第05話 チャームポイントは尻尾?
第01節 サウスベルナンド伯爵領〔5/5〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
その娘の格好は。
こっちの世界の人たちの、貞操観念に慣れた身としては、〝はしたない〟を通り越して変質者と言われても仕方のないもの。
現代日本の貞操観念でも、少なくとも住宅街を歩くには露出が多過ぎる。海岸で、下に水着を着ていれば、まだ許容される余地があるってくらいの格好なんだよ?
年の頃は、美奈たちより二つ三つ年下だから、15-6? 灰色掛かった(でもあまり手入れされていない)長い髪と、緑の虹彩を持つ瞳。そして細くて長くて白い尻尾の先には、赤いリボン。
上はノーブラタンクトップ(Dくらいありそう)、下は生足ショートパンツ。
そのパンツは尻尾の付け根も見せていて、長い尻尾は煽情的に揺蕩っている。うん、歩く猥褻物だね?
でも見方を変えると、この娘は自分のチャームポイントの魅せ方を心得ているってことでもあるんだと思う。
一瞬で判断した。この娘は、美奈の敵だって。
別に、殺気をぶつけてくるわけじゃない。女の色香、男を誑かす手練手管が侮れないと思う、という問題でもない。
多分。女としての在り方が、不倶戴天。
この娘の女としての生き方は、美奈が受け入れられない類のものなんだよ?
「キミは?」
「あたしの名前はベルダ。これでも一応銅札の冒険者。
この先にある、今はない集落の出身よ。
近々始まるリュースデイル奪還作戦に、地元の協力者がいた方が良いだろうって、指名されたの。斥候職で、特技は暗殺。よろしくね?」
「暗殺が得意」と言われても、普通に受け流す事が出来るようになったのは良いことなのかな?
「こちらこそ。だけど、キミ一人かい? 旅団の仲間は?」
「ちょっと色々あって、それまで一緒に行動していたパーティとは別れて単独行動中よ。もし問題なければ、〝ア=エト〟とその仲間たちに加えてもらえたら、って思っているけど」
詳しい事情は分からないけど、この娘、ベルダさんが前のパーティと別れた理由って、所謂「オタサーの姫」やった結果、としか思えないんだけど。
……って、美奈が思っていたら、おシズさんがズバリと聞いたんだよ。
「良ければ、前のパーティを抜けた理由を聞かせてくれないかな? うちのパーティも色々なものを抱えているから、無造作に人を増やすことも出来ないのでね」
「よくある普通の、痴情の縺れよ。あたしが寝た男たちと、その男たちと付き合っていたりその男たちのことが好きだったりした女たちとの間で諍いが起こってね。
結局、『あたしがそのパーティにいるから』そういう問題が起こるんだ、って全部あたしの所為にされて。なら彼らが娼館に行くときにも同じように騒ぐのかって思ったけど、あそこまで騒がれてなおパーティに留まりたいとも思わなかったからね」
……文字通りの、〝サークルクラッシャー〟さんでした。
「キミは、複数の男と、その、そういう事をするのに抵抗はないの?」
「それは同時に、って意味? それとも並行して、っていう意味?
どっちであっても気にならない、かな? どうせ男と一生一緒に歩いて行く事なんか出来ないんだし」
「え?」
「女は男の往くところについて行けない。それが離別か死別かはわからないけど。
でも、女は男の分身を授かり、育てる事が出来る。
なら、たくさん産んで、たくさん育てて、たくさん巣立たせることこそが、女の幸せでしょう? その行為で、相手の男も気持ちよくなるっていうんなら、お互い幸せな一時を過ごせるってことだし」
なんか、わかった。何故この娘が〝美奈の天敵〟なのか。
美奈が思い出したくもない女を思い出させるからなんだよ?
「それって、生まれてくる子供にとっては可哀想な境遇なんじゃないかな?」
だから、つい口を突いて出たのは、仕方がないことなんだよ?
「あたしたちの部族では、子供は女一人で育てるもんだ。
普人族は女を守れない男は最低だ、って言うらしいけど、猫獣人の男は家に縛られたら野生を喪失するって言う。
だから普段好きなことをしていても、時たま家に立ち寄って獲物や稼ぎを置いていく男が、あたしらにとって最高にいい男、ってことになんだ」
だからこそ、複数の男と情を交わす。そうすれば、男が自分のところに戻ってくるのが30日に一度でも、10人と情を交わせば3日に一度は誰かが家に戻って来るから?
「普人族の女は、複数の男と褥を共にするなんてはしたないっていうけど。
猫獣人の女は、子供を育てられないことこそが恥かしいって考える。なら、それを理解して協力してくれる男は、やっぱ最高でしょ?」
……子供が一番。この娘、ベルダさんはそう言った。
それは、単に部族単位の結婚観の違いでしかないということ。
たとえそう見えても、〝あの女〟のような、目先の快楽と淫蕩に耽るだけの女とは違うということ。
なら。美奈の倫理観を押し付けることの方が、ここでは失礼なのかもしれない。
「わかったよ。パーティに参入することに関しては保留させてもらうけど、これからしばらくは一緒に行動することになりそうだから。
でも、うちの男たちに手出ししたら怒るからね?」
「……合意の上でも?」
「合意の上でも。うちの男子は、女性の誘惑に慣れてないから。
それに、美奈たちは領主様や王子様の前にも立つことになるから、それらしい格好をして。王子様を誑かそうとしたなんて言われたら、疑惑だけでも首が飛ぶよ?」
「それは、あまり嬉しくないね。わかった、気を付ける」
◇◆◇ ◆◇◆
そして美奈たちは、猫獣人の少女ベルダさんを伴って、アマデオ殿下の許に向かったの。王子様に失礼にならないように、肌を隠す為の外套をベルダさんに被せたけれど。
「ほう、新しい仲間、か?」
……あれ? 王子様、ベルダがいることにそれ程驚いていないの?
「現状は同行者です。この先の集落がまだ健在だった頃に生まれた娘らしくて。
道案内と、山中での戦闘には慣れているとの話だから」
「そうか。お前たちがそれで良いというのなら、私から言うべきことはない。
機は熟した。リュースデイルを、小鬼どもの手から奪還する為の戦いを、始めることにしよう!」
(2,442文字:2018/07/06初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/31 03:00掲載 2021/05/24衍字修正)
・ 第一章で、騎士王との間に契約が締結された時。「家に帰りたい。家族に会いたい。そういった気持ちを見透かされていた」ことが、不平等な契約を結ばされた元凶だったと話しました。けど、髙月美奈さんは一人、「それを望んでいません」でした。そして、病的ともいえる飯塚翔くんへの執着。その元凶である「あの女」のことは、この章で語られることになるでしょう。
・ ベルダさん。こういう種類の娘にしては、ちょっと理知的過ぎるけど、まぁ作品の都合という事でスルーしてください(猫獣人の習性を描けるシーンがないから)。
・ 某国の、白猫妃殿下も。最初の子供たちが巣立つまで、次の子作りをしなかったんです。だから、上の子たちと下の子たちの年齢が、かなり離れてしまいました。




