第40話 シミュレーション・ロールプレイ
第06節 最強殺し〔8/8〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
一旦ゲマインテイル渓谷南部まで戻り、翌日天候が落ち着くのを待って、テレッサら有翼騎士たちはこの地を去りました。それにしても今回は、色々条件が重なったから勝てたようなもの。少なくとも、身を隠す事が出来る密林でもなく、天に手が届く山岳地帯でもない草原で、彼女らと戦いたいとは思いません。
「なぁ、武田。〝後出しじゃんけん〟で構わないけど、もしお前がテレッサの立場だったら、俺たちとどう戦った?」
レイリアさんの時と同じ、相手の立場でのロールプレイ。これは、自分たちの行動の問題点の検証であり、また相手の行動に瑕疵があったのであれば、それを他山之石として学ぶ、ボクらなりの勉強法です。
「全体的に見ると、今回のテレッサさんの誤謬は大きく一つ。引き際を誤ったことです。
有翼獅子という生き物は、その飛翔可能時間はともかく、戦闘可能時間はそれほど長くないでしょう。それ以前に、『狙撃と爆撃』で決着が付くと事前に想定していたのであれば、それで済まなかった時点でテレッサさんは一度引き、作戦を立て直す必要があったんです」
どんな戦場でも、失敗した戦術にこだわり続ければ、被害が大きくなる一方です。
そして、ボクのその言葉を聞いた柏木くんが。
「多分テレッサは、『あと10分も追いかけ続ければ、オレたちの息が切れる』『あと5分追いかければ』って考えて、引くに引けなくなったんだろうな。ただでさえ、空軍騎が、徒歩の地上兵相手に『追っかけっこで捕まえられませんでした』なんて、上司に報告する訳にはいかないだろうからな」
「『自分たちはこれだけ疲れている。なら彼らはもっと疲れているはずだ』。そういう思いも、追撃行を中断出来なかった理由かもしれませんね」
と、ソニアも補足してきます。
「ちなみにソニアなら、追撃の中断を決断出来たか?」
「多分、無理です。けど、〝後出しじゃんけん〟つまり結果を知っている立場で判断して良いのなら。ボレアスから飛び降りて、足で追います。〝ゼロの転移攻撃〟で出来る転移の距離は限られていますから、距離が開くことはありません。あとはこちらのスタミナが切れるまでに皆様を捉えられればいいのですから」
「その場合は、逆にスタミナが切れたら追撃を中断する理由にもなる、か」
「はい。私の足ではゲマインテイル渓谷まで走り抜くことは出来ませんから、追撃出来ないという時点で、渓谷での迎撃という皆さんの策が成り立たなくなります。
また、私一人が飛び降りても皆さんの足を止められないというのであれば、隊で包囲する形で降りれば、逃げられることもないでしょう」
だけど、多分それはソニアが独立騎士だから出来る決断でしょう。普通の有翼騎士は、自分たちの絶対優位性の源泉である「飛行状態」を手放そうとはしないでしょうから。
「んじゃぁ今度は松村さん。有翼騎士団が、空を飛びながら、俺たちの足を止めようと思ったら。どうすれば良かったと思う?」
「あたしらを直接攻撃するんじゃなく、その進路上に焼夷弾だの爆弾だのを降らせ、あたしらの針路の選択肢を狭めていく、という方法だな」
「つまり、将棋のように、か」
確かにそれなら、渓谷まで辿り着くことさえ出来なくなるかも知れなかったでしょう。ただ、それでも。
「でも、その場合。渓谷までの所要時間五時間弱が十時間になったとしても、ボクらは走り続けることが出来たでしょう。途中で心が折れない限りは。
一方で追跡側のグリフォンは、さすがに体力が持たなかったはずです。
昨日の戦闘、最後の局面では、グリフォンたちも一瞬の判断が出来るだけの体力的な余裕は残っていなかったようですし、騎士たちも疲労困憊。女子の前でこれを言うのはどうかと思いますが、トイレに行く暇もなかったから騎乗したまま、服を着たまましていたようで、濡れたズボンが気温の低さと風を受けて気化することで、凍結していました。防寒・防湿対策が考えられた騎士服だっただけに、内側が濡れた時の対策は不十分だったようですね」
「武田、お前の言いたいこともわかるが、走り続けられなくする選択肢もある。
爆弾の投下なら、投下を確認してから進路を変えることも出来た。けど、ライフルによる狙撃は? あたしらを直接狙ってくるのなら〝ゼロの転移攻撃〟でそもそも当たらないようにすることも出来るけど、それが進路上だったら着弾するまで対処出来ない。着弾した三秒後にその地点に踏み込む、というタイミングなら、どうしても蹈鞴を踏まざるを得ない。
で、走力が減少したり大きく迂回したりしなければならなくなった時に、その先に焼夷弾や爆弾で、更に道を潰す。
ピンポイントで狙ってくるんじゃなく、離れた位置から一手ずつ選択肢を奪っていくんだ。そうされたら、機動力に劣るあたしらに、対抗手段は無くなる」
こうやって並べていくと。飯塚くんがソニアに言った、「有翼騎士団が勉強不足だったから」という勝因の意味を思い知らされます。彼女らがボクらを侮らず、大量の爆弾と弾薬を、遠慮なく消費し、時間をかけてでも確実にボクらを磨り潰すつもりになっていたら、勝ち目は全くなかったという事ですから。
「検討を続けよう。そのままゲマインテイル渓谷に突入した。
柏木が指揮官だったら、どうした?」
「後出しじゃんけんで言わせてもらうが、高度を取れない山岳地帯、機動戦が出来ない渓谷、おまけに視界の利かない霧の中。更に疲労困憊で寒さに手足が凍えている。そんな状況で戦闘を決断すること自体が間違いだ。
渓谷で戦闘するのなら、北側の騎士たちと連携し、渓谷から出られないように封鎖した後、地上部隊で圧殺する。これなら確実だな」
「逆に言うと、テレッサ隊だけで俺たちを仕留めることは不可能だった、と?」
「そうだ。渓谷に侵入することを許した段階で、彼女らは負けていた。
仮に下りて戦っても、地上戦の備えの無い彼女ら相手なら、飯塚でも勝てただろう。
逆を言うと、わざわざ装備を換装せずとも、現状の武装で空中戦も地上戦も出来るという、ソニアの〝独立騎士〟は、そういう意味で恐ろしいんだよな」
「有翼騎士団は、結果的に単独行動しなければならない状況になることも少なくない。なら、レンジャー部隊などに求められる、所謂サバイバビリティが要求される、ということか」
柏木くんの答えを聞いて、飯塚くん。
けど、有翼騎士団の戦技教導官のような立場でそう言ったことを検討しているのは、何故でしょう?
「次に、有翼騎士団と戦闘することがあれば、こんなに上手くはいかないだろう。
だから、それに備える必要もありそうだしね」
「否、冗談じゃありません。
いくら地形や天候が味方したとはいえ、地上の冒険者に、数で倍する有翼騎士が、掠り傷も与えられずまた自分たちにも怪我がない状態で完敗したんです。
恐ろしくて再戦を考えることは出来ませんよ」
(2,928文字:2018/06/15初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/05 03:00掲載予定)
・ 対戦車ヘリが、対空兵装を持たないトラックを、燃料が底を尽くまでの数時間、追い掛け回して仕留められなかったら。果たしてヘリの機長は、追撃の中止と帰還を決断出来るでしょうか?




