第23話 開拓事業
第04節 国王からの召喚状〔1/5〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
あたしたちのベルナンド出張の報告を領主城で行った後。
あたしたちは、モビレアとウィルマーを何度も往復することになった。
対カラン王国の戦闘の南部方面主戦場であるリュースデイル。ここを支える為に、関の更に南方に付け城たる砦を建設する。その、物資輸送の拠点として。
南東ベルナンド地方に取り残された、リュースデイルの民を避難させる為、猫獣人の集落址を経由した林道を整備する。その道の、スイザリア側の出口として。
それらの理由から、ウィルマーの立地がクローズアップされることになった。
勿論、ウィルマーは温泉街。それも、硫黄泉だ。なら、考えなしに物資をそこに貯蔵しようとしたら、鉄やその他の金属が硫黄（正しくは硫化水素）と反応して変質してしまう。また七百年前のウィルマー卿の興した町、という歴史的価値を考えると、その景観さえ下手に崩すことは躊躇われた。
その結果、ウィルマー南方に「ウィルマー新町」と呼ぶべき新たな町を建設することで、そういった諸問題を解決することにした。そしてそれは、同時に林道を通じて避難してくるリュースデイルの民が、ウィルマーの町中で貧民窟を成立させてしまうことを避ける意味もあった。
同時に、ハティス地方を探索する、冒険者たちの拠点として、このウィルマー新町に冒険者ギルドの支部が設置されることになった。
この新町の設計、そしてその為の資材の搬入は、基本的にあたしたち【縁辿】の仕事になった。けれど、あたしたちの〔亜空間倉庫〕の容量を考えると、その気になれば町一つ造る為の資材と砦一つ造る為の資材を、同時に一回で輸送が可能。すると今度は、町とする為の場所や林道の樹々の伐採や根（切り株）の掘り出しなどの作業にも（男子は）従事させられた。
男子がやることになった樹木の伐採。当然ながらチェーンソーなどはない。鉞や鋸で地道に伐ることになる。チェーンソーは、〔無属性魔法〕で再現することも出来そうだけど、事故（チェーンが切れたり駆動部の回転軸が壊れたり）が起きたときのことを考えると危険過ぎるという事で、開発は中断された。
鉈刀で枝を払い、鉞で切り口を入れ、二人曳きのノコギリである程度伐ったところで縄をかけて力任せに圧し折る。その際も四連滑車を使い、十六分の一まで荷重を軽減させたうえで〔無属性魔法〕で引っ張ることで、簡単に折れるようになった。
そして残った切り株は近接格闘兵器で掘り出し、そのまま〔亜空間倉庫〕へ。切り口を綺麗に磨けば、切り株といっても使い道は多い。
家具・インテリア製品としての使い方だけでなく、乾燥させて適当な大きさに切って薪や炭にすることも出来る。切り株（伐根材）は、処理が面倒であっても、処理をしてしまえばただの木材なのだから。
女子は、炊き出しや、洗濯などの衛生管理、と言えば聞こえは良いけれどおさんどんがその仕事。定宿にしている銀渓苑の、厨房の一角を借りてうちの男子をはじめとする作業員の為の炊き出しの料理を作ったり、温泉水ではなく真水の出る水場を借りて洗濯をしたり。こっちも結構忙しかった。
エリスも、ここでは基本的に外界で生活する。ちっちゃな手足で洗濯を手伝ってひっくり返って全身びしょ濡れになったり、おっきなお盆を持って配膳を手伝って周りをハラハラさせたり。既に新町開拓地区の、アイドルだ。
ルシアおねーさんも、弟子たちを引き連れてウィルマー新町にやって来た。そこで鍛冶工房と大型の風車（正しくは、「魔石動力の送風機」）を併設した製鉄炉（シュトゥック炉、と言うらしい）、そして炭焼き小屋（世間では炭焼きは野焼きで行っているらしく、炭焼き窯を使用しているのはドワーフの里と魔王国内だけ、なのだとか）を作り、立派な鍛冶村を完成させた。
ちなみに柏木の長柄棍杖や武田の槍、飯塚の弩のメンテナンスもルシアおねーさんがやってくれた。柏木は、長柄棍杖にドリルを付けるみたいなことを考えていたようだが、結局それは廃案になったようだ。その一方で、これまで最大4枚（最大6kg）の錘しか付けられなかったが、ルシアおねーさんの改修で8枚（合計10kg）全て付けられるようになった。
あたしの薙刀『鵺』と飯塚の二叉長槍『ロンギヌス』は、ともにメンテナンスフリー。下手に砥石を当てると、むしろ切れ味が悪化したり破損の原因になったりするのだとか。
