第34話 掃き溜めに○○
第06節 最強殺し〔2/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
「止まれ。お前たちは何者だ?」
バロー男爵領北方の関にて。
オレたちは、普通に誰何されることになった。
「スイザリアの冒険者です。樹海の中で迷っていたら、ゲマインテイルに出たので、貴領を経由して本国に帰還する予定です」
「そうか。あまり妙な真似はするなよ?」
ギルド証を提示し、入境税(普通より高かった)を支払い、男爵領に入る。この世界の一般的な行政区分では、男爵領は幾つかの町村を束ねるサイズの領地であり、つまり町村規模の集落が「幾つか」しかない、という事だ。
そして、ソニアから聞いたグリフォンの飼育に適する環境。その条件に当てはまる場所の、至近の町は一つしかない。
だからその町に行き、とある酒場に入った。
腹拵えをしつつ、町の様子を見ていると。
オレでさえ、すぐにわかった。
第一印象は、上流家庭の若奥様。
それも、この世界のではなく、地球の、日本の。
服装それ自体は普通だが、その立ち居振る舞いが上品過ぎるのだ。
日本の、それも麻布・青山・赤坂あたりで、相応に服装を整えれば、この女性は普通に溶け込める。けれど、この身分社会で。
平服を着る貴族など、普通はいない。
だから、平服でありながら貴族の振る舞いが身に着いた人物というだけで、かなり周囲から浮いてしまうのだ。
おそらく、松村もモビレアで、下手したらこうなっていただろう。けど彼女の場合、その前に〝大弓使い〟としての二つ名が与えられたから、目立っても「あぁ、〝大弓使い〟か」で終わってしまっていた。だから問題にならなかったんだ。
けど、こんな地方の小さな町で、こんな立ち居振る舞いの女性。「掃き溜めに鶴」という言葉通りという訳だ。
「ソニア。」
「はい、存じております。彼女の名はフィーネ。私の、二年先輩にあたる有翼騎士です」
念の為確認してみたら、やはりソニアは面識のある相手のようだ。
「なら、ソニアはまず偶然を装って、接触してみてくれないか。
もしかしたら、全くの無関係かもしれないし。
美奈は、粘着性の〔泡〕の用意。場合によっては長期戦になるからな」
飯塚が指示を出す。そう、フィーネと直接の面識があるソニアと、粘着性の〔泡〕で距離を置いても追跡可能な髙月が、今回の任務の鍵になる。
「うん、任せて? ちょっと面白い〔泡〕の使い方を思い付いたから」
◇◆◇ ◆◇◆
「フィーネ先輩!」
「ソニア? どうしたの、こんなところで」
「ちょっと事情があって、あの冒険者たちと行動を共にしているんです。
けど、フィーネ先輩こそ、どうしてここに?」
「どうでもいいけど、その〝先輩〟っての、止めない? メイド学校への入学時期は一緒でしょ?」
「ですが、私は途中二年休学しています。ですから、フィーネ先輩の方が、卒業年次は二年先輩だというのは、間違いのない事実です」
「その二年があったから、アンタは〝独立騎士〟なんていう特別な立場にいるんでしょう? それで? やっぱりここにいるのは任務?」
「任務はあくまで、彼らとともにあり、彼らの行く末を見届けることです。
彼らは――あの中の誰か、なのかもしれませんが――、陛下の縁者のようで、陛下が彼らの将来に興味を持っているんです。そして、だからこそ、つまらない理由で残念な結果にならないように、私を派遣されたんです」
「そっか。アンタも大変ね」
「でも、面白い毎日を過ごしています」
二人の会話は、大声で交わされている訳じゃない。本来なら、オレたちのところにまでその声は届かない。
けれど。二人の間、ソニアの前約1mの位置に、髙月が一つの〔泡〕を配置していた。
そして、オレたちの前1mほどの場所にも、〔泡〕がある、らしい。
二人の会話は、その〔泡〕から聞こえてきているのだ。
「ソニアの前にある〔泡〕の、その表面の空気の振動を、こっちにある〔泡〕に同調させているんだよ? だから声が聞こえるんだよ?
