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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第五章:婚約破棄は、よく考えてから行いましょう
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第09話 鏑矢

第02節 リュースデイル解放戦(前篇)〔4/6〕

◇◆◇ 雫 ◆◇◆


 リュースデイルの周囲には、(さく)がめぐらされている。

 これは、旧フェルマールの法律で、この規模の町を市壁で(おお)うことが許されていなかったからだそうだ。スイザリアの支配下に入ってからも、この町に市壁をと求めた人はいなかった。

 今。壁を作るには資材が足りず時間が足りず。この作戦が発動してあたしらが資材を持ち込んでから数日では、ほとんど何も出来なかった。だけどそれでも。柵が無いのと在るのとでは、やはり大きく違いがあるだろう。


 そして、町の東側に突如として現れた、あたしらの野営施設『機動(ドレッド)要塞(ノート)』。日本語に「とても大きい(凄い)」という意味で「ド級」という言葉があるけれど、これはイギリスの戦艦「ドレッドノート」に由来している。その名を借りた、正しく「ド級の野営施設」という訳だ。

 高床式のその脚は、町の柵より高い。そしてその隣に、攻城(やぐら)改め物見櫓も設置。こちらは本来、10m程度の高さの市壁の上に直接乗り込むことを目論んで設計されている。けれど、改装後は高さ17mで屋上部分には有翼獅子(グリフォン)の発着場もある。実のところ、「改装」などではなく完全に作り直している。そして城壁が想定より低くても、途中階から渡り板を掛けられる構造になっている。この途中階部分が、今回投石兵たちの配置場所ということになる。


 ここが、防衛戦の大本営兼最前線の(とりで)、ということだ。


 開戦の第一射は、あたしが行うことになった。

 今回は命中精度より数がモノを言う為、「モビレアン・アロー」ではなく市販の「コモン・アロー」。別に真直ぐ飛ぶ必要さえないんだから、自作しても良かったんだけど、あたしにはその技術はないから。

 ともあれ、第一射の(やじり)には穴が開いていて、飛翔する時に甲高い音がするように出来ている。鏑矢(かぶらや)だ。おまけに、その(はず)は日本から持ち込んだ、発光筈。LED式で、ちょっと高価。だけど。


 篝火(かがりび)を背に、光の尾を引き甲高い音とともに敵陣に飛翔する、鏑矢。


 此度(こたび)の合戦の開戦を告げる一射として、最上の演出になるだろう。


◇◆◇ ◆◇◆


 既に日が暮れ、山間の町は夜闇に沈み。

 その闇の中を、喰屍鬼(グール)どもが進軍している。


 と。

 その闇の一点に、知らないでいたら見逃すほどの、小さな光点が見えた。

 美奈が〔光球〕で作った、標的だ。距離は、まだ200m以上離れている。けど。

 そこを目がけて山なりに、あたしは鏑矢を撃ち込んだ。


 音を響かせ、闇を切り裂く、光の矢。仕留めた気配はない。そもそも鏑矢の殺傷力は低い。だけど、グールどもの気配が乱れたのがわかった。


 そして、そのすぐ後。

 町を囲む柵の上空に、一定間隔を置いて〔光球〕が出現した。その影がグールどもの姿を隠さないように、直上ではなく町の外側で(まばゆ)く輝いている。その光は、闇に潜んだグールどもを逃さず照らす。


「攻撃開始!」


◇◆◇ ◆◇◆


 この戦争は、『マキア独立戦争』より後味が悪くなること請け合いだ。

 ただでさえ小鬼(ゴブリン)に対しては好意的な感情さえ持っているのに、対するリュースデイルの民に対しては嫌悪感に近い感情を持っている。

 そうでありながら、ゴブリンという〝ヒト〟は、〝魔物〟であるという言い訳さえ出来るから、「殺人」に対する禁忌(タブー)がほとんどない。


 だけど、この戦争は。

 最初にゴブリンが差し出した手(交渉の提案)を人類(ローズヴェルト)が払ったことから始まっている。なら、飯塚の戦略、すなわち再び外交のテーブルに着く為には、人類(スイザリア)側に一定の軍事的成功が求められるのだそうだ。


 だからあたしは、そこにある小型弩砲(バリスタ)を構え、躊躇せ(ためらわ)ずに引き金を引く。

 相手が魔物だからとか、ゴブリンじゃないからとか、そんな言い訳を考えずに、ただ〝敵〟を減らす為、〝味方〟を守る為に、引き金を引き散弾を撃ち出し、すぐに弦巻用のフックを弦にかけ、散弾用の発射筒に次の矢を()める。

 あたしの役目は、敵の圧力(かず)を減らすこと。だから密集地に向かってバリスタを撃ち続けた。


◆◇◆ ◇◆◇


「突っ込み過ぎるな、一度引け! 投石隊、投げよ! 魔術師隊、面制圧!」


 こちらは北東方面に回り込んできた敵集団と交戦している班。東正面とは違い、弩砲を用意する事が出来なかったので、早くも斬り込み隊の出番が来ている。


「長丁場だ。一回の突撃で決着を付けようと思うな。相手が一歩引いたらそれで充分だ、下がれ!

