第08話 戦術立案
第02節 リュースデイル解放戦(前篇)〔3/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
美奈たちは、神様なんかじゃない。
そんなのは当たり前のこと。だけどそれを実感出来るようになったのは、この世界に来てからだったんだよ?
昔は、何でも出来るって思ってた。〝今〟は無理でも、大人になれば。
両親の不和も、小母さまの悲しみと絶望も、ニュースで見る世界各地の不幸も。
だから、「出来る力がある」のに「何もしない政府与党」を軽蔑する教師の言葉に、美奈は内心同調していたの。
でも、美奈たちでは。
マキアの名も無き村の少女一人救うことも出来なかった。
ロウレスで美奈たちの知人に強姦されている少女を見ても、加害者である冒険者を止めることさえ出来なかった。
ギルドの規則としては正しくても、身分社会の在り方としては間違っていることを、異国のギルドの受付嬢が冒していても、それを糾すことも出来なかった。
そして今も。
美奈たちの〔亜空間倉庫〕を使えば、助けられる命がある。
けど、〔亜空間倉庫〕の秘密を明かしてしまえば、それを危険視する人は美奈たちの命を狙うだろうし、有用視する人は美奈たちを自分の手の内に閉じ込めようとするでしょう。
どちらにしても、美奈たちは字義通りの(地球の常識に謂う)〝奴隷〟になってしまう。
だから、見捨てることを選んだ。
介助を必要とする難民二百人の命より、美奈たち五人の自由を優先したの。
でも、だからこそ。
「救う」と決めた人たちは、一人残らず救って見せる。それは、相手の希望や都合を無視する形になるかもしれないけれど。相手が救ってほしいと思っている人を見捨てた上でのことかもしれないけれど。だから後で、彼らに恨まれることになるかもしれないけれど。
◇◆◇ ◆◇◆
第三便がウィルマーに到着し、そしてまたリュースデイルの町に戻って来て。
翌朝にはまた第四便が出発する、という日の夕方。
東方を哨戒していた斥候が、敵の存在を捕捉したんだよ?
喰屍鬼。その数、千以上。
グールは、昔は不死魔物の一種と思われていたそうだけど、最新の研究では鬼系の魔物の一種に数えられているんだって。そして腐肉を好む為、墓地(埋葬地)に多くみられるの。だからアンデッドの一種だと思われていたんだけど。
でも、群れを成して、生者の住まう町を襲撃してくるなんていう事は、これまで記録には無いみたい。
となると、何者かにより統制されている、ってこと。
「つまり、相手は戦術的な行動を採ると考えていい訳だ」
〔倉庫〕で、ショウくん。
「ですが、その状況だとあまり複雑な指示は出せないはずです。つまり、戦術立案を行う参謀はいても、臨機応変に部隊を動かす中隊長級現場指揮官は不在。なら今回も、戦略面から戦術を予測出来ます。
敵の目的は、リュースデイルを破却して人類軍の拠点化を阻止すること。そして、おそらくこちらに人数がいないことも既に把握しているはずです。
なら、最終的に採る戦術は、浸透戦。町の中に踏み込み、一般市民を巻き込んだ乱戦です。
その状態に持ち込む為には、人類軍側の防衛戦力を多方面に分散させ、面あたりの圧力を弱めること。でも完全包囲戦を行えるほどの連携を、グールに求めることは出来ないでしょう。
そう考えると、主戦力1、陽動戦力2乃至3、予備兼伏兵1の4-5部隊による波状攻撃。これがグールどもの戦術と予想出来ます」
「その数の根拠は?」
武田くんの予想に、柏木くんの疑問。
「一人のリーダーが掌握出来る部下の人数は、五人程度と言われます。だから今回のグールたちを操っているゴブリンが一人なら、最大5グループ、と予測出来ます。
勿論、6グループ以上の可能性もありますし、或いは調教師ゴブリンが一人とも限りません。
けど、ただでさえ細かい指示を理解出来る脳がない、と言うか脳が腐っているグールです。グループの数が多ければそれだけ複雑高度な戦術も採り得ますけれど、グールがそれを理解出来ないと考えれば、命令は単純で攻撃は圧力を以て、とするでしょう。
なら、最大5グループ。否、4グループである方にボクは賭けます」
