第28話 待合室にて
第05節 王都スイザル〔1/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
ボクが風邪をひいて寝込んだ所為で予定より遅れたとはいえ、普通よりかなり早く王都スイザルに着くことが出来ました。
その日のうちに王城の衛兵さんに身分証明書代わりのブローチと短剣、そして用件を認めたモビレア公爵の紋章入りの書状を託し、翌日の登城を予約しました。
そして王都で有数の、上級な宿に入り。部屋を通じて〔倉庫〕の中で身支度を整えました。
翌朝。
宿の人に依頼し待たせていた馬車に乗り、王城へ。
勿論、登城したからといってすぐに謁見が叶う訳ではありません。剣を預けた後、所謂待合室に通され、そこで呼び出されるのを待つのです。
ボクらの場合。『対〝サタン〟戦争』は超国家問題ですし、モビレア公爵の紋章も預かっていますが、ボクら自身はただの冒険者。他の謁見を求める貴族はもとより商人に比べても下の身分。おそらく長時間待たされることになるでしょう。下級市民は食事もせずトイレにもいかず、ただただ呼ばれるのを待つという苦行を超えることが、国王陛下との謁見が許される試練なのかもしれません。
だけどボクらの場合。一定の間隔で〔倉庫〕を開き、中で休憩することが出来ます。というか、そうでもなければやっていられない、というか。
予想通り、ボクらより後に待合室に案内された、恰幅の良い商人や小狡そうな貴族たちは次々に呼ばれ、ボクらはなお待たされます。
見張りの衛兵も、既に二度交代しています。
けどボクらは。全員松村さんの礼法講座の延長の如く、姿勢を正して座に坐り、私語を慎み身動ぎもせず、けれど石像のように感情を隠すのでもなく自然な表情で。
動くのは、松村さんの右手だけ。その手が示すハンドサインで、〔倉庫〕を開き、それを合図に〔倉庫〕内で休憩するのです。
「これで、大体3時間か。さすがに待たせ過ぎだと思うけどな」
「そう言うな、柏木。お前が王様の立場だったとしたら、どう思う?
外国人で、奴隷。良く言って身分の無い平民の冒険者が、公爵家の紋章を持って会いに来るという。興味本位で呼び出したのは王様でも、周りは一定の警戒をせざるを得ないだろう。
それこそ、あたしらが東大陸に来た時に、プリムラさんにされたのと同じだ。
これは試験だと思えばいい。
隙を見せなければ、向こうが勝手に折れてくれる」
柏木くんの愚痴に、松村さん。ただ坐っているだけでも辛いけど、身分のない者が王族という最上位の身分の相手に、どんな隙をも見せられません。ちょっと油断したら、あっという間に〝レイリアさん〟になってしまいますから。
と。
「ま、連中の思惑は、それだけじゃないだろうけどな。
美奈、見張りの様子は?」
飯塚くんが、髙月さんに問いかけます。
実は専用の監視部屋があることを、最初に〔倉庫〕を開いた段階で髙月さんが報告してくれています。そこは、こちらからは目立たないけど、向こうからはこちらをちゃんと見えるように作られているようです。
「うん、さっきちょっと面白い人が、その監視部屋に来てたの」
「面白い人?」
「その人が足を踏み入れた途端、監視部屋の中の人が動揺してたから、かなり高位。もしかしたら、王族かも。今、粘着型の〔泡〕を付けて、その人の動向を追っているところ」
「そう、か。
それはともかく。
この待合室は、俺たちに退屈と苛立ちを強いる為のモノだと思う」
「どういうこと?」
「誰だって、退屈すればお喋りしたくなる。
苛立ってくれば、愚痴の一つも言いたくなる。
そして、それらの中には、表に出せない本音が出てくる。国や王族に対する不満とか、自尊心の高さとか、ね。
多分、それを待っているんだ」
成程。つまり。
「ある意味山妖精の価値観に似ていますね」
「そうだな。
ドワーフは怒らせることで本音を引き出す。
王族は放置することで本音を漏れさせる。
やっていることは、同じだな」
