第39話 教導
第06節 最強殺し〔7/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
これが、飯塚の〝最強殺し〟の戦術。見事、の一言だ。
ソニアがいて、また天候が味方してくれたというのも事実だが、それが無かったとしても負けなかっただろう。例えば、無属性魔法で戦闘投網を投げることだって出来たんだから。それが届く距離まで有翼獅子を誘引出来たことで、既に勝負はついたんだ。
ソニアとボレアスは、テレッサの眼前で宙返りをした。魔王国製の投光器を持ったまま。
それをオレたちだと思って追尾した有翼騎士達は、次々に網に引っ掛かって墜落した。
先頭のテレッサは網には掛からなかったものの、揚力を孕まずに宙返りを敢行した形になってしまい、上昇頂点で失速。しかも、そのタイミングでボレアスから飛び降りたソニアが降って来たのだから、堪らない。
縺れるように転がり落ち、けれど地面には髙月が〔泡〕を敷き詰めていたことから、二人とも怪我はなし。
空対地追撃戦から空対空巴戦、そして地対地近接格闘戦と、戦況が目まぐるしく変わることで、テレッサの対応力が追いつかなくなったようだ。対するソニアは〝オールマイティ〟。相手の用意した戦況から別の戦況に移行させることで、自身を優位に戦える〝独立騎士〟だ。もうこの時点で、互角の戦闘など出来ようはずもない。ましてや、それほど対地高度が取れていなかったと言っても、10m以上の落下で無傷、という状況も、テレッサには理解不能だろう。結果、ほとんど戦闘らしい戦闘にはならず、捕縛することが出来た。
他の有翼騎士達も、墜落し(けれど〔泡〕のおかげで無傷)、そこでオレたちが刃を突きつけることで、交戦意欲を喪失し、武装解除に応じていった。
確保された騎士は、テレッサ他9名。三名ほど行方不明になっているようだが、その三名の所在は髙月が〔泡〕で追尾していた。〔光球〕を誘導灯のように配置してその三騎を案内し、合流を促したうえで同じく武装解除。完全勝利だった。
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「ちなみに、ソニア。何故俺たちが勝てたか、どこまで理解している?」
「……地形を、利用出来たから、ですか?」
「それじゃぁ不十分。正解は、有翼騎士団が、自分たちにとって不利な地形のことについて勉強不足だったから。知っていれば、ここに誘引されること自体を避けられたはずだからだ。
けれど、有翼騎士団は〝最強〟だった。だから、勝つ為の戦術や、地形や気象を利用した戦術の検討が不十分だった。
そして、有翼騎士団は〝最強〟だったから、他の部隊との連携を考えなかった。
航空戦力が最大のパフォーマンスを発揮する為には、地上部隊との連携は不可欠なんだ。
自分の弱さを知らない〝最強〟は、そのこと自体が付け入る隙になる。
〝最強殺しの戦術〟とは、本来そこを突くモノなんだ」
ソニアと、飯塚の会話。だけど、敢えてテレッサたちに聞こえるように話をしている。
そしてこれは、飯塚だからこその言葉かもしれない。
多くのことに力不足を実感し、一時は劣等感を拗らせたからこそ。誰よりも弱さを知り、だからこそ〝強さの弱点〟を見極められるのかもしれない。
そのテレッサたち。後ろ手に鋼線で両手親指を縛られている。この縛り方は、短い紐やワイヤーで確実に動きを封じることが出来るのだと武田が言っていた(何でこんなことを知っているのか……?)。
「で、だ。テレッサ。
俺たちは、確かにアドルフ陛下とは敵対している。
だが、先日シンディ妃殿下にも言われたんだが、敵対しているからと言って、いきなり直接刃を突きつけ合うという関係では、もうない。
寝首を掻いて、陛下を弑し奉ったとしても、それは決して勝ち誇れる内容じゃない。だから俺たちは、真正面から陛下を超える。
だけどテレッサ。
その気持ちは、テレッサたちも理解出来るはずだ。
雲の上の景色が見たい。そう思った時、テレッサたちはどうする?
雲が自分の足元に棚引いていればいいのに。そう思うか?
それじゃぁ意味がないだろう? 雲は天高くにあるからこそ、その上の景色が見たいんだから。
だからテレッサ。
今日のテレッサの行いは、むしろ陛下に対する侮辱行為だ。
俺たちの足を引っ張らないと、陛下が負けてしまうとテレッサは思っているという事だからね。
陛下は、武力で俺たちを正面から叩き潰したいと思ったら、正しくそう命令するよ。
その命令もないのに先走ったら。世間はアドルフ陛下を嘲弄するだろう。『陛下はあんな若造冒険者相手に、虎の子ならぬ獅子の娘の騎士をぶつけたのか』って。挙句こんな、自滅同然の負け方をしたら、『有翼騎士団怖るるに足らず』って侮られることになるだろうね。
それとも。それが目的だったのかい?」
テレッサたちは、項垂れたまま力無く首を横に振った。
「有翼騎士は、陛下の紋章を背負っているんだろう? なら、そのことを自覚しないと。任務中の貴女たちは陛下の名代で、その一挙手一投足、全てが国を代表しているんだから」
……だけど、高校生が年上の女性を説教している、と考えると、結構興奮する……じゃなく違和感があるな。
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まぁそれはそれとして。
その後飯塚は、一旦〔倉庫〕を開き、その時間凍結留置室からフィーネとその相方のグリフォン(怪我は治療済み)を連れ出して、改めてその身を縛りテレッサの前に突き出した。
「この女は、グリフォンの調教方法をリングダッド王国バロー男爵領に流出させた。
俺たちは、冒険者として陛下からの依頼を請け、この女を捕縛した。
テレッサ。貴女たちに頼みたい。この女を、ドレイク王国本国まで護送してほしい」
「わかったわ。その程度で罪滅ぼしになるとは思わないけど、引き受けます」
「罪滅ぼしだなんて。言っただろう? 貴女たちは陛下を侮辱した。けれど、それは俺たちに対する侮辱じゃない。
逆に、俺たちを暗殺することでしか、陛下は俺たちに勝てないと評価された訳だからね。むしろ光栄だよ」
「……業腹だけど、敗北した身としては言い返す言葉もないわね。けど、この借りはいずれ返すわ」
「それが戦場でないことを祈るよ」
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そしてテレッサたちとは別れて、オレたちは改めて王都スイザルへの道を進み始めた。
「そう言えば、フィーネはテレッサに託したけど、連絡係の男はそのままだな。
どうするつもりだ?」
飯塚に訊ねると。
「アマデオ殿下への土産。
リングダッドに対する手札になるか、ドレイクに対する手札になるかはわからないけど、アマデオ殿下なら上手く使えるんじゃないか?」
(2,798文字:2018/06/13初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/03 03:00掲載予定)




