第16話 要求
第03節 リュースデイル解放戦(後篇)〔5/6〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
第二次リュースデイルの戦い。
後の世にそう呼ばれることになるであろうこの戦闘は、人類軍の勝利に終わった。
けれど、カラン軍の被害が死傷者二百足らずに対し、人類軍は六百余名と、あまりにかけ離れていた。もっともその内実を見ると、サウスベルナンド伯爵領軍の死傷者は14名で、残りは全てアルバニー伯爵領軍と、かなり偏ったものではあったけど。
その一方で、人類軍が捕虜とした小鬼の数は381名。当然ながら、死んだ戦友の報復の為、ゴブリンたちの処刑を要求するアルバニー軍兵が少なくなかったことも、当然と言わざるを得ない。
◇◆◇ ◆◇◆
「何故、ゴブリンを捕虜になどした?」
サウスベルナンド伯爵(予定)のアマデオ殿下。
モビレア公爵。
モビレア冒険者ギルドマスター・マティアス。
これらの歴々を前に、飯塚は釈明を求められた。
「ゴブリンたちは、解放します。但し、無条件の解放ではありません。交渉の卓に着くことを求めていると、伝言させます」
「ゴブリンと交渉だと? 本気か?」
飯塚の思惑は、あたしたちには既に説明されている。そしてそれは、あたしたち異世界人や、「ゴブリン」を「ヒト」と受け入れることの出来るドレイク王国民なら納得のいくものであっても、そうでない人たちを納得させられるかと問われると、難しいとしか応えられないだろう。
「人類軍対魔王軍。そう考えた時、どのような形で決着がつくでしょうか?
どちらかが勝利したとして、勝利した側の被害はどの程度になるでしょうか?
〝魔王軍〟と考えずとも、それを〝小鬼軍〟と考えても、それは同じです。ゴブリンの集落を全滅させることは可能でしょう。ですが、ゴブリンという魔物を、この地上から駆逐し尽くすことは、果たして可能でしょうか? ゴブリンどもを駆逐出来ました。けれど、人類も存続出来るだけの生存者が残りませんでした、では意味がないんです」
「……」
「〝大氾濫〟、と呼ばれる現象があります。俺たちはその現場に居合わせたことがありませんが。けれど、それが何故起こるのか、皆様はご存知でしょうか?」
「――仮説なら、色々ある」
飯塚の問いに、ギルマス。けど、ここで何故スタンピードの話を?
「俺たちの世界では、それと似た行動を起こす動物がいます。その理由も様々ですが、仮説のひとつとして挙げられているのは、その動物の集落に於いて異常繁殖した結果、新天地を求めて集団移動する、というモノです。
ただこれは、その結果スタンピードしている集団が、結果全滅したとしても、或いは新天地に辿り着きそこを新たな集落にしたとしても、元の集落にとっては〝過剰がなくなる〟という点では同じなんです。言い換えれば、集団自殺の一形態、かもしれません」
「それが、どうしたというのだ?」
「つまり、スタンピードを壊滅させる事が出来たとしても、大本の集落にとっては痛くも痒くもない。むしろ、淘汰を人間が代行して行っただけ、かもしれないんです。
わかり易く譬えるのなら、戦争の為に集められたならず者が、戦争が終わったからやることがなくなって暴れまわる。それが魔物にとってのスタンピードかもしれない、という事です」
乱暴な譬え話だが、飯塚の話はスタンピードに対する大本の集落にとっての立ち位置をわかり易く説明している。
「――スタンピードを調伏することは、むしろ魔物の利になることだというのか……」
「利になる、というよりも、害にならない、というべきですね。
そしてそう考えるだけでも、魔物を根絶することの難しさは理解出来るのではないでしょうか」
スタンピードが起こるのは、〝増え過ぎた〟から。つまり、それだけ繁殖力のある相手を、どのように駆逐するというのか。
「魔物の王〝サタン〟は、討たなければなりません。が、その為にゴブリンと種の存亡を懸けて殺し合う必要が、本当にあるでしょうか?
