断章07 年の初め
断章 魔王とギルマス・2〔4/4〕
◇◆◇ プリムラ ◇◆◇
カナン暦725年、正月。
新年を祝う町の賑わいを眺めながら、私ことプリムラは、この一年を思い返していました。
一年前の、新年の正月は、マキア戦争の為の派遣軍がモビレアを出立した後の、どこか後ろめたい空虚さに町中が支配されていた時期でした。
(誕生日を祝うのはね?)
思い返すのは、半年以上前。〝彼ら〟が自身の「誕生日」と定めた日。その日のことを、ミナが語った言葉です。
(この世に生まれてきたことを寿ぐだけの意味じゃないんだよ。自分にとっては、去年より成長した自分、去年より多くのことを身に着けた自分を自覚して、来年に向けて気持ちを新たにする日だし、周りの人にとっては、その人が生まれてきたことで、出会う事が出来た〝縁〟のはじまりを慶ぶ日なんだよ?)
一年前の彼らは、ただの鉄札の冒険者でした。
それが、この一年で領主様ご一家の信頼を勝ち得て、金札にまで上り詰め、ローズヴェルト王国ベルナンド伯爵の紋章入りの王貨を賜り、〝ア=エト〟の名で複数の国を動かし(その名の由来はかなり間の抜けたモノでもありましたが)、そして今は国王陛下に請われて王都に赴いています。
成程。日を区切り、一年という期間で過去と今を比較すると、その変化がよくわかります。
と、その一年を振り返ると、連想してもう一つの記憶も思い出してしまいました。
(実は、ドレイク王国内の、新しい町の、冒険者ギルドのギルドマスターのなり手がいない。という訳で、スカウトしに来た)
それこそ一年前、彼らが出征している最中。〝彼〟がこの町を訪れて、そう言ったのです。
その言葉を、「キミに俺の傍にいてほしい」と翻訳してしまい、何度眠れぬ夜を過ごしたことか。
その時のことを思い出し、それに連想する自身の淫らさに内心悶絶しておりますと。
受付窓口(新年祭の最中の為、閑古鳥が鳴いている)に、見覚えのある人影を見出してしまったのです。
最初は自身の妄想が生み出した見間違いかと思い、けど本人であることがわかり、でも冒険者の依頼受付窓口ではなく業者用の窓口にいることで、内心混乱し。
「――アレクさん。そちらは業者用の窓口ですが?」
と、当たり前のことを口走ってしまったのでした。
◇◆◇ ◇◆◇
「やぁ、プリムラ。明けましておめでとう」
「? おめでとうございます?」
「……そうだった。こっちではこういう挨拶はしないんだったね」
「また、〝遠い国の言葉〟ですか?」
「ああ。〝彼ら〟の影響かな? 最近よく思い出すんだ」
そこにいたのは、やはりアレクさんでした。
「それで、今日は一体どういったご用件で? まさか私の意表を突く為に、敢えて業者用の窓口に並んでみました、って訳ではありませんよね?」
「さすがにそんなことは。こっちに並んだのは、俺が依頼したクエストについての話だよ。まぁカウンターで話す訳にはいかないから、別室に案内してくれると有り難いんだけど」
そういう訳で、窓口業務を新人の女の子に任せ、私はアレクさんを案内することにしました。
「……ここ、か?」
「はい。余人に話を聞かれる不安のない、安心して語れる個室です。それとも、私の寝室の方が良かったですか?」
ちなみに私が案内した先は、ギルドマスターの執務室です。
◇◆◇ ◇◆◇
「よぉ、〝サタン〟。久しぶりだな」
「相変わらずだな、おっさん。だけどスマンが、その〝サタン〟ってのは遠慮してくれないかな? どっかの子供たちの所為で、その呼び方はちょっと危険なことになりそうだからな」
執務室に入った途端、この応酬。本当に、二人は仲が良いようです。
「だが、お前があの小鬼たちを操っていたのは、本当の話だろう?」
「あぁ、否定はしない」
「何故、だ? 何故魔物を操って人類に戦争を吹っ掛ける?」
「そんなつもりはないけれどな。『ゴブリンたちを操って』って言っても、俺の国には普通に魔物たちの集落もあるし、その中には人間と交易している連中も少なくない。勿論、その取引にも税金は課されるぞ? 徴税官は、魔物の集落まで足を運ぶしな」
「……お前の国は、一体どうなっているんだ?」
「俺の国では、意志があり、知性があり、それを伝える能力があり、そしてこちらの意思を受け取れる存在を、〝ヒト〟と定義している。ヒトとヒトとが、喧嘩をしたり取引したり、一緒に何かをするのは普通のことだろう?
『カラン王国』は、そんな魔物の国が俺たちの国の外側に存在出来るかの、テストケースだ。
もっとも、当然それだけが目的じゃない。ドレイク王国にとっても外交的な意味もある。さすがに、それは異国の冒険者ギルドのマスターに教える訳にはいかないけれどな」
「だが、それがわからない以上、俺たちはお前を敵と見做して行動せざるを得ない。ことが公になれば、俺も庇い切れんぞ?」
「いつまでもおっさんに庇ってもらう子供じゃいられねぇよ。心配すんな。
それに、あの子たちは別の考えがあるようだしな」
◇◆◇ ◇◆◇
「それで、アレクさん。そろそろ本題に入りましょう。
本日は当ギルドに、どういったご用件で?」
いつまでも楽しい語らいを続ける叔父さんとアレクさんに、少々腹が立って(構ってくれなくて拗ねている訳じゃないですよ?)、ちょっと事務的に割って入りました。
「そうだった。
ちなみに、用件は〝冒険者アレク〟としてじゃなく、〝ドレイク国王アドルフ〟として、だけどね?
先日、ソニアを介して依頼したクエストだが、無事達成を確認した。
彼らがモビレアに戻るまでにはもう少し時間がかかりそうだから、先に俺の方から達成確認を報告しておこうと思ってね。
彼らの奮闘に感謝している、と伝えてほしい」
「かしこまりました。では、その報酬は満額の支払いで構いませんね?」
依頼人が、クエスト達成後にその成果に難癖をつけて、報酬を減額することなどは、よくある話です。
「問題ない。というか、今回は俺たちの所為で余計な厄介ごともあったみたいだから、追加の報酬が必要かな、と思ってね」
と言って、大きめの麻袋を〔収納魔法〕から取り出しました。
「これは?」
「これ自体が、追加報酬だ。
悪いけど、中身は彼らが戻るまでは見ないでほしい。もしギルドが手数料を徴収する為に中身を査定したいというのであれば、彼らが戻ってきた後行ってほしい。手数料はソニア経由で請求してくれ」
「だが、具体的にそれが何なのかを教えてくれてもいいんじゃないか?」
「預かりものだよ。正しくは、彼らの物だ。
追加報酬を口実に、いい機会だから返却しようと思ってね」
(2,826文字:2018/06/19初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/21 03:00掲載予定)




