第36話 空中戦
第06節 最強殺し〔4/8〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
その危険は、はじめから考慮されていた。けど、「予期せぬ危険」より、「考慮済みの危険」の方がまだ対処の余地がある、という事で、有翼獅子の所在を確認してからフィーネの身柄を確保するようにソニアと打ち合わせをしていた。
だから、ある意味驚くことではなく、あたしたちもすぐに〔倉庫〕に入り、事前の打ち合わせの通りにソニアの部屋から箒(槍の穂先付)を取り出し、また隣の部屋にいるソニアの相方ボレアス(最近は結構あたしたちに気を許してくれているらしく、少しくらいならモフっても嫌がられない)と一緒に外界に出た。
外界に出ると、ボレアスは即座に状況を理解したようで、ソニアを襲うグリフォンに襲い掛かる。あたしも、ソニアに箒を投げて。
空を舞う魔物に、地上からは無力。よくそう言われるが。
空の魔物も遠距離攻撃手段が無ければ、攻撃の為には手の届く距離まで下りてくるしかない。つまり、グリフォンの爪や嘴が届く距離という事は、あたしらの剣が届く距離でもあるという事だ。
そしてその間合いでは。「天空の覇者」の相と「百獣の王」の相を併せ持つと言われる、そのグリフォンという存在は、むしろその特徴が打ち消し合ってしまうのだ。
地上戦をするにはその翼は大き過ぎて邪魔になり、また肉球のないその前足は摩擦が小さくて慣性を受け止めきれずに小回りが利かない。
対地戦をするにはその胴体が大き過ぎて鈍重になり、また動物の最大の急所である腹を敵の眼前に晒すことになる。
だが、一方であたしたちの側にも不利な点があった。
相手が単なる魔獣なら、いくらでも戦い方があった。けど、ソニアの手前、ボレアスの手前。「グリフォン」それも魔王国で調教済みの相手を、無感動に討伐することは出来ない。またソニアも、どうしてもその剣閃が鈍らざるを得なかった。
その隙を突かれ、あたしはグリフォンの前足に捕まり、グリフォンはそのまま天空に上昇し始めた。そうされると、あたしは抵抗が出来ない。抵抗をして、万一前足が緩んだら。あたしは墜落死する未来しかないからだ。
けれど、かなりの高空まで上昇したと思ったら。
「シズ!」
ボレアスに跨ったソニアが、その高度まで追い上げてきたのだった。
そして、グリフォン同士の空中戦。
振り回され、三半規管が麻痺し、上と下の区別もつかなくなったが、慣性に関節が砕かれないように堪えるだけで精いっぱい。ボレアスを助けようなんて考える余地もなく、あたしは自分の首が捥げないようにすることだけを考えていた。
あたしを掴んでいる為に片前足の爪が使えないグリフォンと、ソニアを背に乗せている為に少し動きが鈍いボレアス。だけど、猛禽同士の空中戦は、速度や機動性に任せた一撃離脱戦ではなく、至近距離からの巴戦。つまり、ソニアを背に乗せているボレアスのハンデは、それほど戦況に影響しない。勿論それは、ソニアが有翼騎士として耐G訓練を受けているからでもあるのだが。
やがて、不利を悟ったグリフォンは、あたしを放り投げて全力でボレアスに向かった。
対してボレアスは。
グリフォンの一撃を避けながら急降下して、自由落下中のあたしに追いついた。
「シズ、大丈夫?」
「えぇ、ありがとう。助かったわ」
「一旦地上まで下りるわ。あとは任せて」
そして、所謂〝パワーダイブ〟(下方向に推力をかけ、自由落下より高速度で降下すること)で地表すれすれまで来て、急制動。足が地に着くか着かないかの地点で、あたしはボレアスから飛び降りた。ボレアスも、あたしが飛び降りたのを確認せずに、再上昇。追って降下中のグリフォン相手に、下から迎撃。
そのまま縺れるように、二頭のグリフォンは地表に激突した。
ダブルノックダウンに近い状況だったが、治療を当てに出来るボレアスと、最早自然治癒しか選択肢がないフィーネのグリフォンでは、負ったダメージの質が違う。
あたしたちも、二頭のグリフォンとフィーネを〔倉庫〕の中に連れ込み、〔再生魔法〕で治療を施した上でフィーネたちを凍結留置室に放り込み、これで取り敢えず決着した。
◇◆◇ ◆◇◆
「これで一件落着、かな?」
「まだです。せめてフィーネを、ドレイク王国の担当者の手に引き渡さなければ。
ソニア。そのあたりの連絡は、どうなっているんですか?」
美奈の、安堵を込めた言葉。さすがに、今回は無傷とはいかなかったから。
ソニアとボレアスは、全身打撲と10ヶ所以上に及ぶ骨折。幾つかの内臓も損傷していた。あたしも、複数箇所の裂傷。これが日本なら、社会復帰が危ぶまれるレベルの怪我をしていたし、それがグリフォンの爪によるものだったから感染症の心配もあった。全部〔再生魔法〕と〔病理魔法〕で対処したけれど。そしてソニアには、そんな自爆戦術を取ったことについて説教したけれど。もっとも、それは全て終わったから言えることだけど。ついでに美奈には「おシズさんがそれを言うな!」って突っ込まれたけど。
だけど気を抜きかけた美奈に対し、武田はまだ終わっていない事実を告げた。
「連絡員に手配させます。けれど――」
「何か問題でも?」
「実は、私たちの後を連絡員が追跡しているはずなんですが、〔倉庫〕を利用した私たちの移動速度は、正直ドレイク王国の水準で考えても、速過ぎるんです。
先日のハティス地方探索行でも、連絡員が追跡出来たのは猫獣人の集落址までだったと言われましたから。今回の場合は、追跡しているはずの連絡員は、未だ王都スイザルにも到着していないと思われます。そして当然、連絡の中継もされていないとなると――」
連絡員を待って行動速度を下げたら、意味がない。かといって、連絡員もあたしらと一緒に行動する、という訳にもいかないだろう。途中武田が病臥したとはいえ、それで追い付かれるほど遅くはなかったという事だ。
「しばらくは、連絡待ちとせざるを得ない、という事、か?」
「そうなります。もっとも、スイザルのセーフハウスにいる〝影〟に繋ぎを付ければ、そこから本国と通信が繋がりますから、それほど待たずとも次の手を打てると思いますが」
何処の国も、世界各地に密偵を放っているもの。それは当然だ。
ここはドレイクにとって敵国で、物理的な距離もある。だから、犯罪者の護送まで考えなければならないとなると、結構手間がかかる。
その〝影〟とやらに連絡が取れたからと言って、その場で引き渡して終わるとも限らない。
この一件が終わるまでは、もう少し時間がかかる。
それを認識したうえで、まずはスイザルまで戻ろうと、バロー男爵領の南の関を抜け、次はスイザリアの国境を越えることを考えていた時。
飯塚の傍らを何か高速で飛翔する質量体が貫き、追って上空から破裂音が響いた!
(2,840文字:2018/06/13初稿 2019/01/03投稿予約 2019/02/25 03:00掲載予定)




