第02話 魔王の贈り物
第01節 サウスベルナンド伯爵領〔2/5〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
ところで、王子様と言えば。
うちのソニアが、モビレアに来たアマデオ殿下に自分の正体を告白した。「もしドレイク王と秘密裡に交渉するつもりなら、仲介出来る」、と。
オレたちが確保している手札で、オレたちの仲間であるソニアが仲介して、ソニアの上司と交渉する。オレたちが聞いてもかなり微妙な気がしなくもないが。
取り敢えず、〔亜空間倉庫〕内に留置している、機密漏洩犯とバロー男爵の連絡係だった男(多分男爵家の執事)と、その馭者はアマデオ殿下に引き渡し、連絡係はモビレア領主城の地下牢に、馭者は因果を含めた上で解放することとした。二人は、幸運にも〔倉庫〕内にいる時は気絶中だったから、〔倉庫〕経由で移送されたことに気付いていない。けど、モビレア公爵やアマデオ殿下などは、オレたちの〔収納魔法〕が生きた人間も収納出来る可能性に、思い至っているのかもしれない。
◇◆◇ ◆◇◆
オレたちが、王都スイザルから戻って来た時。
「よう、お前ら。随分遅かったな。どこで寄り道してたんだ?」
「……いつか聞いたような台詞ですけど、またそうそう簡単に会いに行くことは出来ないところに住むという、〝古いご友人〟から、何か聞いたんですか?」
以前、マキア戦争から帰還した時と同じセリフで迎えるギルマスに、武田が同じように応えた。
「まあな。依頼主として、依頼達成の確認を報告しに来たんだ。
だが何か、余禄もあったみたいだな? その〝余禄〟分の追加報酬、とやらを置いていったぞ」
余禄分の追加報酬? それは多分、ゲマインテイル渓谷での有翼騎士団相手の誘引迎撃戦のことだろうけれど、負けた恨みじゃなく勝った褒美、ってことか?
「その、追加報酬とは?」
「ああ、これだ。ちなみに、クライアントから冒険者に対して支払われる報酬からは、一定の割合で手数料が差し引かれることになる。だから、その『追加報酬』の価値を査定出来ないと、手数料の計算も出来ない。その中身を、この場で見せてはもらえないだろうか?」
「え? ギルマスはまだ見ていないんですか?」
「ああ。そういう約束だからな。だが、見ないという訳にもいかない。もしそれを拒否するというのであれば、この『追加報酬』はギルドの規定でお前たちに渡す事が出来なくなる」
何だか知らないけれど、別に見せて困るものでもないよな?
そう思って、気軽に許可したのだが。
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その麻袋から出てきた物は。
オレにとって見覚えのある、デイバッグだった。
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「これは、一体何なんだ?」
こんな形状の鞄を、見たことがないのだろう。ギルマスが不思議そうに眺めていた。
背負い袋や背嚢、と呼ばれる物はこの時代でも存在しているけれど、この鞄はあらゆる意味で、洗練され過ぎている。
防塵、防汚、防水、耐衝撃。そして荷重の分散と使い勝手。そう、これは、平成日本の製品だ。
中を、開けてみるまでもない。
「入間史郎の、鞄です」
「なっ!」
「ウィルマーの銀渓苑に代々伝えられ、ドレイク王に託されたという、その、鞄、です」
涙が出てきた。存在していることは知っていた。けれど、こんな形で目の当たりにするなんて。
「中を、見てもいいですか?」
「あ、ああ。お前たちに託されたものだ」
皆は、自然にオレの前に空間を作った。オレがその鞄を開けるのが筋だと言いたげに。だから開いて、中を見てみると。
本やノート、事務用電卓や幾つかの電気工具。今では型遅れになっているノートPCやタブレットPCもある。どれも、見覚えがある。
けれど、見覚えのないものも幾つかあった。例えば、こちらの紙を和綴じした、本。それは、懐かしい史郎兄さんの筆跡(日本語)で書かれた、手記だった。
他にも、この世界の技術で作られたらしい絡繰りと、日本語で書かれた手紙が一通。
「手紙?」
「何て書かれている?」
「ちょっと待ってくれ。今読むから」
そこに書かれていたのは。
《 借用書。
故 入間史郎 相続人代理人 柏木宏 殿
私こと アドルフ・ドレイク は、故人の遺品である以下の物品を借用させていただきます。
品目一覧:
○ 関数電卓 一点
○ スマートホン 一点
以上
期間: 相続人代理人殿が、ドレイク王国王都コンロンシティを訪れるまで
対価: 応相談
なお、その代替品として、以下の物品を貸与致します。
代替品一覧:
○ 魔石駆動充電器(ノートPC/タブレットPC共用規格×1基・miniUSB規格×2基)
○ 輝光石式投光器(一石型×3基、三石型×1基)
以上
その他、故人の遺品の全ては、本来の相続人の代理人である、柏木宏殿に返却致します。多少の汚損等はご容赦願います。万一品目に欠落等がございましたら、ドレイク王国行政府までご一報ください。 》
……どこからツッコんだらいいのか、わからねぇ!
ただ、それが史郎兄さんの持ち物で、その相続人たちの代理人としてオレに託された、とギルマスに告げたところ。
「なら、それは〝報酬〟とは言えないな。
わかった。俺からクライアント殿に抗議しておこう。追加報酬と言いながら、借りたモノを返すだけとは何事だ、追加報酬があるというのならちゃんと支払え、とな」
だけど、オレにとっては何よりの報酬だ。有り難く、受け取らせてもらうことにしよう。
尚。あとでノートPCを開いてみたら、こちらの世界の文字でメモが挟まっていた。曰く、「このPCを女子に触れさせるな」。何のことかと思いながら起動させてみたら、デスクトップに18禁ゲームのショートカットがあった。……〝魔王〟陛下も、これを遊んだのか?
ちなみに、ノートPCに保存されていたデータの中には、ドレイク王国の教育行政についてとか、合金の鋳造法とか、ドレイク王国軍の各部隊の特徴やそれを活かした戦略などもまとめられていた。いや、これ、国外に出したらまずいヤツだろ?
◇◆◇ ◆◇◆
オレたちが、ギルマスから報酬を受け取った後。
ソニアは、ボレアスを本国に里帰りさせた。手紙を一通託して。
そして、帰ってきたボレアスは、新しい〔アイテムボックス〕を背負っていた。
ボレアスの背負う〔アイテムボックス〕。これは、所謂〝サドルバッグ〟のように、ボレアスの腰の両側にぶら下げられていた。そして、その両方が、現在〔亜空間倉庫〕と接続していた。
その、片方の〔アイテムボックス〕をコンロンシティに置き、もう片方を新しい(〔亜空間倉庫〕と接続していない)〔アイテムボックス〕に換えられていた。
これにより、ソニアは〔亜空間倉庫〕を介して瞬時に本国と連絡が取れるようになったという訳だ。
これは、アマデオ殿下の交渉にも、活用する事が出来るだろう。
(2,840文字:2018/06/20初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/25 03:00掲載予定)
・ 入間史郎の相続人は、厳密にはその奥方と子供たちです。が、この鞄の中身は遺言により、実家の家族が相続することとなっています。つまり、その権利者は入間家の両親。
・ 念の為。「相続代理人」は、〝相続の手続き〟を代理で行う人のこと。「相続人代理人」は、〝相続人の代理〟という意味です。大抵の場合はこの両者に違いはないのですが。




