第14話 侵攻戦
第03節 リュースデイル解放戦(後篇)〔3/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
リュースデイルの峠。これを北から見ると、相応に勾配のきつい坂道を上ると、ちょっとした広場に出る。千人単位の部隊を展開することの出来る空間、ということも出来、三百年前の「リュースデイルの戦い」ではここが主戦場になった。
その広場を抜け、更にもう少し坂を上ると、そこが峠になる。東側は切り立った崖で遠くにウィルマーの谷を見下ろす。西側は人間が登攀するには専用の装備が必要だろうというくらいの岩肌が姿を見せる。
そこからは下りだが、しばらくはかなり急な坂道となり、馬車はむしろ転がり落ちないようにブレーキをかけながら進む必要があったのだとか。
その、峠から南斜面に、「リュースデイルの関」がある。峠を抜ける為には、〝関〟の中を歩かなければならない構造になっているという訳だ。そして、峠の北にある広場は、現在〝関〟の為の物資集積拠点になっている。
これは旧フェルマール時代からだが、広場全体が軍事拠点化しているというよりも、広場の数ヶ所に集積拠点が点在している、というべきか。驚くことに、これら集積拠点は現在に至ってなお稼働中。小鬼は、フェルマールが作った施設をそのまま有効利用しているという事だ。この辺りからも、ゴブリンの社会性・文化技術が看て取れる。
俺たちは部隊を分け、まずこの集積基地を占領する為に襲撃を行った。
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第680日目。
上空のソニアから連絡。関の南のアルバニー伯爵領軍が、平衡錘投石機による攻撃を開始した。
実は、この関の攻略に投石機の類というのは下策とされる。占領後の後始末が大変になるからだ。
けれど、猫獣人の集落址という別ルートが開発された現在、最悪リュースデイルの峠が通行止めになっても何とかなる。そもそも現在は南北の流通は全くない状態なのだから、再開通に時間をかけても誰も困らない。そして、関の施設そのものを最終的には破却する予定なので、伯爵領軍は遠慮なく攻撃する事が出来るという訳だ。
そのタイミングに合わせて、俺たちも集積地を攻撃する。この地を占領出来れば、如何に堅牢な関と雖もすぐ物資は尽きてしまうだろう。特にこれだけ近くに集積拠点があれば、関の中に備蓄する必要性はないだろうから。
集積地に対する攻撃は、火気厳禁。関そのものは破却するけど、この集積地は活用したい。出来れば広場自体を城壁で囲み、北を睨んだ出城にしたいという訳だ。
「倉庫を一つずつ襲撃・占領し、そこを橋頭保として次の倉庫を襲撃する。倉庫に飛び込んだら閂を掛けろ。増援が無ければ中に詰めているゴブリン如き、大過なく掃討出来るはずだ」
南側の投石機攻撃は、一定の成果を確認したら終了し、次は歩兵による破城槌攻撃に移行する。厳密に言うと、それは「破城槌」ではなく「撞車」と呼ばれるもので、鐘楼の撞木のように、上から吊るした丸太で鐘の代わりに城門を打つのだ。
その時、関の守備隊への物資の供給が途絶えていれば伯爵領軍の脅威が薄れるし、戦力が南北に分散すれば伯爵領軍が突破に成功する可能性も増える。
また万一全軍が北側の集積地の防衛に回っても、こちらには〝機動要塞〟という防衛陣地がある分だけ有利。ゴブリンたちにとっては要塞防衛戦のはずなのに、攻城戦を仕掛けなければならなくなるということ。ドレッドノートは攻城櫓を併用しても、100人足らずの兵をしか収容出来ない。が、逆に100人収容出来る小規模要塞があるというだけで、拠点攻略が信じられないほど有利に展開出来るのだ。
今回の俺たちは、後方からの指揮に専念する。広場の北端にドレッドノートを展開し、広場で蠢いているゴブリンと、関から出撃するゴブリンを相手にすることで、倉庫を襲撃する部隊は後背を気にする必要がなくなるのだ。倉庫を一つずつ襲撃することで、こちらの攻撃隊全軍対その倉庫を守るゴブリン、という図式になる。ゴブリンたちにとって数の上で互角に立つ為には、他の倉庫を空にするか関を手薄にするしかなくなり、苦肉の策で出撃したゴブリンたちはドレッドノートで迎え討つ、という訳だ。
そして、倉庫の占拠に成功したら、その位置までドレッドノートを前進させる(具体的には一旦〔倉庫〕に仕舞い、その位置で改めてドレッドノートを展開する)。頑丈に施錠されている場所は、仕方がないから大型弩砲で精密砲撃。攻城戦にさえ使用される矢砲を至近距離で受けて、無事で済む門扉が存在するとは思えない。
ゴブリンと人間。ゴブリンは「最弱の魔物」とは言われているが、一般人(商人や農民といった非戦闘職)が一対一で勝てる相手じゃない。戦闘を日常とする冒険者にとって「ゴブリンを斃せたら一人前」と評価される、というレベルだという事だ。実際ゴブリンより弱い魔物など、少なくないのだから。
そして一般のゴブリンは、戦技を練習することはなく、また武具を使うと謂ってもそれを補修する技能は無い。が、カラン王国のゴブリンは集団戦・個人戦共に高度な戦技教練を受けているであろうことが想像出来るし、また武具の手入れも行き届いている。個人単位でのメンテナンスや簡単な補修は当たり前にやるだろう。更に後方では、一流の鍛冶師の下、鍛冶修行をしているゴブリンがいるであろうこともほぼ間違いない。
だからこそ。この戦争では「魔物相手」ではなく、「ヒト相手」と考えなければならないのだ。人間相手の戦争と同様、まず連絡を遮断し、連携させずに孤立させ、更に細分させ、数を以て、必然として圧殺する。
この段階になると、「一人前の冒険者」対「カラン王国のゴブリン」は、個人の武装と技量の勝負になるという訳だ。武装の質は、恐ろしいことにゴブリン側の方が上。だが個人戦技の水準は、松村さんの杖道講座のおかげで領兵や冒険者たちの方に軍配が上がる。しかも同一流派の業を学んだことで、冒険者間で動きを合わせることも出来、更に数は冒険者側の方が多いとなれば。
相手の強みを一つずつ剥ぎ取り、こちらの有利を保ったまま、一手ずつ駒を進める。芸術的な駒の動かし方で、相手を驚愕させるような戦法は取れないけれど、負けない戦いを積み重ねて、守り抜くことで敵の攻撃力を摩耗させるのが俺のやり方。
関の南方から、撞車の音が響き始めた頃。
関北方の集積拠点は、サウスベルナンド伯爵領軍が占領することとなったのであった。
(2,810文字:2018/07/31初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/18 03:00掲載予定)
・ レッサーゴブリンとワイズマンゴブリンの簡単な見分け方:襤褸を纏っていたら下位種、きちんとした服を着込んでいたら上位種。レッサーゴブリンにとって、「服を着る」というのは一種のファッション。必要だから着ているという訳ではないので。一方ワイズマンゴブリンは、賢者姫に「文明人なら服を着なさい!」と懇々と説教されたので。




