第15話 エランの思い出
第03節 冒険の準備〔5/7〕
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エランが生まれ育ったのは、この大陸の東方にある、別の大陸の小さな村だった。
寝物語に、冒険者から成りあがり最後は一国の王になった、という噺を聞き、エランもそうなりたいと憧れ、剣を学んだ。
数えで12、職人なら見習いとしてギルドに入る年齢に、師である老剣士から旅立ちの許可を得、近くにある『冒険者の街』に行ったのだ。けれど、その街の冒険者ギルドで登録する前に、そこにいたエランより背の低い少年に声を掛けられた。
「やあ、どぉしたんだい? 徒弟募集をしている商人ギルドは、道の向こうにある建物だよ?」
腰に剣を提げていることから、この少年も冒険者であろうことには違いない。けれど、こんなガキに舐められたら、この先冒険者などやってられない。そう思ったエランは、売り言葉に買い言葉でこの少年と模擬戦をすることになったのだ。
しかも、話を聞いてみたら、この少年は既に銅札なのだそうだ。だとしたら、自分もすぐに金札になれるに違いないと、エランは未来を楽観視した。
けれど。
「言っておくが、俺の方が歳上で、ギルドランクも上だ。胸を借りる立場なのはお前の方だ。
偉そうに吠えてないで、掛かってきたらどうだ?」
挑発するその言葉に、エランは少年に木剣で打ち込んだ。
が、打ち合ったその勢いそのままに、エランは跳ね返されてしまったのだ。
体格は、エランの方がしっかりしている。少年は、まだ成長期にもなっておらず、筋肉も骨格も出来上がっていない。にもかかわらず、エランの打ち込みは跳ね返される。何故? それは、少年の技術がエランのそれを上回っているから?
ならば、小賢しい技で跳ね返されないように、しっかり体幹を支え、重い一撃を撃ち込んだ。或いはそれが技ならば、タイミングをずらすだけでその意味を失う。フェイントを多用して打ち込むことも試みた。
しかし、重い一撃もそのまま返され、フェイントは完全に読まれて防がれた。
やがてエランは打つ手を失い、降参する形で模擬戦に幕を引いたのであった。
「念の為言っておくが、銅札の冒険者なら、今俺がお前を転がした詐術は通用しない。皆それぞれのやり方で、俺の策を潜り抜ける」
「ぺて……ん?」
詐術で体格に勝る自分を転がした? エランは、何をどのようにすればそんなことが出来るのか、想像もつかなかった。
「あぁそうだ。普通に考えたら、チビの俺が歳の割に大柄なお前を転がせるはずがないだろう?
そこには必然的に裏がある。皆はそれに気付く。お前は気付かなかった。
違いはどこにある?
経験の差だ。そしてそれが、ランクの差だ」
だが、小柄な先輩冒険者は、それを実践して見せた。
だから、〝飛び剣〟との二つ名を持つその先輩冒険者に、エランは自分の理想を重ねたのだった。
その後、エランが冒険者登録をした時。
無謀にも先輩に喧嘩を売ったことに対して何らかの叱責があるかと思われたが、ただ「いい勉強になったでしょ?」とだけ言われ、それ以上は何もなかった。
そして、エランが登録を済ませて闘技場に戻ってみると、〝飛び剣〟は他の冒険者たちと、模擬戦をしていた。
彼の言葉の通り、多くの冒険者は彼の防御に跳ね返されることなく逆に彼の受け太刀を打ち払い、或いはその防御を掻い潜って彼に致命の一撃を打ち込んでいた。
が、彼は手に持った木剣を捨てて無手になり、打ち込んできた冒険者を掴んで投げ飛ばしたのだ。
中には、彼が木剣を手放した途端に警戒して距離を取った冒険者もいた。
結局、エランは〝飛び剣〟の由来を目の当たりにすることは出来なかったけど、無手の彼はより経験豊富な冒険者をして距離を取らざるを得ないほどの脅威であることを知ったのだった。
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「その冒険者は、その後どうなったんですか?」
エランは、異世界からの訪問者たちに自分の思い出の続きを話した。
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〝飛び剣〟は、翌年春に街を離れた。長期の依頼を請けたのだとも、問題を起こして街を追放されたのだとも言われているが、真相は不明だ。
ただ、その少し後に街に公衆浴場が出来た。それは、彼がアイディアを出した施設だと後で聞かされた。他にも、その頃から街の産業の一つになった炭焼きや、孤児院製の安価な衣服にも、彼が関わっていたと聞いているので、追放説はおそらく間違いだろうと想像出来た。
それどころか。エランたち冒険者が使う武具等が、以前より質が良くなりしかし値は下がった。そこにも、彼の影があったのだという。
エラン自身は、〝飛び剣〟が街を離れた年の秋。銅札に昇格し、領都のギルドに籍を移した。しかし、更に次の年に領が戦争に巻き込まれると聞き、王都を経由して海を渡ったのだった。
エランがこちらの大陸に来て、二年後。
自由都市ラーンのギルドで冒険者をしていた彼の耳に、二つのニュースが飛び込んできた。
それは、今エランが在籍している「キャメロン騎士王国」の、王城が炎上し近衛騎士団並びに第一師団及び海軍艦隊が全滅した、という驚愕すべき情報と、彼の故国である「フェルマール王国」が滅亡した、という情報であった。
既に捨てた故国の話はともかく、現在所属している国の主戦力全滅の報は、さすがに驚愕した。そして、その後に起こる動乱を予期することが出来た。
早速仲間たちと物資を調達し、ラーンを離れた。ラーンが騎士王国から独立するであろうことはほぼ間違いなく、またこちらの大陸で騎士王国以外に組織的な戦力を持つ唯一の集団であるラーンと騎士王国の戦争は、個人の力では覆しようもないものだとわかっていたからである。
しかし、それ以外の地方での戦闘は、小規模のゲリラ戦が主となる。つまり、近衛騎士団や陸軍師団が壊滅した現状では、兵士や騎士一人ひとりの戦力で大勢が決するのである。
エランとその仲間たちは各地を転戦し、騎士王国に反旗を翻した勢力を撃破することで、武勲を積み上げ、大陸の動乱が落ち着いた時、騎士に叙爵されたのであった。
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「炭焼きに公衆浴場。何か、転生者のテンプレね」
異邦人の一人、シズがそのようなことを言っていた。〝転生者〟〝テンプレ〟といった言葉の意味はわからないが、〝飛び剣〟の身元に、何か心当たりがあるのだろうかとエランは訝しんだ。しかし、東大陸出身の〝飛び剣〟と、異世界人のシズたちに、一体どのような〝縁〟があるというのか?
「でも、結局その〝飛び剣〟さんは、その後どうなったんですか?」
尋ねてきたのは、ユウ。シズと並ぶ知性派だ。
「よくわからないな。南方領で起きた戦争に、彼が活躍したという噂を聞いたこともあるし、その後騎士の叙勲を受けたという話もあるが、確かなことは何もわからない。
彼がフェルマール王国の騎士になったというのなら、その後王国の滅亡時に、国と運命を共にしたのではないかな?」
(2,951文字:2017/12/06初稿 2018/03/01投稿予約 2018/04/29 03:00掲載予定)
・ ラーンにいるエランたちフェルマール出身の冒険者に、フェルマール滅亡の報を告げた船の名は『光と雪の女王』号。当時のフェルマール第二王女殿下の御座船です。とはいっても平時は純粋な外洋交易船ですが。




