第38話 勝てない、理由
第06節 最強殺し〔6/8〕
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テレッサは、自身の行動に疑念は無く、またその目的が達成されることを信じて疑わなかった。
引き連れた配下は、12騎。全員二連式魔力銃〝ヴォルケーノ〟を装備している。
当然ながら、これらはドレイク王国の最高機密兵器。私用で持ち出すことなどは許されない。けれど上司に、ソニアが王国を裏切り敵に与していることから、戦力の出し惜しみをしたら逆に喰われると説得し、各自弾丸2発の装填と投下式爆弾6発、更に焼夷弾2発の持ち出しが許可された。
どう考えても、たかだか冒険者6人を殺すには、大袈裟過ぎる武装だが、〝有翼騎士団最強〟を侮るほど、テレッサは楽観的にはなれなかったのだ。
ヴォルケーノの初弾は、外れ。けれどヴォルケーノは、口径20mmというサイズで対人攻撃を考えたら至近弾の衝撃波でダメージを与えれば上々。直撃を狙うのなら至近距離から。そもそも対物兵器でもあるのだから、彼らが跨る馬や、その進路上の地面を抉ればそれだけ有利に作戦を展開出来る。
ところが。その次の瞬間。
彼らが跨る馬が、消えた。
そして、数秒ごとに無作為に短距離の瞬間移動を繰り返しながら走り始めた。
〔空間転移〕。
その使い手は、テレッサの知る限りではアドルフ陛下とショゴス女大公であるリリス妃殿下の二人のみ。短距離とはいえそれを全員で使うというのは、脅威という言葉では説明がつかない。
けれど陛下の空間転移は、魔力消費が激しく、一日に一度程度しか使えないと聞いたことがある。おそらくこの冒険者たちの空間転移は、短距離だからこそ複数回使えるのだろうけれど、それでもその負担は大きいはず。つまり、彼らは自分の首を絞めている。
テレッサは、そう判断した。だから少しでも多く〔転移魔法〕を使わせることを前提に、半包囲する形で追撃を重ねた。
が。いつまで経っても力尽きる様子もない。
それと同じくらい謎なのは。彼らはいつまで走り続けられるのか、という事だ。
飛脚や伝令使であっても、長距離を走るなら相応に力加減する必要があるはずだ。けど、彼らはあからさまに全力で走っている。けど、力尽きない。それは何故か?
また、短距離転移を繰り返すことから、ヴォルケーノによる狙撃で命中するかどうかは完全に運頼みとなっている。そんな莫迦げた、非効率な攻撃は出来ない。
だから爆撃に方針を切り替えた。
しかしそれとて、前方上空からの爆撃は、恰も上にも目が付いているかの如く、投下と同時に進路を変えられ躱された。
低空からの精密爆撃を敢行しようと接近した騎士は、いつの間にか正対し構えられたソニアの12.7mm〝ドラグノフ〟に迎え撃たれた。
これを好機と別の騎士がソニアに近接した。ドラグノフ、それもソニアが所持するものは、特殊仕様。単発式で、次弾の装填をする為には銃身を分解しなければならない構造になっている。だから、この状況では再装填する余裕は無いはず。
が、即座にソニアは二度目の発砲。単発式のドラグノフを再装填の手間も掛けずに連射して見せたのだ。この時点で、騎士たちの事前の想定が覆された。
更に、三発目。
冗談じゃない。単発式のはずなのに、既に3発。こうなると、どれだけの装弾数なのか予想もつかない。
これで無暗に接近することは出来なくなった。
◆◇◆ ◇◆◇
そのまま追跡行を続けて、どれだけの時間がたっただろうか?
