第33話 ゲマインテイル渓谷
第06節 最強殺し〔1/8〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
第531日目。
この、「ゲマインテイル地方」。確かに、『来る者は拒まず、去る者は追わず』の精神のようですが、それだけに余所者に対する監視の目は厳しいみたいです。
文字通りの、「余所者」。日本語で言うのなら、決して「稀人」ではありません。
松村さんが、「ゲマインシャフト」について少し話しましたが、日本の村社会は「地域共同体」の代表例とされています。確かに、日本の村社会は「余所者」に対しては排他的です。けれど同時に、日本の村社会には「稀人信仰」という考え方もあるのです。
稀人(「客」とも書く)。遠方より来りて、騒動を起こす一方で、村に新しい風を、息吹を齎す者。
色々な解釈がありますが、一番大きいのは遺伝情報の劣化に対する対症療法、です。
仮に三親等内親族間の近親婚を禁止したとしても、常に従兄妹・従姉弟婚を繰り返していれば、三代目には既に兄妹・姉弟婚と同等の血の濃さになります。家系が10程度しかない小さな村落では、近親婚にならないように婚姻を繰り返しても、すぐに兄弟姉妹と同じ程度の血の濃さになってしまうんです。
だからこそ。遠来の客人を歓迎するのです。村落に、新しい血を取り入れられる、と。
当然、そこには騒動が起きます。仮令近親者であっても恋愛感情があれば、自分の愛する相手が稀人と結婚し子を成すということを納得出来ないかもしれません。また、稀人と愛し合った結果、その人は村落を出て行ってしまうかもしれません。だからこそ、「稀人」は騒動とは無縁ではいられないのです。
その一方で。このゲマインテイル地方は。
おそらく外来の者が頻繁に行き来するからでしょうか。「稀人」という考え方は、無いようです。来邦者はただ、「来たりて、行き給う者」。
花の便りか嵐の予兆か。やって来たら、それが恩恵を齎すのであれば歓迎し、騒動を齎すのなら家に籠ってそれが過ぎ去るのを待つばかり。それが、この地方の人たちの生き方のようです。
だから、騒動を起こさないように見張り、騒動が起きないように当たり障りのない歓迎をし、そして騒動を起こさないうちに立ち去ることを期待する。それが、この地方の民の、来邦者に対する考え方なのでしょう。
◇◆◇ ◆◇◆
さて。ボクらはこのゲマインテイル地方にやって来て、そこから針路を南にとってバロー男爵領を目指す予定でしたが。
飯塚くんは、ゲマインテイル渓谷を抜けて一旦ローズヴェルト領に踏み込むことを提案してきました。
「……何の為に?」
「いや、その、一応、渓谷の北まで見ておきたいんだ」
「ショウくん。まさか、またなの?」
「そうじゃない。信じてほしい」
「ならちゃんと説明するといい。飯塚はどうして北に行きたいのだ?」
飯塚くんが、女子二人に追求されています。
まぁ彼は、前科がありますから。誰にも相談せずに、いきなりソニアの前で〔光球〕の魔法実験を行ったことが。
「……正直、ソニアの前では言いたくなかったんだがな」
「私の、ですか? では席を外しましょうか?」
「否、いい。ちゃんと話すよ」
では、飯塚くんが北に行きたいという、その目的は?
「もしかしたら、有翼騎士と戦闘になるかもしれない。
その場合、どこで戦うのが一番安全だと思う?」
地対空戦闘で、地上戦力が航空戦力に対して有利に展開出来る場所。
基本的には、そんなに多くはありません。が、確かに、無い訳じゃないですね。
「そんな場所、あるか?」
「そうね。地上戦力が航空戦力相手に有利に戦闘を展開出来る場所なんて、そんなに多くは無いはずよ」
柏木くんと、松村さんの回答。うん、それが常識です。
「ソニア。ソニアはどう思う?」
「わかりません。有翼騎士団にとって、対地戦闘で不利になるかもしれない場所。
……地上を視認出来ない、密林の中、でしょうか?」
それは、答えのひとつです。密林を上手く使えば、仮令アメリカ空軍による空爆でも、ベトコンを全滅させることは出来ないのですから。
「武田。お前なら、もう答えに行き着いているんじゃないか?」
「って言っても、飯塚くんははじめからその答えを提示していたじゃないですか。
空軍機の、戦闘空域高度より標高の高い地域。
気流が複雑に交錯する、山岳地帯。
そして空軍機が行動の自由を制限される、渓谷地帯。
これらの場所です。
そして、このゲマインテイル渓谷は、おそらくこの三つの条件の全てに該当する場所でしょうね」
地上戦力にとって、航空戦力は悪夢以外の何物でもありません。
けれど、それは空軍機が自由に行動出来るという前提での話。
そもそも空軍機は、制限が多いのです。重力に逆らって飛ぶ為に、可能な限り軽く。つまり装甲は紙のように薄くなります。また燃料も兵装も、積めば積むほど飛行の自由度と航続距離が削がれていくのです。結果、最大の戦闘力を維持したければ、基地や母艦から遠く離れた場所で戦闘することは出来ません。
だからこそ太平洋戦争末期の日本は、敵空母に狙いを集中して神風攻撃を目論んだのですし、米軍爆撃機の拠点たりうる硫黄島を死守することを考えたのですから。
その問題は、有翼騎士団であっても同じでしょう。いくら〔アイテムボックス〕で無限の物資を持ち運べるとしても、外装は紙同様でしょうし、燃料つまりグリフォンの餌は地上に下りなければ摂取出来ません。
その一方で、魔王国はガトリング式機関砲だの、冷凍魔術を掛けた艦砲射撃だのが可能な国です。なら、その国の騎士たちに銃火器を装備させるのは当然でしょうし、或いは投下式爆弾を持たせているかもしれません。追尾式ミサイルを用意されていたらもうお手上げです。
けど、それでも。この渓谷に引き摺り込むことが出来れば。
ボクらが負けない可能性も、出てくるのです。
◇◆◇ ◆◇◆
渓谷。そこの山道は、一番高いところで標高約1,200m(アプリ内蔵気圧高度計による)。渓谷を構成する山の標高は、おそらく2,000m級。渓谷の一番深いところ(山道のある谷間から渓谷の頂上まで)の標高差は、おそらく200m超。
渓谷の、一番狭い場所の標高は、700mくらい。幅は10m程度。渓谷の高さは、150mくらい。
飯塚くんの考えていることは、わかります。
最悪の場合、ここが決戦場。戦わなければならないときは、ここでグリフォンを仕留めるんです。
他にも、横穴や岩の突起の位置も調べます。場合によっては避難場所になったり攻撃手段にしたりする必要があるかもしれませんから。だからスマホで写真を撮り、今後の戦術に活かす資料とします。
そして、渓谷を抜けてローズヴェルト側にでると。
出たその場所で、もうわかります。そこから先、山を下ると、少し開けた場所があります。おそらく、ゲマインテイル地方の北側集落。そしてその集落の北東と北西に、大きめな砦。あそこから、この渓谷内を監視しているのでしょう。
ボクらの存在を視認されたかは、不明です。もっとも、現時点でボクらを「不審人物」とする根拠はないでしょうけれど。
(2,966文字:2018/06/11初稿 2019/01/03投稿予約 2019/02/19 03:00掲載予定)
【注:「ベトコン」は、ベトナム戦争時代にアメリカ軍が「南ベトナム解放戦線」に対して与えたコードネームで、蔑称としての意味を持ちます】




