第11話 夜明け
第02節 リュースデイル解放戦(前篇)〔6/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
赤鬼・青鬼が斃れました。けど、そこに不思議はありません。
牛鬼は、強い魔物です。それこそ、普段は仲間と連携を考える必要などないほどに。そして、連携を考えなければ勝てない相手と出会ったのなら、勝てないということはつまり〝死〟。負けたことを反省し、勝てなかった原因を分析し、次に活かす機会などはありません。剣道の格言「打って反省、打たれて感謝」には、そういう意味もあるのですから。
それが、人間や小鬼などの『ヒト』との違い。戦いの最中に〝学習〟することは出来ても、事前に〝練習〟し、或いは仲間とそれを〝試合う〟ことは出来ないから、その意味を理解出来ません。だから形の上だけの連携など、実戦では何の役にも立たないのです。
それでいながら。「ミノタウロス」というのは、わかりやすい〝戦力〟です。それが目の前に現れればヒトはそれだけで委縮し、絶望します。だけど、だからこそ。それが斃れれば、士気が高まり、勢いが増すでしょう。
「ミノタウロスが斃れたぞ! あとは掃討戦だ。
もうすぐ夜が明ける。もう一息だ」
飯塚くんが、周りの兵士たちに発破をかけます。それに対して兵士たちの喊声が応え。
「隊列を乱すな、一度引け!
弓隊、弩隊、投石隊、突撃隊の撤退を援護しろ。槍隊、構え! 敵の浸透を許すな! 魔術師隊、敵を散開させるな!」
撤退する味方に紛れて敵が浸透してきますと、弓や投石といった遠隔攻撃が難しくなります。そんな敵と味方を切り分けて攻撃するのは、長槍部隊。そのひと突きで敵を屠ることが出来なくても、敵の足を止められたら充分。誤射の危険がなくなれば、あとは飛び道具部隊が片付けてくれますから。
そして突撃隊の撤退が完了しましたら、槍隊も引き、代わりに剣隊が近接防御。撤退した突撃隊の休憩並びに再編が完了したら、また槍隊が前に出て敵との間に距離を作り、そして吶喊。
既に流れはこちらにあります。残存敵数はもう200を切っている模様。つまり、「一人一殺」で、決着がつくのですから。
そうなると、数が少なくなった方面からの攻撃に対して多くの兵力を投じ、ただでさえ対戦果損害比で人類側が有利なのに敵の倍近い数を戦場に投じることが出来るようになり、その方面を完全鎮圧。次いで見張り兵を残してその次に数が少ない方面に援軍に駆けつけ。
そして最後の喰屍鬼が斃れたのは、朝5時になろうとしている時刻でした。
◇◆◇ ◆◇◆
山間の町、リュースデイルに暁光が差し込む頃。此度の戦いは終わりを告げました。
長丁場を想定し、一撃必殺より継戦能力の保存を優先して戦った結果、犠牲者は思いの外少なく、参戦254名中戦死18名、重傷21名、軽傷83名といった程度で済みました。ちなみに、非戦闘要員・民間人の犠牲者はなし。
重傷者の治療には時間がかかるものの、軽傷者は当座の作戦行動に支障はありません。
ところで、ボクらはこの世界に来て最初に〔治癒魔法〕を学びましたが、多くの冒険者は〔治癒魔法〕を目の当たりにするのは現役になってからなのだそうです。というのは、生まれついての騎士の家系だとか神官一族だとでもない限り、幼少の頃に魔法の専門家に学ぶ余裕はなく、だから〔治癒魔法〕の存在は知っていても、一部の特殊な職業(癒術師など)が使う物、と認識されているのだとか。
だから今、リュースデイルにいる人たちの中で〔治癒魔法〕に類する魔法を使えるのは、ボクらの他数人しかいないのです。
その為、重傷者は〔魔法〕で応急処置をし、軽傷者は取り敢えず薬草等で止血と殺菌処理をして、本格的な治療は後日改めて、とせざるを得ないのです。
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当初の予定では。夜が明けたら第四便の避難を行うはずでした。
けど、さすがに徹夜で防衛戦を行った後ですぐ避難民の移動を開始するのは無理があると、一日延期することになりました。
そして、領兵や冒険者たちも、この一日を休息に……
充てる余裕は、残念ながらありません。
一応班を分け、ローテーションで休憩を取りますけれど、怪我人の治療や防壁の補修など、夜通し続いた戦闘の後始末は必要です。
また、喰屍鬼は魔石を持ちますが、そもそもその肉体は人間の死体に酷似しており、放置しておいたら疫病の媒体になるか別のグールの餌にしかならないのです。だから一箇所に集め、魔石を抜き、油をかけて火を点けます。魔石は後で売却して、作戦に参加した冒険者たちで山分けです(領兵や騎士たちは、もともと給料が出るから分配の対象にはならない。但し戦死した彼らの武具等は領主の資産なので、冒険者たちが所有することは原則認められない)。なお牛鬼の魔石、それに皮や肉などは、分配の対象ではなくボクらの取り分とすることが認められました。ミノ肉は柔らかく上品な味がするという事で、結構人気があるそうです。取り敢えずリュースデイルの関を奪還したら、この肉でパーティをしようと約束しました。
同じく、戦死した領兵や冒険者に対する火葬も。夏が近いこの時期に、死体を放置していたらこちらも疫病の元ですから。身内に渡す形見を選り分け、装備は魔石と同じくギルドに売却し、分配金の原資とします。
ちなみに、ボクらは休憩なし(外界では)。傍から見て労働基準法も児童福祉法もぶっちぎって酷使されていたエリスは、一日中休んでよしとしていますが、ボクらは外界では一瞬たりとも休まずに作業に協力しています。
身分社会であるこの世界だからこそ、指揮官級のボクらが、休まずに汗をかくことに意味があるんです。ボクらは指揮官の地位にいるとはいえ、本来は平民であり奴隷です。そのボクらが、地位に胡坐をかいて仕事をさぼっていたら、この町に集った兵士たちの信頼を得る事なんか出来ません。
爺さんも言っていました。「上司は自分の出来る仕事を部下にさせ、部下の出来ない仕事を自分がやる」ものなんだと。そして今は、権限を部下に委譲してのんびりするシーンではありません。戦力の約二割が動けない以上、ボクらがそれぞれ10人並みの仕事をしなければならないのですから。
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第670日目。
予定より一日遅れましたが、第四便が出発します。リュースデイル市民の中で、健常者を避難させる、最終便。ちなみに傷病人が対象の第五便は、もしかしたら出す余裕がないかも? と言われています。今回の護送で、その可能性も確認する必要があるのです。
その判断の根拠になるのは、中継点である猫獣人の集落址。前日の攻撃が、ここにもあったことはまず間違いありません。けど、それが復旧可能なレベルなのか、諦めた方が良いのかで、第五便の有無が決まるのです。今回の第四便までは、極端な話中継点無しでもなんとかなりますけど、第五便は中継点無しではウィルマーまで辿り着けないでしょうから。
そうしてやって来た猫獣人の集落址は。
その建造物が、徹底的に破壊され、瓦礫と焼け跡しか残っていない有様でした。
(2,990文字:2018/07/21初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/12 03:00掲載予定)
・ グールは細菌系毒素の保菌者ですので、討伐後速やかに土に埋める乃至は焼却処分する必要があります。前作では、生きているグールを解剖したという阿呆もいましたが。