なにも友好を約せよ、と言うつもりはありません。が、講和なり調停なり、戦闘を回避することは、可能なはずです」
「だが、魔物と交渉するなど……」
「そう思われることこそが、交渉することの利点になるんです」
「どういう事だ?」
「誰も、魔物と交渉しようとは思わないでしょう。なら、交渉出来れば、それは人類唯一となるんです。
例えば。南東ベルナンド地方で、サウスベルナンド伯爵領旗を掲げる集団に対して、カラン王国は危害を加えることを禁ずる。
代わりに、南東ベルナンド地方でカラン王国旗を掲げる魔物に対し、スイザリア人が危害を加えることを禁ずる。
こうすることで、ハティス地方を通過する商人たちは、挙ってサウスベルナンド伯爵領旗を掲げることを望むようになるでしょう」
「だが、その約定が守られると期待出来るのか?」
「守られなければ、現状から変化がない、というだけです。
けれど守られるのであれば。更にその先の交渉の余地も出て来るでしょう。
カラン王国は、リュースデイルの町に対して干渉をしませんでした。ただ関攻略の軍事拠点化の兆候があったときに、それを阻止する為に喰屍鬼の部隊を派遣した程度です。
なら、住み分けも出来るでしょう。
ハティス地方の街道沿い、サウスベルナンド伯爵領旗を掲げる町は、人類の領域。
それ以外の領域はカラン王国の領域。
という具合に。
もしかしたら、カランのゴブリンたちと交易することさえ、可能かもしれないんです」
この目論見の最大のメリットは。思惑通りにいかなかったとしても、現状より状況が悪化する訳ではないという点。それどころか、ゴブリンたちが検討してくれさえすれば、それだけ時間を稼ぐ事が出来る。
そして思惑通りに行けば、今度は南西ベルナンド地方との連絡も、あの二〇三高地を経由して可能になる。つまりローズヴェルトに対しても優位に立てるという訳だ。それどころか、ローズヴェルトが南侵を目論んでも、カラン王国が事実上、サウスベルナンド伯爵領の盾になる。
また、商人たちの通行に関しても、領旗を掲げれば安全になるというのであれば、それこそ交通安全のお守りより霊験灼か、というべきだろう。多少高額な税率を設定しても、商人たちは喜んで買うことになるはずだ。
同時に。カラン王国旗を掲げていない魔物に対しては、攻撃してはいけない理由がない訳だから、冒険者たちの仕事場がなくなる訳でもない。
この戦争は、ゴブリンたちが交渉を求めて来た時に、人類がそれを無条件で切り捨てたことに端を発している。
だから今度は。
あたしたち人類側が、ゴブリンに交渉を持ちかけるのだ。
(2,859文字:2018/07/31初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/22 03:00掲載予定)
・ 飯塚翔くんが言った「〝大氾濫〟に似た行動を採る地球の動物」は、レミングをイメージしていますが、蝗害(バッタ類の大発生。なお日本の水田に生息する蝗は蝗害を起こさない)や赤潮さえも、これと同じなのかもしれません。
・ 飯塚翔くんの提案の内容は、基本的に魔王国に於ける人類と魔物の住み分け方法と同じだとは、誰も知りません。ソニアとて、まさか〝魔王〟陛下が魔物たちに対して(取引関係ではなく)直接支配関係にあるという事は知りませんから、ヒト以外の魔物ともそういった約定が成立しているということに思い至りません。
・ 現場では、当然ながらゴブリン・人類とも「襲撃する際は自陣の旗を隠しまた敵の旗を奪い、襲撃された際は旗を掲げる」という運用が考えられるでしょう。が、それでも外形的には「旗を掲げた商隊はゴブリンに攻撃されず、襲撃された商隊は旗を掲げていなかった」と言われるようになるんです(旗を掲げたにもかかわらず襲撃され、且つ逃走に成功した商隊等がいなければ)。これは、「サウスベルナンド伯爵領」にとってはメリットしか有りません。
カランのワイズマンゴブリンがサウスベルナンドの旗を掲げた人類を襲撃した結果人類側に生存者がいた場合、カラン王国行政府は、レッサーゴブリンを突き出して、「こいつらが暴走した。好きなように処分して良い」と言って切り抜けるつもりだったり。
・ 「襲撃する際は自陣の旗を隠しまた敵の旗を奪い、襲撃された際は旗を掲げる」という戦い方は。今後「旗の奪い合い」というスポーツに発展するかもしれません。




