第01話 春の日の過ごし方
第01節 サウスベルナンド伯爵領〔1/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
第651日目。
俺たちがスイザリア第二王子、アマデオ殿下と面会してから既に三ヶ月以上が経過している。
この三ヶ月間、俺たち、というよりも、このウィルマーの町が、大きく動くことになった。
まず、二十年前の戦争で獲得した新領土について、新年の国王による宣言で新たに領主が定められた。
領主の名は、「アマデオ・サウスベルナンド新伯爵」。
新領土のうち、マキアを除いた南西ベルナンド地方と南東ベルナンド地方が、その領地となる。
と言えば聞こえはいいが、ブルックリン地方は現在事実上の飛び地で、更にローズヴェルトとの共同統治を行うことが決まっている。そこに領主を置き直接統治を行うとなれば、ローズヴェルトとの関係が難しくなる。
またハティス地方は、その領土のほとんどを、現在カラン王国が領有を宣言している。現在そのうちのリュースデイルの町の奪還の為の作戦を進行中だが、この地方での領地経営の困難さは、想像を絶する。
そもそも、何故二十年間新領土に領主が置かれなかったか。それは、現地並びにその隣接地域に於ける、歴史的・民族的な問題からの、統治困難が挙げられていた。数年の任期で代官が派遣されていたものの、統治どころか精神的な帰化を求めることさえ難しく、挙句はマキアの再独立とカラン王国の出現。もういい加減にしてほしい、というのが、次の代官候補である文官貴族の本音だったという訳だ。
そして、アマデオ〝伯爵〟の襲爵は、けれどモビレア公女アドリーヌ姫(先日の正月でまた一つ歳をとって12歳におなりあそばされた)との婚姻が条件となり、一方で王族としての権限は、正月の宣言に伴い停止された。
つまり現在のアマデオ氏は、王族から排籍され、けれど新たな爵位の襲爵が認められていない、限りなく平民に近い貴族という、かなり中途半端な立ち位置となってしまったという事だ。
だからこそ。王家の影響力の届かない、モビレア公爵領内では、彼は「王子」の肩書で呼ばれることになった。対外(対民衆)的には、「新領土の統治を命じられた王子が、将来の勉強の為にモビレアに留学に来ている」、という感じだ。もっとも、そういう立場だから普通に(忍ばず)町を歩き、気さくに町民に話しかけるから、庶民的な王子様としてかなりの人気を博しているようだ。
そういう理由で、アマデオ殿下はモビレアとウィルマーを頻繁に行き来するようになっている。サウスベルナンド伯爵領が正式に認められたら、おそらくウィルマーが領都になるのではないかと噂されている。
……敵国の王様が、頻繁に湯治に来る町だ、という事を知ったら、アマデオ殿下はどう思うだろう?
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さて、その「リュースデイル奪還作戦」。それに関して、以前武田と話し合っていた「トレーラーハウス」が、その利点を認められて大量に生産されることになった。
当初の予定では、猫獣人の集落址を整備して仮拠点とし、リュースデイルの民をまず猫獣人の集落址まで連れて来て、そこから改めてウィルマーへ、と考えていた。
リュースデイルの民には、現在生産活動を行う余裕はなく、栄養失調や飢餓により衰弱している者がほとんどだった。
現状では、少人数の冒険者に護衛された商人たちが、物資の補給と炊き出しを行っているものの、焼け石に水。持ち込める量に限りがあるにもかかわらずに頻繁に輸送出来る訳ではないので、病人の数は増える一方。無理をしてでもウィルマーまで連れてきてしまった方が良いのでは? という強硬論も出始めていたところだ。
けれど、仮設住宅としてのトレーラーハウス(事実上は「コンテナハウス」)であれば、それほど時間も予算も必要としないし、土台造りも考えないで良いとなると、充分な数を用意出来る。それがあれば、別に猫獣人の集落址を中継点にしなくても、途中の山野での野営も、一般人でも安心出来る形で行える。
その持ち運びは、俺たちの〔亜空間倉庫〕を使えばいいのだから、かなりの余裕があるとさえ言えるのだ。
その依頼を受注する条件のひとつとして、俺たち用の野営施設〝機動要塞〟の建造と所有を認めさせたけど。
〔泡〕を利用した散弾銃などのアイディアも武田が考案していたが、武装は最低限と条件付けられた。けれど、大型弩砲二門と小型弩砲四基の配備は認められた。
これには実は裏があり、城砦防衛用のアーバレストやバリスタは、一人で運用するようには出来ていない。梃子の原理を活用して、二人掛かりで弦を引き、もう一人が矢砲をセットする、と分業しても大体一分に一発。
つまり、俺たち六人で運用する前提だと、実際の防衛戦では役に立たない。その一方で、数十人がこの〝ドレッドノート〟に駐在する、という状況は、すなわち戦争中という事だから、その場合その程度の防衛戦力が無ければ逆に困ったことになる、という事だ。
