第10話 赤鬼・青鬼
第02節 リュースデイル解放戦(前篇)〔5/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
夜間の防衛戦は、通常どうしても防衛側が不利になる。
いくら篝火を焚いても、またサーチライトを照らしても。
その光の届く範囲には限りがあり、そして敵は闇の中から現れる。だから、「闇の中には鬼が潜んでいる」という疑念、文字通りの「疑心暗鬼」に駆られてしまい、町の中の物陰にさえ警戒し、気持ちの休まる暇がない。
けど、だからこそ。
俺は今回、〔光球〕を町の外側から囲むように配置した。
確かに、喰屍鬼どもは闇の中から現れる。けれど、〔光球〕が作った光の中を通らずには町に近付けないのだ。これは心理的に、優位に立てる。
また、町中にも街燈代わりに〔光球〕を設置している。当然ながら〔光球〕の明かりは、篝火より広い範囲を照らす事が出来、そしてチラつくこともない。
この明るい街路を走り回るのは、伝令と補給を担う非戦闘員。彼らは工作隊として招集された鍛冶師や大工たちだが、この期に及んで寝ている場合じゃないのは理解している。炊き出しを手伝い、それを片手で食べられるようにパンに挟み、水で薄めた蒸留酒と共に前線に配達する。同時に矢や投石用の石(または瓦礫)、予備の剣や盾などを持って行く場合もある。
エリスも、炊き出しを手伝っている。
はじめは「幼女が手伝うなんて言っても、邪魔にしかならないだろう」と莫迦にされていたのだが、なかなかどうして役に立つ。
確かに重い物や、大量の荷物を運ぶことは出来ないけれど、「ちょっとそこの包丁取って」みたいな指示は、むしろ指示した直後にそれが用意される。先回りして動いている感もある。また体が小さいから、ちょこちょこ動いても大人たちの邪魔にはならない。それこそ童話の小人さんのように、気が付いたら必要なツールがそこに揃っていた、といった働きをしていたのだ。あとで聞いたら、「まるでエリスちゃんは5-6人いるようにも思えたよ」と言われたくらい、こちらも八面六臂の大活躍だったようだ。
それにしても、この戦い。
当初の報告では千を超えた程度の数、とのことだったが、とんでもない。蓋を開けてみれば、千五百超。もしかしたら二千に届くかもしれないほどの数がいた。
一対一では人類側の方が有利だが、如何せん数が多い。だからはじめから、長期戦を想定したシフトを組んでいた。全員一定間隔で休憩と食事を採れ、その分出来る穴に対応するように布陣して。
また俺たち指揮官側も、〔倉庫〕で随時休憩と食事を採っていた。俺たちだけずるい、とも思わなくもないが、それでもどれだけ経ってもキリがない戦いの最中、指揮官たちが疲労の様子も絶望の様子も見せずに指揮を採り続ける事が出来ることで、味方の心理的な負担も軽くなる。
けれど。無尽蔵に思えるグールの襲来も、やはり限度がある。
時刻にして午前3時頃。空が白むにはまだ少々気が早いという時間帯、動いているグールは数えられる程度にまで減っていた。
もうすぐ、この長い夜も明ける。誰もがそう思った、その時。
「南方から敵! 大型2、小型約200!」
斥候から、敵の後詰が到来したことが告げられた。
◇◆◇ ◆◇◆
大型の敵性魔物。武田の〔レンズ・バブル〕でその姿を捉えてみたら、それは牛鬼であった。
「まさか、〝赤鬼〟と〝青鬼〟ですか」
「知っているのか、雷電? じゃなくソニア」
「誰ですか、ライデンって?
それはともあれ、『鬼の迷宮』の、迷宮主です」
場を和ませる為のちょっと小粋なジョークは、残念ながら不発だったようだ。けどそれどころじゃない。
「なんでダンジョンマスターが、こんなところに?」
「『鬼の迷宮』は、既にカランの小鬼たちの支配下にありますから。
そして『鬼の迷宮』は、陛下が冒険者時代、最初に攻略した迷宮なんです。
陛下は思ったそうです。どれだけ強いミノタウロスであっても、一体では出来ることに限りがある。一体のミノタウロスより、群れて連携するゴブリンの方が恐ろしい、と。
でも、ならば。強大な魔物が、複数で連携出来るのであれば。それはどれだけ脅威になるだろう、とお考えになり、『鬼の迷宮』のダンジョンマスターとして二体のミノタウロスを据えたのだと聞きます」
……単体で、大鬼より強大な力を持つミノタウロスを、二体で連携させる? 何考えているんだ、〝魔王〟は?
