断章06 欠けていたもの
断章 魔王とギルマス・2〔3/4〕
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「ふぅ……」
一通り資料をまとめ終えたテレッサは、溜息を吐いてしまった。
自分が最強だと信じた、有翼騎士団。けれど、こうしてみると、弱点だらけでてんで使い物にならないということがわかったからだ。
初めて有翼騎士を目の当たりにした時。テレッサは地面の上で鎧を着て剣を振り回す、今までの騎士は、今後活躍する場がなくなるだろうと思っていた。有翼騎士がいれば、その他の兵科なんかいらないじゃないか、と思った。
だけど、こうして見直してみると。
有翼獅子の飛行可能時間は丸一日。だけど食事も休憩も採らずに飛び続けたら、翌日はもう飛べない。生物なんだから当然だが。食事と休憩を挟み、一日の飛行を朝9時頃から夕方4時前までに限定すれば、一ヶ月以上継続して飛行出来る。そして通常の猛禽とは違い獅子の胴体を持つグリフォンは、飛行しながら休むことは出来ない為、大陸を渡ることは出来ない。
また、戦闘可能時間も、それほど長くはない。上昇/下降/旋回、加速/減速を間断なく続ける事が出来る時間は、精々10分程度。半日に及ぶ追撃戦など、グリフォンの方が耐えられるはずが無かったという事だ。
そして歩兵相手の追撃戦も。速度差があり過ぎるから、一撃で仕留められないのならグリフォン側の消耗の方が大きくなる。
有翼騎士団の主任務は、輜重と哨戒と伝令。アドルフ王は、有翼騎士団を決戦戦力とは看做していなかった。けど、こうしてみると、それが正しい判断だということがよくわかる。
その武装も。
ヴォルケーノやドラグノフといった箒は、連射は不可能で装弾数は限られる。ソニアのような詐術を使わない限り、当たらなければどうということもない。そして箒の命中率はそんなに高くないと考えると、移動目標に向けて使用すること自体が間違いだということになる。固定目標か、或いは絶対に命中出来る距離まで接近して使うのが、正しい用法だという事だ。その一方で、「絶対に命中出来る距離」は個人差があり、また誰であれ「絶対命中」といえる距離はもう至近。剣は無理でも槍なら届き、矢は必中を謳うだろう。つまり、反撃されることが前提の距離という事で、これは箒の利点を殺している。
投下兵装も同じだ。絶対安全な高空からの投下となると、相手が着弾する場所から離れてしまえばそれまでだ。だからといって確実に着弾出来るように低空から投下を行えば、やはり迎撃される危険が生じる。
相手の武器の射程内で戦うには、有翼騎士は弱過ぎるのだ。
では、それを補うにはどうしたらいい?
新兵器? 現在オールドハティスで実地試験中の、ガトリング砲を配備する? けど、あれは巨大過ぎて重過ぎて、グリフォンの積載重量をオーバーする。載せられても、その反動でひっくり返るだろう。灼けた薬莢の熱で、グリフォンが火傷してしまうかもしれない。
黒影部隊で試験配備されている、シリンダー式六連装ドラグノフ? 選択肢ではあるだろう。けれどそれさえ、「単発や双発よりマシ」という程度の違いしかない。
剣や槍を振るう? でもグリフォンの胴体やその大きな翼が逆に邪魔になって、剣や槍を振るって届く距離まで近付くことは出来ない。その一方で、その距離は敵がグリフォンの胴体に剣や槍が届く距離だという事だ。なら、その距離ではグリフォン自身の爪や嘴に頼った方がいい。
投石などの、投射武器? これは以前研究されたことがあるようだ。そしてその結果は、人間が持ち運べる程度のサイズの石ならば、高空からの投下では望んだほどの威力を発揮出来ない、と。空気抵抗が落下速度にブレーキをかけ、結果命中しても「痛いっ!」というくらいのダメージしか与えられないのだ、と。これは、高空で弓矢や弩を使用しても同じだという事だ。
ほら、詰んだ。
結論は、ソニアのような独立騎士でない限り、有翼騎士単独で戦闘すること自体が間違いということになる。
その一方で、他の部隊と連携すれば、両者の戦闘力は飛躍的に増大する。
黒影部隊と連携すれば、黒影部隊をその作戦展開域までひとっ飛びで連れていく事が出来、また黒影部隊の情報があれば、狙撃も爆撃も精度が上がる。
有角騎士団と連携すれば、その輜重を有翼騎士団が担い、また有角騎士団が敵の足を止めてくれれば、有翼騎士団の攻撃は外す方が難しくなるだろう。
洋上艦隊と連携すれば、水平線の向こうまで有翼騎士団が偵察してくる事が出来、また別の大陸へまで攻撃の手を伸ばすことも出来る。
単独では戦えない、欠陥だらけの兵科。最強の名が嗤う。
そして、これまで陛下の采配の下でしか戦闘をしたことのない有翼騎士団は、だからこれまで実戦では敗北を知らなかった。〝最強殺し〟とのぼせ上がっても、それは結局他の部隊が膳立てしてくれていたから、勝つべくして勝ったのだということにさえ気付かなかったんだ。
模擬戦でも負け知らず。けど、それさえ有翼騎士団が「勝って当然」という戦況でしかなかった。様々な戦況での戦闘訓練をした、と豪語していても、「半日に及ぶ追撃戦。飛行高度の気温は氷点下。追撃戦の前半は厚い雲の下、後半は氷雨そして雪。更にその後、その雪を降らせた雲の中、視界無く、極度の疲労と体温の低下、更に高標高地帯でそれ以上上空に飛翔することも出来ず、渓谷地帯だから左右に旋回する余裕もない」などという前提条件での、地上部隊相手の模擬戦などはしたことがない。「絶対に勝てない」という戦況で、次善の一手を打つ訓練を、したことがなかったのだ。
それだけじゃない。
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「何か、煮詰まっているみたいね」
「アナ団長。自分の浅墓さ加減が、情けなく思えます」
「貴女はもとから、戦闘職として入団したのだものね。
私は、非戦闘職でも戦える力を、と思って有翼騎士を志願したから、そんなでもなかったけどね。
でも、それだけじゃないでしょう?」
「はい。陛下は、自分があの冒険者たちだと思って有翼騎士団を攻略してみろって仰いました。けれど、いくら悩んでもわからないことだらけです。
ソニアのドラグノフは、何故連射可能だったのか。
連中は、何故あんな長い時間走り続けて体力が尽きなかったのか。
連中は、何故短距離転移を繰り返しても魔力が尽きなかったのか。
そして――これを疑問に思うのは不敬かもしれませんが――、何故彼らは陛下から『王太子候補』と目されているのか。
けどその一方で、連中の傍らにはソニアがいました。
だから連中は、有翼騎士のことをよく理解していたのでしょう。今になって、私が知ったような私たちの弱点までも。
連中はこちらの事を知っていたのに、こちらは連中のことを何も知らない。
これでは、勝てるはずはありません」
(2,945文字:2018/07/07初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/19 03:00掲載予定)
・ 猛禽類は、渡りの際、風に乗って飛行しながら寝ていると言います。とはいえその瞬間を記録したデータはないので、まだまだ謎が残っているのでしょうけれど。それでも眼下に島や漂流物があれば、そこに止まって休むでしょう。
・ 投げ槍などを投下することを考えた場合。空気抵抗で減速された重力加速度の中で威力を保存出来る高度は、地上から長弓で狙撃出来る高度です。