上手くやれば、向こうとこっちで会話も出来るようになるかもしれないけれど、今はこれが精一杯なんだよ?」
見えない盗聴機を配置出来る。そのメリットは、計り知れない。
その後も二人は当り障りのない会話を続け、一旦分かれた。フィーネには粘着型の〔泡〕と音声中継の〔泡〕、両方を追従させたままで。
◇◆◇ ◆◇◆
粘着型の〔泡〕の有効範囲は、経験則だが直線距離で約2kmくらいなら問題ないようだ。
一方で音声中継の〔泡〕は、今回初めて使用する為、どの程度の距離まで大丈夫かは不明。だから、100mを一つの基準にして、且つその他の普通の〔泡〕もたくさん飛ばして相手の位置を特定しながら尾行を行う。
把握すべきは、フィーネが今回の事件の犯人である証拠。だけどそれとは別に、フィーネの愛騎である有翼獅子の所在と、グリフォン牧場の位置も判明したら、それに越したことはない。グリフォンの所在は、戦闘が不可避となった場合に合流を阻止する為。そして牧場の所在は、今回は積極的に手を出すつもりはないものの、事件終結後に魔王国にとって、その所在を知っているという一事は、政治的な札になるはずだ。
普通、尾行は相手に気付かれないようにすることが一番重要だ。
が、髙月の〔泡〕で追従出来る以上、一本向こうの通り、間に建物を挟んだ場所からそれが可能になっている。常識的に考えて、姿を捉えることがあり得ない場所。ゆえに、尾行の可能性に思い至らない場所から、だ。
その距離を隔てて、オレたちは尾行を継続した。
フィーネは。
周囲に気を配りながら(おそらくソニアの姿を探していたのだろう。直線位置でも目視が難しい距離を隔てているうえに間に障害物がある以上、発見出来るはずがない)、けれど迷わず町の中を歩き、ある一軒の屋敷に足を踏み入れた。
中堅以上の商人の屋敷、と人は見るだろう。
その屋敷の、二軒向こう側にある道を隔てた軽食を出す店。
オレたちはそこに入り、店の隅のテーブルを陣取った。
直線距離にして、約80m。間に屋敷が二軒と道が一つ。それを隔てた店の中から、三軒先の屋敷の中の音を拾う。そんなこと、可能性としてさえ思い付く人がいるとは思えない。
「領主様にお伝えください。どうやら、事は露見したようです」
「どういうことだ?」
「おそらく、追手です」
「ドレイク王国からの、か?」
「はい。相手は有翼騎士団の中で唯一、〝独立騎士〟と呼ばれる女。単独行動を許された、あらゆる戦況に対応出来る騎士です」
「わかった。手を打とう。だが、所詮女一人だろう? 如何に凄腕と言えど、対応不可能な人数で対処すれば、それで終わるはずだ」
「有翼騎士団は、〝最強殺しの戦術〟を複数身に着けています。そしてこの相手は、単独でそれを使える存在と思ってください。
間違いなく勝てる。相手にそう思わせる戦況こそ、彼女にとって必勝の戦況だという事です」
どうやら、間違いはないようだ。それにしても、このフィーネという騎士は、ソニアのことをかなり高く評価しているな。
(2,788文字:2018/06/12初稿 2019/01/03投稿予約 2019/02/21 03:00掲載 2021/05/20誤字修正)
・ 「スリーA」は、「麻布・青山・赤坂」の頭文字で、「高級住宅街が並ぶ地区」、というよりも「地価が急速に高騰した地区」として不動産業界で使われた呼称が原典だそうです。ちなみに「スリーA」に六本木を加えて「3A+R」とも。
・ 「彼らは陛下の縁者のようで、陛下が彼らの将来に興味を持っているんです」。某種馬魔王の隠し子疑惑。ちなみにソニアさん、その説を信じています。
・ フィーネは、柏木宏くんたちのことを警戒していません。「所詮、冒険者」。実戦模擬戦問わず戦争・戦闘に於いて、同僚相手以外に敗北した記録のない有翼騎士らしい、傲慢な自負心故と申しましょうか。
・ 飯塚翔「俺の時は皆で叱ったのに、美奈が一人で魔法を開発する分には構わないのかよ(;Д;)」