冒険者たちは、全力疾走をしながら、また短距離転移を繰り返しながら、けれどまだ力尽きる様子はない。
その一方でテレッサをはじめとする騎士たちは、経験のない長期戦で既に疲労困憊。
気象条件もまた、テレッサたちにとって不利に働いた。
町中では厚い雲に覆われていても、それだけだったが、ゲマインテイル地方に入る頃から氷雨が降りはじめ、それはやがて雪に変わった。騎士装束は高空を飛翔することが前提の為、防寒対策は当然考えられている。多少の湿気からも体温が奪われないように、それは工夫されている。
けれど、氷雨や雪の中を長時間飛翔して、なお体温を保てるほどの防寒性能は無い。
そして渓谷に入った頃には、グリフォンの飛翔高度は雲の中になり、地面どころか前方も見えなくなる。僚騎の位置の確認も難しく、既に二騎逸れてしまっていた。
むしろ、冒険者たちが自身の進路を確認する為に投射している、投光器の光がテレッサたちの道標になっている状況でもあった。
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
「そろそろ、〝X地点〟だな。皆、大丈夫か?」
「一応、休み休み来ているからな。外界で5時間弱、オレたちの主観時間は、何日だ?」
どうやら、皆余裕がありそうだ。
「さっき、武田の〔レンズ・バブル〕で確認したところ、この雪と霧で視界はほとんどない。ここで連中を、一網打尽にする」
「具体的には?」
「一網打尽。つまり、戦闘投網を使う。
ソニア、ボレアスを出せ。
連中の前方で、思いっきり宙返りをしてやれ。
そしてレーテの一端をボレアスに、もう一端を地面に置いて、曳網漁だ。
その後は、全武器使用自由。
追いかけ回された屈辱を、ここで晴らせ。
地面に落ちた騎士たちは、俺たちに任せろ」
「かしこまりました」
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冒険者たちは、この渓谷の上り坂でも、またこの雪と霧の中でもその走る速さは衰えない。
最早何らかの魔法による補助だという事は明らかだが、今更気付いても遅い。
戦って負けるのならまだしも、ただ追いかけ回しているうちにスタミナ切れで墜落、など、栄光ある騎士団の歴史の汚点だろう。
テレッサは、ここまでに仕留められなかったことで、引き際を誤った自覚があった。けれど、今更引くに引けない。
と。
既に水平も定かでないガスの中、連中の持っている投光器が、まるで垂直に浮かび上がったかのように見えた。
おそらく、かなり急斜面なのだろう。或いは、自分たちの飛翔進路が俯角を取ってしまっているのか。
慌てて騎首を上げ、激突しないように進路を調整した。
が、何処まで騎首を上げても、その光は自分たちの進路の前にいる。
やがて、自分がほぼ垂直に上昇している事実に気付いてしまった。
光は、地面を進んでいるんじゃない。現在、空を飛んでいるんだ!
ここまで姿を見せなかった、ソニアの愛騎であるグリフォン。それに持たせているという事だ。
冗談じゃない。対地戦闘をしていたら、いつの間にか空対空戦闘。しかも、相手の手にあるのは、装弾数不明で連射可能のドラグノフ。
更に、この無視界の環境で、ソニアがどのように戦術を組み立てるつもりか、想像もつかない。けれど、自分は既に垂直に近く騎首を上げている。ここからの高機動戦闘は、ほぼ無理。対してソニアはそれを目論んで機動しているはずだから、揚力を失ってはいないだろう。
後方から悲鳴が聞こえる。追従の騎士たちとグリフォンから発せられたものだ。
テレッサは後で知ったのだが、その騎士たちはボレアスの張った網に見事捕われてしまったのだ。
そして、上昇頂点からテレッサめがけ、ソニアが単身飛び降りてきた!
(2,999文字:2018/06/13初稿 2019/01/31投稿予約 2019/03/01 03:00掲載予定)
・ 世間一般の評価:〔転移魔法〕は乾坤一擲の大魔法。二度も三度も使うモノじゃない。
飯塚翔くんたちにとって:〝転移魔法〟は休憩時間。すればするほど体力回復します。
・ エリスの母であるリリス妃殿下は、実は公爵ではなく大公爵。大公爵位はもう一人、クリス・ドラグーン大公爵がいるのみです。ちなみにドラグーン大公はアドルフ王の妃殿下ではありません(設定上男性です・本作品にBLタグはありません)。そしてドレイク王国の王位継承に於いて、この大公二人(二柱?)の承認があって初めて王太子と認められるのです。
・ テレッサの名は、後にドレイク王国の航空機動教本に載ることになりました。曰く、「実戦中に〝コブラ〟を敢行し、失速して墜落した騎士」として。「航空機動は、特殊な状況下でも制御を失わないように平時に訓練する為のモノで、実戦中に実演披露する為のモノではありません。ましてや出来もしない機動を実戦で試してはなりません」という実例のようです。
・ 言うまでもありませんが、ソニアのドラグノフ(箒の柄に偽装)は、〔倉庫〕内で銃身のメンテナンス並びに弾薬の装填を行っています。
・ 今回使用したレーテは、長さ30m(手持ちの網の中では最長)の物です。中央の錘一つをボレアスが保持し、それ以外の錘を無属性で左右に投射しています。




