第07話 裏切りの町、再び
第02節 リュースデイル解放戦(前篇)〔2/6〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
300人弱の武装集団のリーダーになる。
これは、普通に考えたら面倒なことだ。身分もなく、(目に見える)実績もなく、名声もない人間に、自分の命を預けたいと思う人は、そういないだろう。
ところが。今回の場合は意外にも「名声」と「実績」が、オレたちの側にあったんだ。
今回招集されたのは、正規軍はモビレア公爵領軍、冒険者はモビレアギルド並びに同ギルドウィルマー支部に所属する冒険者。
彼らの中の実戦経験者は彼の『マキア独立戦争』の生還者たち。つまりロウレス攻略後伝令や斥候、その他の任務で別動隊としてロウレスを離れていた為その後の空襲や艦砲撃の犠牲にならずに済んだ人たちだった。
また、『マキア戦争』に出征しなかった連中も、松村主催の杖道講座を受講したことがあるのがほとんど。そのどちらにも該当しない徴用兵(ベルダ含む)は、50人程度しかおらず、その兵たちの上司・先輩が松村に傾倒している状況だったという訳だ。
加えて、ウィルマーのギルドに籍を置く冒険者たちは、オレたちの活動(物資輸送や樹木伐採等の道路整備や新町整備の事業)を目の当たりにしていたし、民間出身の工作部隊の連中にとって、エリスの愛らしい活躍は印象に残っていたようだ。ちなみに作戦中、「エリスを預かる」と申し出てくれた人は、両手の指では足りないほどの人数になっていた(銀渓苑の女将も申し出てくれた)。エリスは色々特殊であるという事と、戦場での身の置き方を心得ているから、と彼らに対して心苦しくもお断りせざるを得なかったけど。
つまり。オレたちは既に、「無名の冒険者」ではなくなっていたのだ。
その事実に気付いて、オレたちは身が引き締まる思いがした。それだけ無責任ではいられない、という事なのだから。
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今回の戦争は、一般の戦争とはまるで形が違う。山中での遭遇戦で想定されるのは、「少数による奇襲がマクロレベルで波状攻撃になる」という状況。少数の小鬼による奇襲と撤退が、誘引戦になり或いはこちらの布陣を崩す為の機動突撃になる、という事だ。3対3で戦って、相手が2歩下がったからと言ってこちらが1歩踏み出したら、その戦闘とは無関係の場所にいる冒険者たちが敵の攻撃に曝されるかもしれない。
その戦術を構築する為には高度な戦術眼と迅速・正確な状況把握と情報伝達が必要になる。が、『ビリィ塩湖地下迷宮』のゴブリンたちは、それをやっていた。なら、音か光か、或いは事前に打ち合わせたタイミングか。何らかの方法でゴブリンたちはそれが出来ると解釈すべきなんだろう。
だから。髙月が斥候隊の中心に立つ。
髙月の〔泡〕は、山林の中ではやはり到達距離に難があり、それだけに頼り切る訳にはいかない。けれど、斥候隊に粘着型の〔泡〕と音響用の〔泡〕を付け(プライバシーはこの際無視)、粘着型の〔泡〕でその位置を、音響用の〔泡〕で斥候の独り言を受信すれば、索敵範囲はかなり広がることになる。
この結果、奇襲を仕掛けようとしたゴブリン相手に逆に奇襲に成功することも数度。
また襲撃を受けて、それを飯塚の戦術指揮と髙月の〔泡〕を中継した伝令(音響用の〔泡〕の受信側を味方の傍らに付けることで、距離を置いてもリアルタイムで伝達出来るようにしたもの)で、敵の誘引を利用して逆に包囲戦に持ち込めたシーンもあった。
結果、オレたち五人は、本陣からほとんど動くことなく、また味方に犠牲者を出さずに猫獣人の集落址を通過して、リュースデイルの町に入る事が出来た。
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リュースデイルの町は、旧フェルマール時代の最盛期には、その人口3,000人を超えていたのだという。但し国境の町の為定住者は少なく、また難民や流民・貧民も多かったので、正確な住民数は記録されていない。あくまでも年初の人頭税(住民税)の納付状況に基く人口だ。
