第42話 瑠璃も玻璃も照らせば光る
第07節 王家骨肉〔2/4〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
第549日目、つまりアマデオ殿下にお会いしてから、三日後。
ボクらは冒険者としての仕事などではなく、純粋な観光客として、町の南側の屋台市に来ていました。
新年まではあと数日。けれど、一部の気が早い店は、既に新年のセールを始めています。
年が明けると、王家の方々が町の大通りをパレードし、更に王城の前庭で演説をします。だからそれを目当てに、領内の多くの(町を移動出来る経済力がある)市民が集まってくるのだそうです。だからその人たちを相手にする店も、早くから屋台を並べるのです。
屋台市は、町の住民相手ではなく、パレード目当てに地方から出てくる人たち相手の商売です。彼らの、その懐事情は両極端。余裕があるから出て来れる人と、なけなしのおカネを集めても王家の方々のご尊顔を拝謁したいという人と。
前者は、だから貴族崩れが立ち寄るような、立派な店を好みます。けれど後者は、貧民街の住民を相手にするような価格帯の店にしか来れません。
だからこそ、この時期は。そんな低価格でも、それなりのモノを買える「屋台市」が流行るのです。
屋台市は、事前の印象の通り雑多なところでした。食品関係も、衛生面は勿論のこと食材の鮮度にさえ不安があるような物を扱っているところから、どう見ても捌いた直後の、こんな値段で売るなんて儲けを考えていないだろ? って言いたくなるようなものまで、様々。なお捌いた直後の兎肉の串焼きは、女子の猛烈な目力に負けて買いました。髙月さんは、そのタレの材料に興味津々な模様。
こうやって漫ろ歩くのは初めてのエリスなどは大はしゃぎ。もっとも、女子たちのはしゃぎようも似たようなものですけど。
色々な屋台を素見しながら、その店の前に辿り着いたのです。
「やあ兄さんたち。後ろの綺麗なご婦人さんたちの為に、美しい宝石はいかがかな? 予算次第だけどアクセサリーに加工することも出来ますよ?」
その店は。表に並んでいるのは、どう見ても河原の石。綺麗なモノや、磨いてあるモノもあるようですが、別に価値ある石には見えません。
けれど、店の奥。ここは屋台ではなく、小さな店の軒先に商品を並べているようですが、その店の中には、良い石もあるみたいです。ちょっと覗いていくことにしましょう。
「お兄さん、こっちの石なんかどうだい? この色は、そっちの小さな嬢ちゃんの髪に良く映えると思うが」
熱心な客引きなのか、それともボクらに〝符牒〟を言わせたいからかは知りませんが、正直ちょっとこの店員がうざったく感じたので、ちょっと意地悪を。
「その石、ちょっと貸してもらえませんか?」
「貸す、って、どうしようっていうんだ?」
「いえ、単に店の外に出して、光に当ててみるだけです。本物の宝石は、光の中でこそ輝くものですから」
格言に、「瑠璃も玻璃も照らせば光る」というのがあります。闇の中では、石ころも宝石も、区別はつきません。が、瑠璃や玻璃など、宝石であれば、光を当ててやればその真価が発揮される、という意味です。実際は、そこから転じて「埋もれた才能は、世に出すことで見出される」という意味になるのですが。
でも、ここは原典の通りの意味合いで。
「……まいったな。ならこっちの石ならどうだ?
こっちはちょっと高くつくけど、兄さんの言うとおり、光の中でもちゃんと輝くぞ?」
それは、どうやらエメラルド。カットも磨きも、当然21世紀の先進諸国で売られる商品のように洗練されてはいませんけれど、それが石自体の輝きを損ねるものでもないようです。
けど、それはこの「屋台市」で売られる商品としては、高価過ぎるでしょう。明らかに価格帯を外れています。こんなものを普通に店頭に並べていたら、盗んでくれと言わんばかり。
でも。この店に身分を隠してやってくる、とある〝やんごとなきお方〟の為には、このクラスのモノも仕入れておく必要があるのかもしれません。
また、その〝やんごとなきお方〟を迎えるに足る警備体制があるのなら、コソ泥程度を警戒する必要もないかもしれませんし。
だから。符牒を口にしてみることにしました。
「この緑柱石も素晴らしいですが、この店には綺麗な〝双子石〟があると聞きました。もし宜しければ、そちらを拝見させていただけないでしょうか?」
すると、この店員は。それまでの軽薄な笑みを引っ込め、親しみのある笑顔を見せました。
「殿下から話は聞いている。〝ア=エト〟とその仲間たち、か。
聞いた通りの風体だな。それに、目も確か、か。
〝本物〟を見慣れていない連中にとっては、綺麗な石と宝石の区別はつかないものだからな」
まぁ、「綺麗な石」のことを「宝石」というのだ、というツッコミは、この場では意味がないですね。
ボクらは、店員さんの案内で、店の奥に足を踏み入れました。
そこにいたのは、おそらく殿下の手の者であろう男が、8人。
それに対してボクらは、無条件で無警戒になる訳にはいきません。
髙月さんは既に、エリスを庇いながら店の奥まで〔泡〕を飛ばしていますし、中には音声中継用の〔泡〕も混じっているようです。それを髙月さんの耳元の〔泡〕で受信して、内容を確認するのだとか。
ボクの手にはタクティカルペン。柏木くんは、クボタン。ソニアはいつもの通り、苦無をズボンのポケットに隠し。
そしてボクの微塵は、今は飯塚くんの手に。
松村さんは、麻紐の先に小さな錘を付けた、鏢。その錘で鈍器のようにも使えるし、紐自体で縄術も使える、万能武器なのだそうです。
ボクらが護身具を用意していることまでは気付いていないようですが、その振舞いに隙が無いことはわかったようです。
「ま、警戒して当然か。だが確かに、その程度の警戒心が無けりゃ、話は出来ねぇな。
でも、ここでの話は余所には漏れねぇ。安心すると良い」
「だったら、その壁の向こう側にいる二人は、敵って思っていいの?」
店員が安心させる為にそう言ったら、打てば響くように髙月さんの反論。
その、〝壁の向こうの二人〟は。確実に殿下の手勢だろうけれど。現状では安心出来る根拠にはなりません。
そして、店員が言葉を失っているところを、髙月さんは追撃。
「その二人のうち片方は、王子様の部屋にいた侍女さんだよね?
ならもう一人は、連絡員? 王子様と対立している、どこかの貴族に報告するの?」
成程、〝〔泡〕付き〟でしたか。それなら話が早い。
「王子様の私室で出来ない話をする為に、ボクらはここに呼び出されたと判断しています。にもかかわらず、王子様の部屋付きの侍女さんが潜んでいるとなれば。ここもまた、安心出来る場所ではないということになりますね?」
「待ってください。私たちは敵ではありません」
緊張が高まったところで、壁の向こうから髙月さんが見つけた二人が姿を現したのでした。
(2,967文字:2018/06/15初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/09 03:00掲載予定)
・ 宝石の鑑定は、日の光を浴びせながら、白い皺のない生地の上で、北を向いて行うものでした。今では贋作・偽石等の出来が良過ぎるのと、鑑定技術が上がっていることから、室内鑑定で充分ですが。




