第17話 ベルナンド市を離れて
第03節 帰国〔2/7〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
この世界に来てから、第418日目。
レイリアたちの処刑とギルド幹部職員の〔奴隷契約〕を見届けた後。
美奈たちは、モビレアへの帰路に就くことになったの。
想定外に長逗留することとなったベルナンド市だけど、正直後味はあまりよくない。というか、後味どころか最初から、と言うべきかもしれないけれど。
領主様や領主城の皆様は、それなりに良くしてくれたけど、それでもやっぱり美奈たちがこの都市に来たことで、機関が一つ閉鎖されて罪なき多くの職員さんたちが路頭に迷ってしまったんです。美奈たちの責任じゃない、と言っても、居心地が悪いことには変わりないんだよ。
これまでも、人の死を見届けることはあったけど。返り討ちにされた盗賊や犯罪者、戦死した兵士や虐殺された村人、魔物に食い荒らされた冒険者の死体や餓死した貧民窟の遺体。
けど、「公開処刑」にはまた、別の重さを見せつけられたの。怪我や骨折の治療をすることも許されず、傷口が化膿していたり変な方向に曲がったまま骨が癒着しかかっていたりした冒険者さんやレイリアたちを、顔を隠した役人が引き摺って絞首台の上に載せ、首に縄をかけ、そして。
ギルマスを除く8人は、絞首台に引き摺り上げられる前から、目が死んでた。というか、もう正気じゃなかったというか、心が死んでいた。おそらく化膿した怪我が齎す激痛と、絶望で。そこに後悔があったのかどうかは、よくわからないけれど。
取り調べを受けていた約一ヶ月の間。冒険者たちは同じ房に放り込まれていたレイリアをかわるがわる強姦していた、という報告もあった。多分、彼らは「レイリアの所為で」と責任転嫁をしていたんだと思う。そしてその間も、レイリアは特に抵抗する素振りも見せなかったと牢番の人が報告している。
ギルマスは、刑が執行される瞬間まで、その瞳に意思を宿していた。けど、何一つ言葉を発することもなく。美奈たちと(というか多分、ショウくんと)目が合った瞬間もあったけど、終に表情を動かすことも無かった。ギルマスがあの時、何を考えどう思っていたのかは、結局想像することも出来ない。
刑が執行されて、それで全て終わり、とはならない。冒険者ギルドが閉鎖されたことで、ギルドに所属する冒険者たちの収入は途絶えたの。定職がなく、けれど武力がある彼らが略奪行為に走ることは容易に想像がつく。対する一般市民にとっては、彼らは「領主様に剣を向けた(と、発表されている)ギルドに所属するならず者」でしかなく、だから同情的な目で見られることもなく。都市の治安は、一気に悪化することになった。
今回罪に問われなかったギルド職員たちの手でギルドを運営する。という考えもあるのでしょうけれど、幹部職員・ベテラン職員が一斉逮捕された状態で、残った人たちだけで運営出来るほど組織とは単純なものじゃない。それを厭って職を辞して田舎に帰った職員も少なくなく、それどころかギルドに残った職員が10人に満たない、という状況になってしまっていたの。その為、近隣の町の冒険者ギルドから人員を融通してもらったとしても、なお人手不足は解消出来ないということだった。
そして、何だかんだ言っても「冒険者ギルド」は、都市に必要だから存在している。それが閉鎖したことで、困ったことになった業者も少なくない。そういった不満も、町中で八つ当たり気味に暴れている冒険者たちに向けられて。
でも。
それでもここから先は、ベルナンドシティに暮らす人たちと、領主様たちの領分。
美奈たちが見届けるモノも、手助け出来ることも、もう何もない。
だから、美奈たちは都市を離れた。この世界での、美奈たちの〝故郷〟と呼ぶべき町を目指して。
◇◆◇ ◆◇◆
当然、最初に向かうのは山妖精の集落。
ショウくんが預かっている長巻『大蛇』を返却し、代わりに杖剣を受け取らなきゃいけないから。
結局ショウくんは、『大蛇』を実戦で使うことはなかった。その刀身を曝したのは、ソニアの同僚の騎士さんに身分証明として見せたときだけ。
でも多分、これはそんなに悪いことじゃないはずだ。武器なんて、使わずに済めばその方がいいんだから。
◇◆◇ ◆◇◆
「おぅ、ア=エト達じゃないか。活躍だったみたいだな」
集落に入ってすぐ。ラップさんが美奈たちを見つけて、声をかけてきた。
「ラップさん。ご無沙汰しています。けど、ここにまで噂が流れてきているんですか?」
場を移して、ラップさんの家で。
「まぁな。そこの飯炊き娘の同僚が、何度かここに来て、ア=エトについて嗅ぎまわっていたからな。そのついでに色々聞かせてもらった。冒険者ギルドによるクーデターと、対〝サタン〟包囲網、か。いきなりでかい話になったものだな」
ソニアの同僚の騎士さん、テレッサさん。わざわざこの集落まで飛んできて、ショウくんの言葉の裏を取っていたようです。
「別に俺は活躍してませんよ。クーデター騒ぎはギルドの受付嬢の暴走を、ギルドが止められなかったというだけですし、包囲網に関しても冒険者ギルドが機能停止してしまったから、かなり打ち手を変えなきゃならなくなったし」
「だがその結果、旧ハティス市を中心としたカラン王国北部の戦闘は停止し、無意味な戦死者の発生を食い止めることは出来た。それがア=エトの、本来の目的だったのだろう? それを果たせたんだ、胸を張れ!」
「はい、確かにその通りでした。色々あったけど、当初の目的は果たせました。
それもこれも、ラップさんが『大蛇』を預けてくれたおかげです」
「……なんで、そこで『大蛇』が出てくる?」
「『大蛇』を実戦で振るう機会はありませんでしたが、これを持っていることでひとつの身分証明になりました。無かったら、もう少し面倒なことになっていたかもしれません」
「だとしたら、それもまた巡り合わせだろう。否、〝縁の導き〟、とお前らに対しては言うべきか?」
……あれ? 〝縁〟? 言葉としては、別に変じゃないけれど。
それをショウくんに向けて使う時。ラップさんは、何か含みを持たせてた?
そして、美奈たちにとって、〝縁〟という言葉には、この世界に於いて別の意味もあるって考えると。
「そう言えば、ア=エト。お前の剣だがな」
「はい。」
「俺が鍛え直そうと思っていたら、是非自分にやらせろ、という奴が出てきてな。
そいつに委ねることにした」
「そうですか。けどラップさんが任せていいと判断した鍛冶師なら、頼りになると思います」
「まぁそうだな。神聖金属の加工・鍛造に関しては、俺なんかじゃ足元にも及ばない知識と技術の持ち主だ。
ま、俺の姪なんだがな。
シンディ、こいつがア=エトだ。挨拶してやってくれ」
(2,870文字:2018/05/12初稿 2018/11/30投稿予約 2019/01/18 03:00掲載予定)
・ この世界では、〝人権〟など形だけ。ましてや死刑囚に対して、〝それ〟の配慮を行うことなどありえません。刑の執行まで生きていればいいのですから。
・ ベルナンドシティ籍の冒険者が、近隣の冒険者ギルドに転籍を申し出る例も少なくありませんでした。が、「紋章事件」の影響から、元ベルナンドシティのギルドに在籍していた冒険者たちは、1ランク乃至は2ランク降格することを求められました(紹介状無しの移籍だから、という理由もある)。