けれど今。その人口は600人程度。
もしかしたらもう少し多いのかもしれないけれど、この人数は、スイザリアから炊き出しに来ている冒険者たちが提供した食糧の量を基に算出された人数。それ以外の人たちは炊き出しの列に並ぶ体力も残っていないか、動けないほど病気に蝕まれているか。残念ながら、逃避行に同行することは出来ないだろう。
現代日本人の感性では、そういった弱っている人たちにこそ救いの手を差し伸べるべきだ、と思ってしまう。けど、実際には。
彼らを救うには、長い時間をかけて治療を行う必要があるだろう。けれど、その為の薬も、食糧も、人材も、そして何より時間も、用意することは出来ない。だから、そういう人たちは切り捨てざるを得ないんだ。
事情を聞いた髙月でさえ、「そっか。じゃぁ仕方がないね」と割り切った。
動ける住民の数が、約400。その人たちの類縁で動くことが難しい傷病人が、約200。
ならまず四百人を優先し、その上で余裕があったら二百人をなるべく助ける。それ以外の人たちは、もうどうしようもない。
勿論、オレたちの〔亜空間倉庫〕を利用すれば、四百人どころか全ての人たちをウィルマーまで避難させることも出来るだろう。けど、それは行わない。
見ず知らずの難民の為に、オレたちは自分たちの生命線を晒すことは出来ないから。
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先行している冒険者たちが、リュースデイルで炊き出しをしながら名簿を作っていた。
だから、町に入ってすぐに第一便で避難する予定の人たちを集め、翌朝出発する旨告げた。
「ちょっと待ってください。うちのかあちゃんはまだ歩けるほどには回復していないんです」
「お前の母親は第六便だ。その時までに歩けるくらいに回復するよう祈っていろ」
「で、では、それまでちゃんとかあちゃんのことを看ていてくれますか?」
「そんな余裕はない。第六便の出発時までに回復出来なければ、お前の母親はここに置いていく」
「そ、そんな! じゃあその間誰がかあちゃんにパンを届けてくれるんですか?」
「人手に余裕はないと言ったはずだ。炊き出しをする場所はいつも同じなんだから、お前の母親が自分で受け取りに来る事が出来る場所に移動すれば済むことじゃないか? 幸い家は余っているんだしな」
「だ、だからかあちゃんはまだ歩けないんです!」
「そんな短距離も歩けないというのなら、第六便が出発する時までに歩けるように回復するのは無理なんじゃないか? なら、諦めろ」
「あの! うちの娘は第三便って言われているんですけど、娘も第一便に同行させてはいけませんか? もしくは自分を第三便に変更してくれても構いませんが」
「駄目だ。個人の都合は受け入れられない」
「だけど、それじゃあウィルマーの町で再会出来ないかもしれないじゃないですか!」
「そこまでは責任を負えない。ここで死ぬよりマシだと思え」
其処彼処で、大小様々な悲喜劇が生まれている。
平成日本でも、「行政は庶民の家庭のことなんか見てはいない」と言う人がいるけれど。
この立場に立ってみれば。一人ひとりの都合を汲んでいたら、ただ混乱を増すだけ。
なら。
一人でも多くの人を助け出す事が出来るように、オレたちは事務的に作業を進めることにした。
(2,994文字:2018/07/06初稿 2019/03/01投稿予約 2019/04/04 03:00掲載予定)
・ 髙月美奈さんの〔泡〕のことは、斥候隊には伝えてありません。けど、優秀な斥候はその辺りのことに(原理は理解せずとも)気付き、敢えて細かく独り言を言うようになっています。ノイズが多くなり過ぎて、処理する情報量が多くなり過ぎて、髙月美奈さんは内心悲鳴を上げていたでしょうけれど。
・ 避難計画では、避難民は第五便までとなっています。つまり、「第六便」とは符牒で「置いていく」という意味。但し、第五便の人数には余裕がありますから、それまでに回復出来たら第五便に合流することも出来ます。