「でも、だとすると、ボクらが口を開かなければ、いつまで経っても呼ばれない、ってことになりませんか?」
「そうなる。だからこそ、我慢比べだな」
けど、その我慢比べは、〔倉庫〕というずるを使えるボクらにとっては限りなく有利。このまま何日間でも坐っていられますから。
◇◆◇ ◆◇◆
ボクらが登城したのは、時刻にして朝8時頃。
そして遂に呼ばれたのは、午後4時過ぎ。正味8時間ほど、何もせずにただじっと坐っていることを強いられた訳です。
けれど、ボクらはそんな待遇にもどこ吹く風。
実を言えば、つい数分前に〔倉庫〕を開いて中で食事と睡眠を済ませているので、眠気も醒め疲労も回復。ボクらを呼びに来ると思われる案内の人が、この待合室に向かって歩いていることを、髙月さんが報告してくれていますから。その人が到着するまで彫像芸と呼ばれる大道芸の一種の如く、静かに坐する業を続けていたのでした。
そして、案内の人について城の中を歩き始めて、すぐ。
「キミたちは、本当に人間、か?」
その案内の人が尋ねてきました。
「どういう事でしょうか?」
それに応えるのは、飯塚くん。
「あれほど長い時間、ほとんど身動ぎせず、言葉も発せず、そして今になってもそのことに不満の言葉を口にせず。
緊張しているのはわかる。けど、普通の人ならその緊張を、こんな長時間維持出来ない。だから疑問なんだ」
「そういう事ですか。それなら簡単です。
時間の長さではなく、想いの深さを配慮しろ、と、私たちの礼法の先生は事あるごとに申しておりました。
陛下や城の皆様方には、私たちを待たせる理由がある以上、ただ黙って待つのが礼に適うと判断致しました。
もしそのことで、殿下の警戒心を喚起してしまったのでしたら、申し訳なく思います」
そう。この案内の人は、スイザリア王国の王子様。お昼前に、監視室に姿を見せた〝高貴な人〟の正体です。またその時から、髙月さんの〔泡〕を付けているので、早々に接近がわかったという訳です。
「私の素性も知れている、という事か。
モビレア公の子飼いの冒険者、侮れないな。
スイザリア第二王子、アマデオ・スイザリア・スイザルだ」
第二王子、アマデオ殿下。
その名乗りを聞き、ボクらは整列して膝をつき頭を垂れます。
けれど、これは無礼を詫びる仕草ではありません。ただ単に、王族の名乗りを突っ立ったまま聞くのが無礼にあたる。それだけの理由です。
「よい。頭を上げよ。名乗らず其方らの前に姿を見せたのは私の方だ。騙し討ちのようなやり方を詫びるのは、私の方だろう」
「畏れながら、殿下。
殿下の名乗りを棒立ちのままで耳にするなど、私たちの礼法の師が聞けば激怒しましょう。私たちの不作法は、師の恥ですから」
「そうか。其方らの礼法を指南したのは、スカルパ男爵夫人と聞く。余程厳しく指導されたのだろうな」
書類上は、そうなっています。けど。
本当の礼法の師は、今ボクの真後ろで見事なカーテシーを披露しています。そしてその厳しさは、男爵夫人の比ではありません。
王子様の想像を絶する、それは経験だと思いますよ?
(2,990文字:2018/06/04初稿 2019/01/03投稿予約 2019/02/09 03:00掲載予定)
・ この日の六人は、外界で瞑想(笑)する傍ら、〔倉庫〕内で食事と休憩、鍛錬と礼法講義、等をして過ごしています。外界で3時間経過するうちに、彼らにとっては24時間経過しています。
なお、瞑想時間中に体を動かしたとか、姿勢が乱れたとかの場合、「自由時間」と「鍛錬の時間」を礼法「歩法」の補習授業に充てられます。〔倉庫〕内を「歩け歩け運動」(笑)。足の骨が疲労骨折したり、筋肉が疲労断裂したりしても、〔再生魔法〕で回復して補講継続。控えめに言って地獄かもwww
・ 〔亜空間倉庫〕開扉のハンドサイン:松村雫さんがソニアさんの手に触れる。
・ 就職活動に於ける採用面接は、待合室にいる時から始まっているのです。
・ 知らないところで、何故か株が上がるスカルパ男爵夫人(笑)。




