ公女殿下の礼法指導の協力をしている。そのことから、あたしが貴族の子女である可能性を、領主城の皆が共有していることだったみたい。むしろ今のあたしの言葉は、それを裏付けただけ、でしかないのでしょう。
「私が出来ることは、姫様にとって〝一番大切なモノ〟は何か、それをちゃんと見つけていますか、と問うことだけです」
「私の、一番大切なもの……?」
「そうです。それを手に入れる為には、或いは既に手の中にあるそれを守る為なら、どんな犠牲も厭わない、他の何を切り捨てても構わない。そう思える、〝何か〟です」
偉そうなことを言っていても、あたしもそれを見出せてはいなかった。だからこそ、『元の世界に帰れる』という、騎士王国の魔術師長の言葉に心が揺さぶられ、結果〝奴隷の首輪〟を嵌められることになった。
そのレベルの覚悟を、たった12の少女に求めるのは酷かもしれない。けれど、王侯貴族の子女にはそれが求められる。
「……よく、わかりません」
「そうですね。それが普通だと思います。
姫様がアマデオ殿下の許に嫁ぐまで、あと四年あります。その間に、ゆっくり探してみるといいですよ。
そして、それと同時に。
この四年の歳月をかけて、アマデオ殿下のことをよくご覧になるべきでしょう」
「殿下のことを?」
「はい。王子殿下のことをこう言うのは不敬かもしれませんけれど、殿下の良いところも、悪いところも、優れているところも、足りないところも。ちゃんと見定める必要があります。
良いところを支えられるように。悪いところを糾せるように。優れているところを邪魔しないように。足りないところを補えるように。
姫様のお気持ちで、この縁談が覆ることはありません。なら、この縁談が姫様にとって善きものになるように、姫様自身も頑張らなきゃならないんです」
親の決めた許婚者を拒絶して、愛する男と結ばれる。
ある種のラブストーリーの定番だ。
けれど、それは「物語のハッピーエンド」の、エンドロールのその後の幸福を約束するものじゃない。
親がその許婚者を選んだことには相応の意味があるだろうし、愛する男と結婚することを認めないなら、そのことにも意味があるだろう。
もしかしたら許婚者を袖にすることで、ヒロインはその後の人生にとてつもない負債を抱えることになるかもしれない。愛する男を選ぶことで、苦難の道を行くことになるかもしれない。
愛さえあれば、越えられる。もしかしたら、それが真実かもしれないけれど、その〝愛〟は、果たしてその〝負債〟を賄い切れるものなのか? その〝苦難〟を乗り越えるに足るものなのか?
そして、逆にアドリーヌ姫はそういった〝愛する男〟が眼前にいる訳ではないのなら。親の勧めた縁談が、善きものになる様にこそ努力すべきなのかもしれない。
……惚れた男がいる訳でもないのに、「運命の出逢い」などというモノを夢見て条件反射的に拒絶していたあたしが言うのもどうかと思うけど。
◆◇◆ ◇◆◇
「シズは、そしてあの五人は、一体何者なのだろうな?」
「こことは違う世界から召喚された、という話ですが」
アマデオ王子とモビレア公爵は、アドリーヌ姫とシズの会話を侍女から聞き、シズたちの正体に思いを馳せていた。
「本人たちは平民に過ぎないという。けれど貴族の礼法に通じ、貴族の在り方を理解し、政治や外交そして軍事に知見を持つ。そんな『平民』が、いる訳がない」
アマデオ王子は、シズたちの礼法の教師はスカルパ男爵夫人だと聞いていた。けれどモビレアに来て、シズがアドリーヌ姫の礼法を指導していることを知った。つまり、他の四人に対して本当の意味で礼法を指導しているのは、シズという事だ。
シズの礼法は、所謂〝貴族の礼法〟とは違う。本人曰く〝武家の礼法〟だという。戦場に身を置き、周囲の敵に対することを前提としたもので、武人が使えば全ての武術の基礎になり、貴婦人が使えば夜会の作法やダンスの基礎になるという。実際、シズは夜会のダンスのステップを知らなかった。が、一度教えたら、ほんのわずかな教練で、熟達のステップを見せたのだ。だからこそ、アドリーヌ姫の家庭教師は、自分の講義の他にシズが礼法や歩法を指導することを認めているのだとか。
「シズたちが、本来の所属国の平民なのか、上流階級なのかによっても話は違ってくるでしょうけれど。その国は、間違いなく我が国より高度な文化を誇っているのでしょうね。
間違っても、正面から交流を持ちたいとは思えません。
対等の関係には決してならず、我が国が屈辱的な立場を強いられることは、疑いようがないでしょうから」
(2,863文字:2018/08/04初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/28 03:00掲載予定)
【注:宿『狐の足あと』は、残念ながら温泉施設ではありません】




