第19話 〝縁〟の繋がり
第03節 帰国〔4/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
飯塚の新たな主兵装、二叉長槍『ロンギヌス』。見るからに、『神聖鉄』の輝きを帯びている。
「これ、ヒヒイロカネ製ですよね。こんな高価なもの、良いんですか?」
「ドレイク王国では、ヒヒイロカネは単なる特殊金属。ただの素材に過ぎないわ。
勿論、産出量は多いとはいえないから、原価としては高くつくけどね?
実際、結構紛糾したのよ?
純ヒヒイロカネ鋼だと粘りが小さいから、脂ののった生き物を切るのにはあまり向かないし、
ヒヒイロカネ合金だと硬度に不足があるから、神聖金属や魔剣と打ち合ったら刃が負ける可能性があるし。
『折れず、曲がらず、よく斬れる』っていうのは、あくまでその目的に応じた使い方をして初めて言える言葉だから、イイヅカ=カケルくんの場合、使用用途が多岐に亘り過ぎて特化し切れなかったのよ。
でもまぁ、人斬りの趣味はないみたいだし、大型武器でウサギを追いかける趣味もなさそうだから、それを振るう時の相手は大鬼や魔猪、そういった大型魔物と考えるなら、こっちの方が良いだろう、って」
紛糾した理由は、「敵にヒヒイロカネの槍を与える」という事じゃなく、「どんな武器が飯塚に適するか」という事だと? 何処まで呑気なんだ、ドレイク王国は?
「この槍が、陛下の首級を狙うかもしれないと、考えなかったんですか?」
「キミは、カシワギ=ヒロシくんね? シロー・ウィルマーの手記にもキミの名前が何度も出て来ていた。自分に関わった所為で大人たちの醜い面ばかりを見せられて、可哀想な少年時代を過ごしていたって。
でも、今のキミの眼差しは真直ぐだね。良かったわ。
それはそうと、キミの質問の答えになるけど。
もう、そんな段階じゃないことを、キミたち自身が理解しているでしょう?」
……卑怯だぜ、この王妃様。こっちの弱点を、的確に攻めてきやがる。
思わず口の端が歪み、涙が零れそうになるけれど、ぐっとこらえる。おそらく史郎兄さんの望んだ〝大人になったオレ〟は、こんなことくらいでは動揺しない人間だろうから。
「そんなステージじゃないってのは?」
「それこそ、イイヅカ=カケルくんが打った手よ。
キミたちがその方針で来るのなら、誰よりキミたち自身が『大義名分』を必要とする。
うちの陛下に剣を突きつけるのなら、誰もが納得する『正義』を、誰に対するよりも味方に、群衆に示さなければいけない。そうしなければ、キミたちはただの暗殺者に堕することになるから」
確かに、その通りだ。〝魔王〟を殺して、それで終わるという段階は、とうの昔に過ぎ去った。〔契約〕に記された〝魔王〟を〝ドレイク王〟から切り離し、それはすなわち「悪しき魔物の王たる〝サタン〟」だと再定義して認めさせる。その方針で行くのなら。
オレたちの行動が間違っていないと、民衆に支持される必要がある。
その支持がないままにドレイク王に剣を突きつけても、それは単なる政争或いは国際紛争にしかならない。逆に、〔契約〕に反する行いになってしまう!