「そう考えれば、あとは単純だな。基本は以前の犬鬼を相手にした時と同じだ。
グールの主力を足止めしている間に、陽動を磨り潰す。
そして予備戦力が出てくる前に陽動を蹴散らして本隊に対応。そして正面戦闘でグールどもを踏み潰す。
作戦の要諦は、索敵と通信。つまり、美奈だ。
そして、夜闇に紛れたら柵を登って来るグールを見落とす危惧もある。だから、照明を絶やすことは出来ない」
「それは、飯塚が担当しろ。なるべくたくさんの〔光球〕を作って闇を祓え。
飯塚は総司令なんだから、視界の確保と味方への指示に専念しろ」
ショウくんの懸念に対し、おシズさん。
「わかった。敵主戦力には機動要塞をぶつける。小型弩砲の矢砲は散弾。命中率より弾幕を張ることに専念しろ。
ソニアは伝令。難民用の炊き出しを夜通し続けて、各部隊に糧食を届けてくれ」
「私も戦えますが」
「長期戦になるからね。最後の斬り込みまでは、裏方を任せる」
「かしこまりました」
「それから、攻城櫓を物見櫓として利用する。
最上階の、ボレアス発着場に俺と美奈。
武田と松村さんはバリスタを。
柏木は同じく大型弩砲を。
兵士のうち100名と冒険者20名をドレッドノートで敵主戦力を相手にする。
そのうち弓兵・弩弓兵はドレッドノートの屋上に配置。
その他は投石紐を使った投石兵として、櫓の中層に配置。
残りの兵士100名は40-30-30の三隊に、冒険者は10-10-10の三隊に分かれ、陽動戦力を相手にさせる。戦術は随時美奈の〔泡〕を通じて指示する。
長丁場になる。俺たちは小まめに〔倉庫〕で休憩をとる。冒険者や兵士たちも、ローテーションで休みを取らせろ」
◇◆◇ ◆◇◆
作戦を決定して、外界に。
そして、今回の派遣軍の隊長たちにその作戦を伝達するの。
グールたちの針路は、リュースデイルの東側に一直線。否、二つに分かれて北に回り込んだ部隊があるんだよ?
「南側には、展開していない、か」
「うん。何か気にかかるの?」
「いや、武田の4部隊説が、どうやら正しいらしい。北側は更に部隊を分けるはずだ。
そして、伏兵は南に。
多分、猫獣人の集落址の拠点を先に潰すつもりだろう。なら、指揮官であるゴブリンも、そっちにいるとみて間違いはない。
そしてそうである以上、その部隊が合流するまでのグールの攻撃は、おそらく単調なものになるだろうな」
中継点を潰す。言い換えれば、「退路を断つ」ということ。
スイザリア軍がリュースデイルを確保しようとしてる理由も、関に陣取るゴブリンたちの「退路を断つ」ことな訳だから、同じ戦略思想。
ならあとは。現場の裁量で結果は変わるってことなんだよ?
(2,945文字:2018/07/06初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/06 03:00掲載予定)
・ 「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れに敗れる」(ナポレオン・ボナパルト)と言いますが。では、「一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れ」と「一頭の猟犬に率いられた十頭の牧羊犬が従える九十頭の羊の群れ」が戦えば。圧倒的に後者が有利。
・ 中継拠点に対する攻撃。本来なら、リュースデイル駐留軍全軍を引き上げて猫獣人の集落址の防衛に回らなければならないほどの一大事です。が、後方との連絡・補給が途絶えた状況での継戦能力で【縁辿】に勝る存在はなく、また孤立した状態での戦闘能力では人類軍の方がゴブリン軍に勝るという時点で、ゴブリンたちの戦略は破綻していました。
・ 〝何でも出来る〟ソニアさんを伝令に回すのは、同時に体のいい遊撃になるから。伝令や糧食の配達に向かった先で、ちょっと人手が足りなくなったらその場で参戦出来るソニアさんだからこそ、専業の伝令より役に立つのです。そして、それこそ有翼騎士団の存在意義だったり。
・ 「〝救う〟という事は、それ以外を〝見捨てる〟という事だ」と、誰かが言っていたんだよ?




