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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第一章:契約は慎重に結びましょう
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第14話 山での訓練

第03節 冒険の準備〔4/7〕

◇◆◇ 翔 ◆◇◆


 エラン先生監督の(もと)、俺たちは山に入ることになった。

 主目的は、そこで狩りをすることで、「武具で動物の命を絶つこと」を実行することだけど、同時に山歩きや野営のノウハウを学ぶことも含まれる。


 俺は中学時代、山歩きが好きだった。

 幻想(ファンタジー)世界に憧れ、冒険に憧れていた俺は、親戚の姉さん(叔母さん、と呼ぶと怒られた)に連れられて何度も山に入ってはキャンプをしたりした。実際、猟師さんの指導の下、パチンコ(スリングショット)を使ってウサギやカモを狩り、(さば)いたこともあった。姉さんが事故で死んでからは、何となく山から離れてしまったけど。

 とはいえ、今の俺たちは平成日本の優れたサバイバル道具・キャンプ用品を持っている訳ではない。テントひとつ()ってみても、この世界では「雨避けの布」でしかない(それも、完全な撥水(はっすい)加工ではないから水が染み出る危惧(おそれ)もある)。そうなると、俺たちにとっては今まで以上に劣悪な環境、という事になる。

 また、俺たちが使えるようになった〔亜空間倉庫〕も、エラン先生と一緒では使う訳にはいかない。エラン先生個人は信頼に足る人間だと思えるけれど、まだ結論を出すには早過ぎる。そしてエラン先生個人を信用出来ても、この国の騎士としての〝ブロウトン騎士爵〟を信頼して良いのかどうかもわからない。

 そして、エラン先生監督の下での訓練行、である以上、五人全員がエラン先生の監視を逃れる瞬間があるとは思えない。つまり、〔亜空間倉庫〕を使えるチャンスはない、という事だ。だとしたら。


◇◆◇ ◆◇◆


 出発前、俺たちはエラン先生から、刃物を二振りと(クロスボウ)、そしてその矢弾(クォレル)をそれぞれ10本渡された。

 刃物は、所謂(いわゆる)小剣(ショートソード)とナイフである。


 本来、「ショートソード」は騎兵の持つ「ロングソード」に対して歩兵の持つ剣を指して言う。けれど、今回渡されたのは。


「ショウ。キミが望んだ、接近戦時の武器だ。最後に頼る武器になるから、大事に使いなさい」


 とはいっても、戦いにのみ使う刃物ではない。木を削ったり、枝を払ったり。

 平成日本の登山道具の山刀(マシェット)としての使い方を求められた剣、という事になる。

 そして、もう一振りの刃物は。


「こっちは、倒した獲物を捌く為のモノだ。血脂が付くから、手入れを(おこた)らないように」


 これは、干し肉を()いで(あぶ)る時に串の代わりにもなる。つまり、二振りとも生活用の刃物という事だ。

 また、(クロスボウ)

 狩猟では、刃物よりこちらを使う。そもそも、ウサギにしろシカにしろ、獲物は刃物の届く距離に近付くまで待ってはくれない。当然逃げる。だから、獲物に気付かれる前に息の根を止める(最悪でも逃げ足を封じる)攻撃手段が必要になるのだ。

 平成日本でも、狩猟に槍を使うことはあるが、それは罠にかかって身動きが出来なくなった獲物の(とど)めを刺す為に使うに過ぎない。


◇◆◇ ◆◇◆


 まだ雪の残る山に入り、獲物を追う。

 足跡やフンを見つけ、獲物の生活圏を特定し、息を(ひそ)めて待ち、そして狩る。

 初日の猟果は、エラン先生がウサギを2羽。俺と松村さんがそれぞれ1羽ずつ見つけたけど、仕留め損なった。

 けれどその他、足場の悪い場所での疲労の少ない歩き方とか、視界の()かない森の中での索敵(周辺確認)のやり方、食べられる山菜や木の実、薬草等、更には(たきぎ)にし易い枝とそうでないものの見分け方などのサバイバル知識。冬場に於ける効率的な(だん)の取り方。

 俺にとっては既知の知識も含まれていたが、安全が約束された平成日本のサバイバルと、危険と隣り合わせのこの世界でのサバイバルでは、まるで意味が違う。

 例えば夜。平成日本で野営(ビバーク)する際に考慮することは、基本的に気候の問題だ。つまり、降雨や降雪、強風、そして冷気。野生の(けもの)に対する配慮は、むしろ「野生動物のテリトリーには基本近付かない」「野生動物を刺激しない」等という事になり、場合によっては動物除けの薬品を()くこともある。

 しかしこちらでは、野獣や魔獣、そして「人間」。つまり、生き物に対する警戒も必要になるのだ。

 平成日本で野営(ビバーク)中に誰かが来たら、それは同好の士だから一緒に(カップ)を酌み交わす、行きずりの友となる(俺は未成年だから、酒は飲めない。ということになっている)。しかし、こちらの世界では他人の野営地に足を踏み入れるのは、基本悪人だけである。ラノベで見られるような、美女が助けを求めて、なんていうのは現実では十中八九、美人局(ハニートラップ)(たぐい)である。

 だから、不寝番(ふしんばん)が必要になる。


◇◆◇ ◆◇◆


「そういえばショウ。長柄の武器を手に持って、でも内懐に入られた時の対処がどうの、って言っていたよな?」


 野営中、焚火を囲みながら、エラン先生がそんなことを言い出した。


「いざ、という時に武器を持ち替える(ヒマ)なんかない。だがそういう時、無手で組み打つやり方を覚えておくと、その状況になったときの手段が一手増える。

 私が冒険者になりたての頃、先輩冒険者に教えてもらったんだ。お前も、覚える余裕はないかもしれないが、それでも知っているだけで価値があると思うぞ」


 無手での組み打ち。空手や柔道、合気道のような武芸なのだろうか?


「取り敢えず、ショウ……は、見ていろ。

 そうだな、シズ。ちょっと相手をしてくれ」

「はい、わかりました」


 そして松村さんは、大刀を構え、エラン先生に向かって振り下ろした。


 その次の瞬間起こったことは。俺の想像を超えていた。

 エラン先生()、松村さんの足元に転がったのだ。


 松村さんの振り下ろす大刀に向かい、エラン先生は一気に距離を詰めた。

 そして、自身の(たい)を半回転させながら松村さんをその大刀ごと背負う形になった。

 が。

 松村さんは、大刀を放りながら先生を踏み越えるように位置と向きを変え、そのままの勢いで先生の脚を刈ったのだ。(たい)が前方に流れていた先生はそれをこらえることが出来ず、そのまま投げられてしまったという訳だ。


 それは、柔道で言う「内股」。あまりにも鮮やかに決まった為、先生も何が起こったのかわからないといった表情になっていた。


「先生が行おうとした(わざ)。それは、あたしたちの世界でいう柔道の一本背負いの(かた)です。

 (よろ)しければ、その(わざ)を先生に教えたという、先輩冒険者さんのことを聞かせてくださいませんか?」


 松村さんの言葉を、先生だけではなく俺たちもまた、呆然とした思いで聞き入っていたのであった。

(2,764文字:2017/12/06初稿 2018/03/01投稿予約 2018/04/27 03:00掲載予定)

・ 一本背負いは柔道にしかない技ではありません。相撲や合気道など、日本武道には標準の技です。

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