だから、オレたちがドレイク王と戦うことがあるのなら、決戦の舞台に立つときには、既に外交上の勝利を得ている必要がある。俺たちの『正義』を多くの国家・民衆に認めさせ、その後押しの上で立たなきゃならないんだ。
勿論、その時に剣を突きつける相手がドレイク王とは限らないけど。
「だから。うちの陛下にとって、キミたちは敵じゃない。ただの競争相手。
どっちが勝っても目的は達成されるけど、競い合うことでより高みに達する事が出来る、そんな相手」
つまり。〝魔王〟はオレたちのことを、同じ土俵で競い合う相手と認めているという事だ。なら、暗殺みたいな小物のとる行動は、すべきじゃないししてはいけない。
特にオレの場合は。それがそのまま史郎兄さんの名声を傷付けることにもなりかねないし。
◇◆◇ ◆◇◆
「ところで、あたしからも質問。
そっちの貴女、マツムラ=シズクさんって言ったわね? 貴女のことも、少し教えて?」
と、何故かシンディ妃殿下は、松村に目線を移した。
「あたし、ですか?」
「そう。」
「理由を聞いても?」
「うん。貴女だけ、うちの陛下との〝縁〟が見えないの。
ついこの間まではそっちのカシワギ=ヒロシくんもわからなかったけど、銀渓苑との縁で、手記に記された〝ヒロ坊〟だってわかったけどね」
史郎兄さんが、こっちの世界に来た時。オレはまだ小学生だったけど。
大人にとって、子供はいつまでも子供なんだな。
「あたしも、その〝縁〟を知りたいです。けど、何がその手掛かりになるか。
と言うか、飯塚や武田の〝縁〟は、もうご存知なんですか?」
「ええ。でも、教えてあげない。それを辿ることが、貴女たちの旅の目的のひとつだから。
貴女の事を知りたいというのは、だからあたしたちの、単なる好奇心」
「そうですか。でもあたしの場合、思い当たるフシはありません」
「ちなみに、ご実家は何をなさっているの?」
「うちは代々、造り酒屋を営んでいます」
「……お酒、かぁ。じゃぁ〝ルイ〟という名に心当たりは?」
「! あたしの、行方不明になった姉の名が、〝松村泪〟と言います」
「成程ね。それで『泪の雫』なのね?」
ティアードロップ。聞き覚えのある名称だ。
確か、松村が愛飲するお酒の銘柄、だったはず。そういう事か。
「『泪の雫』を作っている蒸留所のある町、ブッシュミルズは、我が国の地方領よ。時間があったら寄るといいわ。
但し、その時に樽買いは止めなさい。必ずビンで買うこと。
うちの陛下も、あのお酒が好きだから樽で買っていたんだけど、その所為でラベルを見ることがなくってね。なかなか気付かなかったから」
「あ、有り難うございます。必ず寄らせていただきます」
「うん、そうしなさい」
でも、一方的に負けるのは、面白くない。ちょっとは反撃してみよう。
「ところで、シンディ妃殿下。お妃さまの中に、リリスさまとおっしゃる方がいらっしゃいますよね?」
「りりすサマ、って言われると違和感があるけど、確かに陛下はそう名乗っているニートを一匹飼っているわよ?」
「いっぴき、飼って、って……。いやもとい、リリスさまのお嬢様が、いま行方不明になっているのではありませんか?」
「え、リリスに子供なんて……、って、まさか!?」
「はい。今オレたちと同行しています」
「どこに?」
「今は、オレたちの〔収納魔法〕の中でお昼寝中ですが」
「あ~っ、大体わかった。一応その出現は、予想されていたことだし」
出現を、予想される?
「? どういう意味ですか?」
「その子は、まだ生まれて間もないの。もしかしたら、キミたちと出会った瞬間こそが誕生の瞬間だったのかも」
え?
「ちなみに、その子の名前は?」
「エリスです」
「そう、エリス。じゃぁエリスのことは任せるわ。エリスがキミたちから何を学び、どんな子になるか。それも、キミたちのひとつの足跡になるから。
エリスがどんな子に育つか。それもまた楽しみだね?」
何故か流れで、王女殿下の教育係に任命されてしまった。けどまぁ、頼まれなくてもそのつもりだし。
(2,989文字:2018/05/13初稿 2018/11/30投稿予約 2019/01/22 03:00掲載予定)
・ わざわざ注釈するまでもありませんが、シンディ妃殿下が今ドワーフの里にいる、という事は、魔王国本国とを繋ぐ迷宮ルートが、この集落内にも存在しているという事です。
・ 「大型武器でウサギを追いかける趣味もなさそう」というのは、魔王国の第二王妃様が昔、騎士を辞めて冒険者になった際に行ったこと(n7789da/214/)の皮肉です。
・ 魔王国が柏木宏くんたちを監視する為に付けた人手は、ソニアさんだけではありません。が、リュースデイルの町以降は引き離されて追跡不可能になってしまっています(ベルナンド市で有翼騎士団が再捕捉しています)。が、少なくとも銀渓苑での一幕は確認され本国に報告されています。
・ シンディ「あ~っ、大体わかった。一応その出現は、予想されていたことだし」
柏木宏「予想、されていたんですか?」
シンディ「うん、前作の感想欄でね」
なお、前作第七章第30話(第308部分)の後書でも言及されていた模様?