 ()まれた奴がいたら、軽傷でも一旦引いて治療しろ。死毒(プトマイン)が回るぞ!

 槍隊、構え! 送り狼たちを迎え撃て! 攻撃魔法、精密狙撃!」


 少数の部隊を上手く運用し、一度の大戦果を求めるのではなくローテーションで負けない戦いをする。どうやらここの隊長は、アタリのようです。


 と。


「伝令! 北の(さく)が破られました。現在担当班が押し留めてはいるものの、時間の問題です!」


 それを聞いた隊長が、自分の班で現在待機中の部隊に指示を出そうと苦渋の決断を仕掛けた、その時。


「では、北には私が向かいます。皆さまは次の伝令の報告をお待ちください。

 伝令兵、貴方は本陣に今の話と、そして『ソニアが北に向かった』ことを報告してください」


 ちょうど炊き出しの配給に来ていたソニアが、そう応えた。すると今度は、伝令兵が返事をする前に、ソニアの耳元からミナの声が。音響用の〔泡〕を付けてくれていたようだ。


「うん。了解だよ? だけど状況が悪くなりそうだったらもう一度報告して?

 ソニアの声には意識しておくから」

「お任せください。では行きます。伝令兵も行ってください」


 箒の穂先は、得意の方天(ほうてん)画戟(がげき)。そして防衛戦の序盤のソニアは伝令兼炊き出しが命じられていたにもかかわらず、完全装備を要求されていた。だから。


「ラウンドバインダ、射出!」


 左の外肩楯を、字義通り撃ち出した。これが、距離を置いた(シールド)攻撃(バッシュ)になり、防衛隊の輪が崩れかけていたその中にいるグールどもを押し飛ばした。

 そして一瞬静止する戦場。その隙にソニアが飛び込み、獅子奮迅の勢いで方天画戟を振り回した。


「隊列を組んでいるグールどもはこっちで引き受けます。群れから(はぐ)れた雑魚(ざこ)どもを先に始末してください!」


 独立騎士(オールマイティ)のソニアにとって、一対多、周り全部が敵だらけ、という戦況は、むしろ好都合。近くに気配を感じたら、それは(すなわ)ち敵だという事だから。

 だけどそれでも(すき)は出来る。そして何より疲労する。

 だから。


「ソニア。そっちの担当班の隊列再編完了。カウント5で上空に光球が一つ炸裂するから、それを合図に引いて」


 〔泡〕から、ミナの指示。1、2、3、4、5。

 タイミングを合わせて町の方にいるグールを斬り飛ばし、そして駆け出した。

 と同時に、町の方から投石と矢の雨。


 北側の防衛線は復活したのだった。

(2,877文字:2018/07/08初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/08 03:00掲載予定)

・ 「ド級」は「弩級」という字を充てることもありますが、「ドレッドノート級」の意味ですから「ド級」が正しい表記になります(「弩級」は当て字。間違いという訳ではありませんが)。ちなみに、「高さ17m」は、四階建ての建物の高さと同じくらいです。

・ 発光筈は、風圧を検知して発光を始めます。電池の交換は出来ませんが、通常では約千回使用出来るのだとか。グールに踏み潰されたら再利用は出来ませんけど。なお、弓道大会の公式戦に於いて、平成26年以降はその使用を規約により禁じられています。

・ 鏑矢は「打ち上げる」モノであり、「撃ち込む」モノではありません。髙月美奈さんはそれを知りませんでしたが、松村雫さんは当然それを知っていますので、「上空に打ち上げ、指示された場所に落とす」という結構な離れ業をやりました。

・ 散弾用発射筒:バリスタの銃身と同じくらいの長さの筒で、その尻の部分がバリスタの弦に引っかかっています。中に矢を満載した筒を矢の代わりにバリスタに装填し発射すると、中の矢だけが飛んでいく、という仕組みになっています。

・ 「プトマイン」(ptomaine=屍毒/死毒)という毒は実在しません。ここではサルモネラ菌、ボツリヌス菌、ブドウ球菌、等の細菌性毒素並びに腐敗毒の総称として挙げています。(『転生者は魔法学者!?』(n7789da)第三章第17話(第111部分)後書より転載)

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