それ以外の、生活刃物としてのグルカナイフも補修してもらった。また伐採に使う四連滑車やノコギリ、木材加工用の鏨や鉋なども。
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リュースデイルの関を攻めていたアルバニー伯爵領軍は、一部を残して撤退。残った兵たちは新たに建造された砦に籠り、長期戦の構え。また領軍に同行していた冒険者たちは、ウィルマー新町に作られた冒険者ギルドの支部に籍を移し、ハティス地方探索の依頼に就くこととなった。
そして、国際情勢も動いた。
まず、マキア王国の再独立が承認された。マキアは、スイザリアに対し三年間の不可侵を勝ち取る対価として、マキア港の一部をスイザリアが租借すること、並びに南西ベルナンド地方がスイザリア領のままとすること、等の確認を行った。
次いで、海路を通じてスイザリアとローズヴェルトの両軍が、ほぼ同時にブルックリン地方に上陸。あわや戦闘、という段階で、同地方の治安回復を最優先する旨協定が結ばれた。両国から派遣された代官が、当面の間共同統治を行う。税収は共通の金庫に一旦納められ、それから治安維持に要する経費を差し引かれた残りを両国で均等に分配する。勿論このやり方は不正の温床になりかねないが、何もしないよりはましという事でこの仕儀となった。
関係諸国の連絡の為に飛び交うのは、ドレイク王国の有翼騎士たち。敵国であるはずのマキアやスイザリアの上空を有翼獅子が飛行することは、既に日常になってしまっている。マキアは、ドレイク王国の支援で独立がなったにもかかわらずドレイク王国と距離を置くことを望み、またその支援に対して何ら対価の支払いも行っていない。にもかかわらず、この『対〝サタン〟包囲網』絡みで有翼騎士による高速通信の恩恵を一方的に享受している。さすがにそろそろ何らかの形で報いなければ、国際社会から孤立するであろう可能性が、まことしやかに語られ始めた。
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あたしたちが齎した情報。それを基に、複数の国家が動き始めた。この先の動きには、あたしたちは無関係ではいられない。どころか、その中心になる。
だから。「開拓村の一住人」でいられるこの時期を、あたしたちは穏やかに過ごしているのだ。
（2,967文字：2018/05/17初稿 2018/11/30投稿予約 2019/01/30 03:00掲載予定）
・ 樹を伐り倒す時。ロープは二本掛けます。二本のロープを斜めに引っ張り、その先にある樹に滑車を掛けてロープを樹の反対側（伐っている人間の後ろ）に持ってきます。そうすることで、「木を伐り倒す方向」と「ロープを引っ張る方向」が反対になり、且つ「伐っている人間」の頭上に樹が倒れてくることを避けることも出来ます。
・ 柏木宏くんの長柄棍杖（ダンベル改造）。そのキャップは従来ネジ型でした（ので、使用時の振動で緩む為、使う度に締め直す必要があった）が、ルシアおねーさんの改修でクイック・ディスコネクター型になりました。QD端子はカップリング式なので、振動と圧力には強いのです。そして、錘の表面は従来「落としても床が傷付かないように」柔らかくなっていますが、その分鋭角の衝撃にはあまり強いとは言えませんでした。実際、既に表面の劣化や目に見える傷が多数発見され、もう少し使い続けていたら表面の硬化ゴムが破れて内部の砂錘が零れてしまうところだったようです。が、ルシアおねーさんの改修で表面に金属のタブレットを付け、被覆しています。ちなみにそのタブレットの接着には「S式ジェル」が使われ、これがゴムの補修材としても機能しています。なおその結果、それぞれの錘はおおよそ二割程度重量が増しています。
・ ドリルが廃案になったのは、軸と軸受けの問題。軸の形状が真円ではない所為で、余計な場所に負荷がかかるうえ、軸受の技術が未熟過ぎて、摩擦を消し切れず、破損する恐れが大きかったから。
・ 取り扱いに際する注意事項：純ヒヒイロカネ鋼の刃物は、砥石を当てないでください。特にステンレス包丁用の簡易砥ぎ器を使用なさいますと、シャープナーが壊れてお客様が思わぬ怪我をする恐れがあります。
切れ味が悪くなったかな？ と思ったら、台所用の液体研磨剤を使い、スポンジ等で磨きますと、鋭い切れ味が甦ります。
ヒヒイロカネ合金製の刃物の場合、恐れ入りますがメーカーにお問い合わせください。