けれど俺たちは無属性魔法動力のウィンチを設置し、それで弦を引くことで、10秒に1発(慣れれば5秒に1発程度)の連射速度を確保出来る。個人で使用することが前提なので、その意味では領主様たちの想定外だという事が出来る。
ウィンチで弦を引く為、人間には引けない強さの弦でも張れることから、逆に複数の矢弾を束ねた散弾も使える。その為多少の狙いの不正確さは問題にならない。
けれど、精密射撃が必要な状況も想定してある。その場合の照準は、スマホのカメラ機能。スマホをスタンドに置き、グリッド線を活用して狙いを補正する。松村さんのスマホは十字グリッドが画面中心と目標に描写され、その二つの十字グリッドが重なった時が発射チャンス、らしい。
バリスタは自由雲台と三軸スタビライザーのどちらで支えるかも検討されたが、この時代の技術程度では自由雲台では安定が保証出来ないので、三軸スタビライザーを採用。
ちなみに、高床式の野営施設は真下に潜り込まれると弱いという弱点があるのだが。
武田は、塩水を電気分解して塩素を抽出し、それを〔泡〕に封じ込めて床下に敷き詰めるという極悪なトラップを考えているらしい。塩素は空気より重い(対気比重2.486)から、自分たちにとっては安全なんだと。
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ところで、現在の技術程度では〝真球〟を作ることは非常に難しく、更に全く同じ大きさの真球を量産する、などという事は、魔王国でも難しいようだ。
けれど、俺たちにとっては。
熔鉄の中で、〔泡〕を生成する。そうすることで、〔泡〕は熔鉄を内包する。その後冷えて固まった鉄の形状は、正確に真球になっている。
このやり方で、複数規格・同一サイズの真球を大量生産し、鍛冶師や絡繰師に販売した。
同一サイズの真球を大量生産出来れば、玉軸受を作れる。他にも使途は多い。
そんな風に、色々な道具を作ったりその派生で小遣い稼ぎをしてみたりしながら、この〝嵐の前の静けさ〟を満喫していた。
(2,973文字:2018/06/20初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/23 03:00掲載 2019/03/23脱字修正)
・ 「排籍」(造語)は、「廃嫡」(嫡出子に対する継承権の剥奪)ではなく、「嫡外子」(継承権を持たない妾妃の子)扱いにするという意味です。「特定の事情から以後継承権を有することを認めない」のではなく、「はじめから継承権を有さない立場だったことにする」というモノ。言い換えると、今後また事情が変われば、「猶子」扱いで継承権が与えられる可能性も残っています。ただその為、その名前からミドルネームに「スイザリア」を付けることが認められません。
・ ここで大量生産された「トレーラーハウス」(コンテナハウス)は、実質的には「人間が入って横になれる大きさの箱」に扉を付けたものでしかありません。炊事場やトイレは共同、中は人間が横になれる空間と荷物を置く場所だけ。但し、組み立て式の卓袱台のようなものも備え付けられています。一方窓はなく、換気も考えていませんので、夏場は結構地獄かも。
・ 「自由雲台」と「三軸スタビライザー」は、三脚のカメラを支える部分の構造の違いです。「自由雲台」は、〝カメラに繋がる棒が突き出た球〟を周囲から包み込むような構造で、現在では安価に作れる為多く普及しています。ただ自由度が大きい反面、少々の負荷でブレてしまうおそれもあります。対して「三軸スタビライザー」は、水平、垂直、回転の三つそれぞれに軸を持つという構造で、どうしても高価で且つ重く大きくなってしまうという難点があります。が、ブレは小さく、また三軸のうち二軸を固定して残りの一軸をフリーにすることで、滑らかな動きを撮ることも出来るようになります。ちなみにアーバレストやバリスタのスタンドの名称は「三軸」でも、ロールの動きは必要ないので、実態は二軸です。
・ 地球の科学技術でも、理論真球(完全球体)を作ることは出来ません。どうしても重力その他による影響を回避出来ませんから。現状では最小でも10万分の8mmの誤差が生じるのだとか。けれど〔泡〕の内部は空間どころか世界からも隔絶され、重力どころかあらゆる物理法則からも切り離されている為、〔泡〕を使えばその形状が理論真球になる上に、無重力合金以上に理不尽なものも作れることでしょう。なお〔泡〕を使った真球作りは、純鉄製(鋼鉄製)から順次合金製へと移行します。耐熱、耐寒、耐腐食性、耐圧性など、使えるとわかった途端に要求度合いが跳ね上がるのは、モノづくりの宿業。
・ 〔倉庫〕内の滑車(解体作業場にある物等)も、折を見て理論真球ベアリング搭載型に交換されていきます。




