第17話 宴
第03節 リュースデイル解放戦(後篇)〔6/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
戦争は、取り敢えず終わったんだよ。
〝魔王〟陛下の思惑はまだわからないし、ショウくんもその構想の全体像を話してくれた訳ではないから、この先話がどう転ぶかはわからないけど、取り敢えずリュースデイルを巡る戦いは、終わったの。
小鬼たちには、サウスベルナンド伯爵領旗を渡して、他の捕虜にされたゴブリンたちと共に釈放した。次に彼らが人類軍の前に姿を顕すとき、預けた旗とともにカラン王国の旗を掲げていた場合、それは話し合いを求めてきた証。そうでなければ、戦争を求めてきた証。そう解釈することになる訳なの。
そして、王子様たちは交渉が成立する場合に要求する内容を話し合ったの。
領旗を掲げた商隊に対する通行の安全は、絶対。そして、サウスベルナンド伯爵領旗とカラン王国旗をそれぞれ掲げた者同士は、相互に不可侵。ここまでは、問題なく妥結出来ると思う。
旗を掲げていない相手に対する攻撃の許可。これは、南東ベルナンド地方での冒険者活動並びに狩猟を是認する内容だね。ゴブリンにとっては同胞の身の安全の為に、拒絶するかもしれないけど。でもその一方で、カランに属する魔物が旗を掲げない人間に対する攻撃を認めるという事だけど、サウスベルナンド伯爵領にとっては。「領旗を掲げなければ安全は確実に失われる」という状況は、政治的に有利になる。否が応でも領旗の価値が高まるってことだから。
交易。けどこれは、ゴブリンたちが貨幣経済を理解していなければ意味ないよね。現実的には、ゴブリンは魔王国と交易している訳だから、当然貨幣経済という概念を認識していると思う。けれど、それは王子様たちには話せない秘密。だとすると物々交換。場合によっては、ゴブリンと人間が共存する実験集落の建設も、選択肢に含めて検討するという話になったんだよ。
王子様たちは、決して愚鈍なんかじゃないから。
「魔物たちと交渉などは出来るはずがない」という前提があったから、彼らと交渉することを進言したショウくんに対して反発をしていたけど、一度交渉が成立する可能性、そしてそれが成立した場合(要求の全てが認められた場合、じゃないよ)のメリット等を理解したら、むしろ彼らの方がこの交渉に関して前向きになってくれたの。
魔物と利害関係が一致する。王子様たちは、そんな可能性自体、想定になかったみたいだけど。一部とはいえそれが成立する可能性があるのなら。
スイザリアでは、古代帝国時代から魔物を使役して戦力に組み入れることを研究していたって聞いている。けどそれは、奴隷のように強制的に支配して戦わせることを目標にしてたみたい。けれど、条約や利害の一致で、共通する敵に対し協同して戦ってもらえるのなら。それもまた、「魔物の戦力化」と呼ぶことが出来るんじゃないのかな?
◇◆◇ ◆◇◆
何にしても、ここから先は政治の時間。
美奈たち冒険者の出る幕は、もうない。
だから、王子様たちに許可をもらって、リュースデイルの峠の広場で、今回の戦争で奮闘した騎士・領兵・冒険者、商人・鍛冶師・大工たちを招いて宴会をすることにしたんだよ。
そのメインディッシュはミノ肉。ただ人数が多いから、ステーキにしたら行き渡らない可能性がある。だから、焼き物は串焼き。その他には煮込みや、ホルモン焼き・モツ煮なども試すんだよ?
その他の食材は基本、今回の戦争の為に用意された糧食なの。通常、戦闘糧食は保存性を第一に考えるから、お世辞にも美味しいとは言えないけれど、このリュースデイルの戦いの場合。市街地に近い場所で戦闘が行われた為、ウィルマーで調理した料理を、傷まないうちにアルバニー領軍の兵士たちは口に入れることが出来たの。またサウスベルナンド領軍の方は。
美奈たちの〔亜空間倉庫〕の食料保存庫は、三種類あるの。室温常温の「時間凍結庫」、室温-4℃~±0℃の「雪蔵」、室温-55℃~-45℃の「冷凍庫」。肉類は、雪蔵で冷蔵又は冷凍庫で冷凍してから、時間凍結庫に移すことで、モビレアの大店の食糧庫より鮮度の高い食材を(それも大量に)保持出来るの。
また〝機動要塞〟には、その初陣が今回の作戦だったこともあって、数百人分の給食を調理出来る厨房施設も備えてあるんだよ。だからサウスベルナンド領軍の方は、新鮮食材をふんだんに使った、出来立ての料理を振る舞うことが出来たの。
だから戦争用に用意された食材のうち、残ったものを使い切るつもりになっても、料理の質は落ちないんだよ。
もっとも、食材は兵糧として用意されたものだけを使うつもりはないんだよ。ただでさえミノ肉だけじゃ味気ないから、シカやイノシシ、ヤギなどの熟成肉と、野菜・山菜など。そしてお酒。樽で120L弱だから、いくら強い蒸留酒でも一樽や二樽じゃぁ足りないね。種類もあった方が良いから、エール6樽、ウィスキー2樽、ブランデー2樽。浴びるように飲んでも、これだけ用意すればきっと足りるよね?
