第12話 猫獣人の集落址
第03節 リュースデイル解放戦(後篇)〔1/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
「……酷い。」
猫獣人の集落址。それまでは、廃屋だらけと雖も曲がりなりにも〝集落〟の形を保っていたの。けど、今。目の前にあるのは、ただの瓦礫の山。それこそ「数百年前にここにお城があった」と言われれば納得しそうな、徹底的な破壊ぶりだったよ。ここから元の集落の様子を推察する為には、考古学者に御出座願うことになるかもしれない。
と、この集落出身のベルダが、ふらふらとどこかに向かって歩きはじめたの。
「どこに行くの?」
「うん、ちょっと――」
言葉を濁しながらも、足は止めず。
そして辿り着いた先にあったのは、ただの灰の吹き溜まり。瓦礫さえまともに残っていなかったの。
「ここは、ベルダの生まれた家だったの?」
「否。知り合いの家。母さんの、幼馴染が小さい頃住んでいた」
ベルダのお母さんの。だとしたら、ベルダにとっては親戚の家のような場所だったのかな?
「否。小母さんとは、会ったことはないよ」
「そうなの?」
「うん。母さんがあたしを身籠る前に、小母さんはこの集落を出たって聞いているから」
それじゃぁ、どうしてこの家を気にしたんだろう?
「小母さんは、小さい頃何者かに誘拐されたんだって。
幼いとはいえ少女を誘拐する相手。その目的は聞くまでもないでしょ?
だけど、しばらくしてから小母さんは戻ってきた。だけど、だから誰も小母さんのことを相手にしようとはしなかった。
……勝手な言い草かもしれないけどね、『遊んでいる女』と『穢された女』では、やっぱり価値が違うんだよね。それに小母さんの家は、集落でも有力者、というべき立場だったから、遊ぶことも許されなかったみたいだし。
だから、戻ってきた小母さんは、半ば幽閉されるように家の中に籠っていたんだって。
だけどある時。小母さんの肩に、異形の瘤が出来て、それがだんだん大きくなってきて。
それを見た集落の人は、今以上に小母さんを異端視する。
そう言って、小母さんの母親は小母さんを集落の外に出したって聞くよ。但し、連れ出したのは奴隷商だそうだけど」
……酷い。誘拐され、凌辱された被害者を、だから汚いって言って幽閉した挙句、こぶが出来てみっともないから奴隷として売った?
美奈たちもリュースデイルで、社会的弱者に数えられる傷病人や老人を切り捨てる決断をしてる。その上今ショウくんたちは、この猫獣人の集落址が中継点として使えないのなら、第五便で護送する予定だった傷病人たちの切り捨てを検討してる。だから、他人のことは言えないのかもしれない。だけど。
裏切りの町と謂われるリュースデイルの住民だって、自分の家族を守りたいって言っていた。その危険や負担は自分が代わりに背負っても構わないから、と。なのに、その人の家族は、率先して自分の娘を切り捨てた、ってこと?
「その数年後。でも、小母さんは集落に戻って来たんだ。一人の普人族の少年と共に。
その少年は、小母さんの主人だった。
小母さんが主人を連れて集落に戻って来た理由は、その集落でまた、小母さんの時のような誘拐事件が起こることを察知していたからなんだ。
……誘拐犯が狙ったのは、うちの母さんだった。
それを、小母さんとその主人は救ってくれた。
小母さんを見捨てた母さんを、小母さんは助けに来てくれたんだ。
だから、母さんは誓ったんだって。もう二度と、家族を見捨てたりはしないって。
あたしも、小さな頃から言われてる。誰を裏切ったとしても、誰を見捨てても、家族を裏切ることは、家族を見捨てることだけは、決してしてはいけないよって。
あたしたちがこの集落を出る時にも、母さんが言っていた。
この集落のことは忘れても、この家のことだけは、決して忘れるなって。この家は、あたしたち一族の犯した罪の証だからって」
ここに集落を持っていた、猫獣人たちがその罪の証としていた、家。
よく見ると、まるでここにあった家を、痕跡残さず破壊することが目的だったと思えるくらい、徹底的に破壊されていた。それこそ、他の場所には柱や壁の一部が残っているにもかかわらず、ここだけは何も残っていない。
でも、多分。
ベルダにとっては、それは良いことなんだと思う。
過去の罪は罪として、決して忘れるべきじゃないけど、でもそこに縛られたら前に進めない。
ベルダは、猫獣人の雌にとって、子供が一番大事だって言っていた。それは、「子供を見捨てた」という、部族単位の悔恨から生まれたモノだったのかもしれない。
ならそんな墓標は、残しておくべきじゃない。子供第一。その気持ちだけ大切に、彼女らは前に進むべきだと思う。
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
輜重を考えれば、実はこの猫獣人の集落址を利用する必要はない。
けど、傷病人を強行軍でウィルマーまで護送するリスクを考えたら、この猫獣人の集落址で一旦数日という時間を休養に充て、体力の回復と体調の確認をしてから改めてウィルマーを目指す、という計画を立てていたんだ。
廃屋といっても、屋根があり風を凌げる。なら数日間ここで過ごすことは出来たはず。だけど、ここまで徹底的に破壊されてしまっては、それも不可能。
また、ウィルマーからの増援も期待していた。そして通常の派兵では物資の集積拠点の存在は死活問題。俺たちみたいに、一軍の物資を個人で保有・輸送出来る訳ではないのだから。
「……第五便は、諦めた方が良いな」
護送隊の会議で、領兵隊の隊長がそう口を開いた。
「時間もかかるし、この集落址が使えないのなら野営という形を取らざるを得ない。
ショウ殿たちの持つ〝コンテナハウス〟は、長期間生活することは想定されていない以上、それに頼り切る訳にもいかない。
ならむしろ、リュースデイルの防備を強化して、次の襲撃がある前に、関を攻略するべきではないか?」
「おそらく、それが最善、とは言えなくとも次善の手でしょう。けれどそれだと、リュースデイル側での増援は見込めません」
そう言うのは、冒険者たちの代表。
だから、彼らの意見を、俺が総括する。
「当初の作戦では、俺たちが主力になり関を攻略することになっていた。けど、俺たちの戦力は低下しており、また増援の見込みもない。
なら、関の南側から攻略中のアルバニー伯爵領軍と呼吸を合わせ、俺たちは伏兵として敵の後背を攻めるとすべきだろう。
関は、南に対する守りは盤石だが、北に対する守りは想定されていない。
なら、リュースデイル南方に本国を持つスイザリアにとって、この関を占領する意味はない。仮に占領したとしても、その後破却することになる。
だから俺たちは。関の破壊を前提に、作戦を練ることとする」
(2,893文字:2018/07/22初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/14 03:00掲載予定)
・ ベルダが語った、ベルダのお母さんがまだ若い頃に起った事件。詳細は、前作『転生者は魔法学者!?』第二章第35~37話(第87~89部分)を参照してください。
・ 猫獣人の集落址を襲撃した、赤鬼・青鬼。それを操っていた、小鬼。もしかしたら、そのゴブリンに指示を出していた「誰か」は、〝その家〟に対して何らかの思うところがあったのかも。……幼少の頃の思い出は、そうそう簡単に割り切れないという事でしょう。