「どうしますか、飯塚くん?」
「シャレになってないけれど、結論を言えば〝魔王〟の発想は間違いだ。
連携は、弱者の戦術。誰かに背中を守ってもらう必要のない強者には、連携は無意味だ。むしろ邪魔にしかならないだろう。
領兵たちから一班廻せ。ミノタウロスの周りにいる雑魚どもを蹴散らせ。
赤鬼・青鬼は、俺たち五人が『ゼロの転移攻撃』で仕留める!
武田は戦闘投網を束ねてロープにしろ。〔帯電〕を纏わすケーブルだ。
美奈は距離を置いて、戦術指揮に専念。
ソニアは機動要塞で待機。
指示があり次第大型弩砲でミノタウロスを撃て。
限りなく連射に近いタイミングで指示するかもしれないから、気を抜くなよ」
「かしこまりました。ではヒロさま。私の箒をお使いください。
神聖鉄クラスの武器でないと通用しない可能性もありますから」
「……わかった。有り難く借り受ける」
柏木は、「刃筋を立てる」ことが難しいと言って、刃物より鈍器を選んでいた。けど、杖道講座で正しい武芸の型を学んだ今、方天画戟を使い熟すことも出来るだろう。
「転移攻撃の基本は、二体の鬼の間を活用することだ。出来れば両者の背後。難しければ、危険は増すけれど片方の正面になっても構わない。
つまり、背後を取られたと感じたミノが振り向いたら、別のミノの姿がある、という位置関係だ」
「つまり、同士討ちを狙うのか」
「そういう事だ。誤射で同士討ちをしてくれれば充分だが、そのまま仲違いまでしてくれれば最高だな」
◇◆◇ ◆◇◆
結論から言えば、〝鬼退治〟は最初から最後まで詰将棋になった。
武田のレーテがミノの意識を誘導し、振り向いたその背後から俺達三人の転移攻撃。
攻撃を受けたミノがうっとうしそうに後ろに向くと、そこには相方のミノが。
それこそミノの双刃大戦斧が薙ぎ払ったその先には、相方のミノがいたことも数知れず。挙句本来の目的を忘れて、ミノ同士が喧嘩になったシーンが四度。
我に返ったのか、それともテイマーのゴブリンからの指示があったからか、喧嘩を中断して俺たちに向き合うタイミングで、ドレッドノートからアーバレストの砲撃。距離はあっても充分な威力が保存されており、またスマホ照準器を使用した精密砲撃は寸毫違わずミノを撃ち抜き。
そして三度目の砲撃の後、柏木の方天画戟の一突きで赤鬼が、松村の薙刀『鵺』の一突きで青鬼が、それぞれ息絶えたのであった。
(2,996文字:2018/07/09初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/10 03:00掲載予定)
【注:「童話の小人」というのは、グリム童話「小人の靴屋」に出てくる小人のことです。
「知っているのか、雷電?」という台詞は、〔宮下あきら著『魁!!男塾』集英社少年ジャンプコミックス〕が原典です。なお、二十年前のフェルマール戦争で活躍(?)した、スイザリア軍の参謀ラーディン氏とは関係がない模様】
・ カラン王国には、二種類のゴブリンがいます。知性発達未熟な、「非ヒトゴブリン」と、ドレイク王国と対等な外交関係にある「ヒトゴブリン」(この区分は、後に冒険者ギルドで定められた)。レッサーゴブリンは他の地域ではありふれた存在ですが、カラン王国では各所に小集落を作っている他、『鬼の迷宮』上層階に生息しています。ちなみに『鬼の迷宮』内でのワイズマンゴブリンは、ダンジョンマスターを更に支配する立場。
・ 働き者の、エリスさん。「産みの親より、育ての親」を体現している模様。