兵糧以外の食材を買い足して、それは美奈たちの持ち出しになっても構わないかと思っていたら。モビレア・アルバニー両領主様に怒られちゃった。「祝勝の宴を主催するのは領主の特権。冒険者風情がでしゃばるな」と。笑いながらでしたけど。
領主様たちは笑っていたとはいえ、落ち着いて考えたら確かに美奈たちの先走り。謝罪して、裏方に戻ることにしたの。うん、ミノ肉を提供して、その他の幾つかの食材を提供して、調理場を提供して、更に不足している食材と料理人などの人員の手配をしただけで、充分貢献しているんだからこれ以上余計なことはするべきじゃないね。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、祝勝の宴が始まったの。
まずはアマデオ殿下が挨拶をし、次いでモビレア公とアルバニー伯がそれぞれ挨拶をして、そして乾杯。
皆でミノ肉をはじめとした料理に舌鼓を打ちながら、思い思いに談笑をして。
殴り合いの喧嘩を始めた人たちもいるけれど、ある程度までならただのコミュニケーションと割り切って、囃し立てども止めはせず。
いきなり踊り出す男女の冒険者もいたけれど、それはそれで宴の華。
楽器なんかはないから、気の利いた冒険者や騎士たちが手拍子・足拍子でリズムを取って。調子外れの歌を歌い出した大工さんは、仲間たちに殴られて沈められてた。
エリスも楽しんで給仕をしている。今日は食べる側に回っていいよ、って言ってあったのに、エプロンを着けておっきなお盆を持って皆のいるところを泳ぎ渡るのが気に入ったみたい。とは言っても、行く先々で人々(特に女性冒険者や女騎士さん)に餌付けされているみたいだから、それはそれで一つの楽しみ方なのかもしれないけどね。
なお、リュースデイルの関、その施設の七割近くはまだ健在です。遠からず破却して、この広場に作る防護施設の資材に転用するつもりですが、今は酔い潰れた人たち用の宿舎。
皆様、お疲れさまでした。
(2,994文字⇒2,781文字:2018/08/02初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/24 03:00掲載 2020/07/11誤字修正並びに現状ルールでの文字数カウントに修正)
・ 「ホルモン」「モツ」(両者は本来同じ意味――「ホルモン」はドイツ語の〝hormone〟(内臓)の意、「モツ」は「臓物」の意――ですが、狭義には「ホルモン」は「臓器」、「モツ」は「腸」と使い分けられています)は、腐敗が早いので、最近までは食材たり得ませんでした。精々腸を使った肉詰めの類に活用される程度。けれど、水をふんだんに使用出来、また冷蔵・冷凍を容易に行える施設を持つ髙月美奈さんたちにとっては、「それを捨てるなどとんでもない」と言える食材。今回の宴会に於いては、珍味として、希望者に提供されました。なお中世でも食されていた「ホルモン」の代表例に、「肝臓の刺身」がありましたが、美奈さんたちは食中毒や寄生虫の危険を恐れて、加熱処理した後ペーストにしています。
なお、ホルモン(臓物)は腐敗が早い一方、栄養価ではピカイチ(だから微生物が率先して巣食う?)。だから獣は、まず獲物の臓物から喰らうのだとか。
・ 一応、モビレア公たちは祝勝の宴の企画をしていました。ただそれは、貴族や有力商人、そして部隊長クラスを招いた「上流階級のパーティー」で、戦争に参加した全将兵、職人や下働きを含めた全ての人を招くことを想定したものではありませんでした。だから、美奈さんたちが勝手に企画したこの宴について、こんな大規模なものだとは思っていなかったから安易に許可を出した(酒場を借り切って宴会する程度のものだと思っていた)というのもあり、どこまで本気で怒っていたのかは不明。というか、祝勝の宴の経費を一冒険者が負担して、領主が銅貨一枚も出さなかったら恥だというのが怒った理由。だから材料費として、かなりの数の金貨をア=エト一行に支給されました。なお、上流階級向けのパーティーは、後に規模を縮小して一応行われた模様。




