第32話 ミーティング・6 ~犯人の目星~
第05節 王都スイザル〔5/5〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
魔王国の目的は、純粋に「犯罪者の逮捕」であって秘密漏洩の阻止ではない。
目から鱗の着眼点だが、言い換えれば〝先行者利益〟を確保出来ているという自信の顕れなのかもしれない。
後進(特に先行者の成果を盗み出すようなタイプ)は、先行者が試験研究に要した時間やコストを節約出来るというメリットがある半面、その試験研究の際に副産物として顕れた様々な成果が得られないというデメリットがある。
例えば今回の場合、『有翼獅子を調教する方法』のマニュアルをバロー男爵が手に入れられたとしても、それは〝最適化された〟ノウハウだ。言い換えれば、「状況の八割に適合する手法」。特殊事例に該当する、残り二割は、一つ一つ採り上げたら収拾がつかなくなるとしてマニュアルからは省かれる。けれど現場では、その〝二割〟が頻発するのだ。一つ一つの事例は滅多に起こらないこと。けれど、〝八割〟だけで完結する状況の方が、まずありえない。そうなると、「一つ一つは滅多に起こらない」〝二割〟に対処する方法は、経験則しかない。にもかかわらず、それは伝わらない。
その結果、場合によっては「グリフォン調教」というプロジェクト全体が頓挫する可能性も否定出来ないという事だ。だからこそ、〝魔王〟は犯人確保のみを求めているのかもしれない。もし犯人が男爵領に留まっていたら。その〝二割〟を埋めてしまう危惧があるから。
◇◆◇ ◆◇◆
情報の流出は最小限に抑えたいけれど、流出してしまったというのならそれに拘泥しない。これが、〝魔王〟の方針なら。あたしたちの採るべき方針もまた、簡単なものになる。
けれど、問題の犯人を、どうやって特定するか。
「バロー男爵領で、地道に聞き取り調査を行うの? それは、逆に怪しまれるだけじゃないの?」
まさか飯塚がそんなことを考えてはいないと思うけど、念の為言葉にしてみた。
「ボクらは専門の捜査官じゃありませんから、当たり障りなく必要な情報を集めるスキルなんかありませんよ」
「酒場で情報収集が王道だ、って言っても、どうやって聞き出したらいいのやら……」
武田と柏木も否定的。だけど。
「そんな難しく考える必要はない。犯人の素性は知れている」
「え? ショウくん、どうして?」
「そもそも、誰が依頼人だ? 何故ソニアがこの依頼を持ってきた?」
魔王国の有翼騎士団が、本当の依頼人。そして、それを「有翼騎士団が」依頼する意味。直接の利害関係者だから、ではないとしたら?
「つまり。飯塚は、その犯人が魔王国の有翼騎士の一人だと言いたいのか?」
「そう考えるのが妥当だろう。〝秘中の秘〟と言いながら、結構気軽に国外に情報を流出させている。とはいえ、そこまでは管理された流出だ。つまり、公的に接している人間は限られる。
そして、魔王国とリングダッド王国バロー男爵領までの距離を考えたら、いきなり男爵領の荘園にそのネタを持ってこれる立場にいる人間という時点で、もう他に選択肢がない。
男爵領が特殊な立地にあるというのなら、北のローズヴェルト王国側も相応に重要な拠点として、この渓谷を押さえているはずだ。なら当然、その砦には、ローズヴェルトの友好国であるドレイク王国から有翼騎士が派遣されているはず。
なら、その派遣騎士の〝誰か〟乃至は〝全員〟が、犯人だ」
この世界に、空軍は無い。唯一の例外が、『有翼騎士団』だ。
その制空権、索敵能力を考えると、有翼騎士団のテリトリーである空中に、敵性存在がいるのなら、それが捕捉されていないはずがない。
そして、空には国境線が描かれていない以上、ローズヴェルト側の砦に駐留する有翼騎士団にとって、バロー男爵領上空も制空権といえるだろう。
にもかかわらず、そこに有翼獅子の飼育場が作られて、それが魔王国に秘匿されている。
つまり、その下手人は明らかに、その上空を遊弋している騎士。或いは、その騎士たちに敵と認識されていない人、すなわちその同僚、という事だ。
確かに、そこまでわかれば簡単だ。
敵国であるはずのリングダッド王国バロー男爵領内に踏み込んで取り沙汰されない、騎士。それを探せばいい。
ソニアを見れば、良く分かる。
生まれは平民でも、高等教育と貴族の作法を身に着け、且つ異世界に由来する礼法や言葉を日常に使って違和感がない、女性。
所謂普通の女騎士のような武骨さは無く、また女冒険者のような粗野を身に纏わず、けれど男と対等に立てる女性。
貴族の女性を演じるにしては、エスコートする男性はおらず、
平民の女性を演じるにしては、立ち居振る舞いに隙が無い。
女騎士にしては、仲間がおらず、
女冒険者にしては、優美過ぎる。
そんな女性、そうそう何処にでもいる訳ではないだろう。
こんな特徴的な女性なら、意外に簡単に見つけられるかもしれない。
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方針もまとまり、〔倉庫〕を出て、馬を走らせる。初冬の山岳地帯は、既に雪が積もり始めているけど、この渓谷地帯の往来は、よっぽどのことがない限り停滞しないのだとか。
国境の関を抜けると色々面倒くさいから、まずスイザリア側の樹海から直接渓谷地帯に侵入し、進路を南に転じてバロー男爵領に入る。このルートなら、もしかしたら男爵領に入る前に目的の相手を捕捉出来るかもしれない。
そして、相手が有翼騎士だから。ソニアの相棒・ボレアスくんは、〔倉庫〕の中でお休み願う。さすがに、この地方駐留のグリフォン以外のグリフォンが飛来したら、警戒されてしまうだろうから。
この渓谷地帯。アマデオ殿下からもらった資料によると、現地では「ゲマインテイル渓谷」或いは「ゲマインテイル地方」と呼ばれているらしい。確か、「ゲマインシャフト」はドイツ語で「共同体」という意味になったはず。
地名が地球のドイツ語を由来としているのかは不明だが、「政治信条や防衛戦力、その他の利害関係に起因せず、ただ地縁のみを根拠とした共同体」と考えると、この地方の特異性がよく見える。
そしてその特異性ゆえ、文字通り『来る者は拒まず、去る者は追わず』の精神のようだ。
ゲマインテイル地方南部の、ある村落に出て。
あたしたちは、ただの一冒険者として普通に受け入れられた。
(2,723文字:2018/06/11初稿 2019/01/03投稿予約 2019/02/17 03:00掲載予定)
・ 「後進(特に先行者の成果を盗み出すようなタイプ)は、(中略)副産物として顕れた様々な成果が得られないというデメリットがある」というのは、異世界チートの欠点でもあります。四則演算を知らない人に電卓を与えたら、計算は出来るようになるけれどもその「計算の概念」が理解出来ないから、ペーパーテストでは高得点を狙えても、実社会の現場でそれを活用出来ない、という。




