第16話 はじめての……
第03節 冒険の準備〔6/7〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
その夜、野営の最中に聞いたエラン先生の先輩冒険者の話は、あたしたちの心に大きく響いていた。
この世界で、柔道の業を使う少年冒険者。
まだ若くして、しかし大人たちの知り得ない炭焼きの技術や入浴文化などを持ち込んだ子供。
それこそ、虚構にある転生主人公のような振る舞いをしていた、〝飛び剣〟。『前世』という知識の蓄積があれば、若いうちからそれをアドバンテージとして活用出来る。学びの時間を省略出来るのなら、それは様々な局面で優位に立てるでしょう。
そう、おそらくは転生者。前世の、異世界の知識をこの世界に持ち込んだ、あたしたちと同じ異邦人。
既に亡くなっているというのは残念だけど、機会があったらその足跡を辿ってみたい。
◇◆◇ ◆◇◆
野外実習、二日目(第25日目)。
飯塚の矢弾が、一羽のウサギを仕留めた。
飯塚は、中学時代本職の猟師から狩りの仕方を学んだことがあるのだという。「ファンタジーに憧れて」、という理由だけで、本職の狩猟技術を学ばせる、彼の叔母さんの教育方針に多少ドン引きしたが、ともかく(技術や経験はともかく)知識的にはエラン先生を凌ぐものもあるみたい。この際、頼りになるのは良いことだと割り切ることにする。
そうして、またしばらく歩いていると。先生より先に、飯塚がハンドサインで指示を出した。獲物発見。
飯塚が発見した獲物は、ウサギ。だけど、普通のウサギとは何かが違う?
体格は二回り大きく、前歯は鋭い。そして何より、その額に角が生えている。つまり、魔獣だ。
一角兎と呼ばれる、この地方ではポピュラーな魔獣だと、後で教えてもらった。
飯塚が慎重に弩の狙いを定め、発射!
矢弾は一角兎の肩口に命中した。けど、それでは倒れない。
目を怒らせた一角兎が飯塚めがけて跳躍してきた。
最も迅く動いたのは、あたしだった。
繰り込み突き(薙刀道の型の一つで、中段伏せ目の構えから掬い上げるように突く)の要領で、一角兎の首を一撃で貫いた。
◇◆◇ ◆◇◆
「初めての対魔物戦のはずなのに、危なげなく片付けたな」
「それは、松村……シズのフォローが良かったからです」
「確かにな。シズの技術は抜きん出ている。単純な競技でなら、私でも勝てないだろう。
それに、ショウのクロスボウの命中率も高い。
ならば、君たちの基本布陣は、ショウがクロスボウで遠隔攻撃、ヒロが長柄戦槌で削って、シズが大刀で止め、という感じだろうな。
ミナとユウは、サポートに回った方がよかろう」
「はい」
こればかりは仕方がない。誰もが戦闘に向いた性格をしている訳ではないし、その方面の技術に長けている訳ではないのだから。
そして、今あたしたちは敢えて魔法戦力を隠している。まだ加護の儀式とやらを受けていないのに、既に一定の(戦闘や破壊に使える)魔法を実用化しているという事実は、知られない方が良いと思ったから。
その魔法戦力を考えたら。〔亜空間倉庫〕を実現した美奈が、あたしたちの中では最も魔法技術に秀でていると言えるだろう。ただ性格が戦闘向きではないから、戦闘用魔法を使い熟すなら飯塚か武田か。
漫画みたいな肉体強化の魔法が使えれば、戦術の幅も広がるだろうけれど、その辺りは戻った後で〔亜空間倉庫〕内でミーティングしよう。
一角兎を屠った後、解体し、その魔石を渡された。
「え?」
「あの一角兎に止めを刺したのは、シズだ。ならこれは、シズの取り分という事になる。
加工すれば魔法具が作れるが、魔法具はその効果に比して故障も多く性能も安定しない。むしろ売り払ってしまって問題ないだろう。小遣いだと思えば良い」
「魔法具は、使い物にならないんですか?」
「俺が言うのもどうかと思うが、貴族の道楽だ。風の魔法石で微風を吹かせるとか、火の魔法石で湯を温めるとかは出来るが、風を起こすなら扇げばいいし、湯を温めるなら火にくべればいい。あまり使える物とは言えないな」
え? と思った。それだけ出来るのなら、かなり色々な使い道が思い浮かぶのに。
そう思って飯塚や武田の方を見ると、彼らもこちらを見て小さく頷いた。
つまり、この世界の人たちは。その「意味」をよく理解出来ていないという事だ。
微風を起こせるのなら、換気に使えるし、上手くやれば室内に負圧を掛けて断熱膨張による温度低下を招くことも出来る。衛生管理にもこの上ない福音になるだろう。
湯を温めることが出来るのなら、それこそ風呂を沸かすのにも使える(おそらくエラン先生の故郷で生まれた公衆浴場は、そういう形で営業していたのだろう)。火に頼らずに湯を沸かせるのなら、湯たんぽを作れば冒険者や商人などの旅人が夜に凍えずに済む。
そして、「四大精霊」という考え方が〝天動説〟ならば。「風の魔石」「火の魔石」等といった区分さえ思い込みの産物であり、現実的な意味はないのかもしれない。だとしたら。
魔石の可能性は、思った以上に大きく広がっているのかもしれない。
◇◆◇ ◆◇◆
そして三日目(第26日目)。
今日の探索を終えたら、あとは真っ直ぐ戻ることになっている。
狩りに来たと考えたらその成果は不十分かもしれないけれど、あたしたちの冒険の為の野外実習と考えれば、一定の成果は上がったと見ていい。
魔法を使わないと決めていることから出来ることが少ない美奈と武田も、クロスボウを周囲に向けて警戒している。「狩り」なら一撃必殺が求められるが、警戒と防衛を考えれば、有事に即座に発射出来れば、飯塚が射撃体勢に移る時間を稼げるし、あたしや柏木が斬り込む隙も作れる。
そんな風に思いながら歩いていると。
「止まれ。」
エラン先生が、指示を出した。
その茂みの向こうにいたのは、宝石魔獣(柘榴石魔獣、とも謂われる)。
大きなサルのような外見の、冒険者たちにとっては有名な魔物だった。
その額に大きな赤い宝石(厳密には、この魔物の皮膚が硬化したモノ)があり、それを求めて冒険者たちが標的とすることが多いのだそうだ。
だが、その動きは機敏で、その爪は鋭く、性格は獰猛。一説には、額の宝石は冒険者たちを誘う〝撒餌〟なのではないか? とも言われているという。
「俺はここで見ていてやる。お前たちだけで、あの〝生きた宝石〟を取ってこい」
先生は一歩引いた。あたしたちだけで、カーバンクルを斃す。
「カーバンクルは、あの額の宝石とその毛皮、そして魔石以外は価値が無い。その毛皮とて、ウサギの毛皮と同じ程度にしか見られないから、宝石にさえ傷が無ければ斃し方を配慮する必要はない。お前たちのやりたいようにやってみろ」
(2,836文字:2017/12/07初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/01 03:00掲載 2018/06/09誤字修正byぺったん)
*「ぺったん」は、ゆき様作成の誤字脱字報告&修正パッチサイト『誤字ぺったん』(https://gojipettan.com/)により指摘されたモノです。
・ 「カーバンクル」は、丸く磨いた柘榴石をはじめとした、赤色宝石の異名でもあります。




