第16話 事後処理
第03節 帰国〔1/7〕
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結局オレたちは、一ヶ月近くベルナンドシティに滞在することになった。
それは、後に「紋章事件」と呼ばれることになる、冒険者ギルドによるクーデター騒ぎの後始末を見届ける為、というのが主な理由だった。
貴族の紋章に剣を向ける。これは、この世界では貴族に対する最悪に近い侮蔑行為。それを平民の立場で、しかも組織の権勢を盾に行ってしまったのだから、もう救いようがない。
とはいえ。いくら「法より身分が優先される」と言っても、これ程の規模の事件になってしまうと、ある程度の捜査が必要になる。
ギルマスとレイリア、それに実際に剣を振るった冒険者旅団の計9名は極刑を免れないものの、それと同等の責任を負うべきギルド職員・冒険者は本当にいなかったのか。そこまで罪を問わずとも、ギルマスを補佐する幹部職員のように、一定の責任を追及すべき職員・冒険者はどれだけいるか。或いは全く責任の無い職員・冒険者が、間違って連座されることがないように確認して保護されているか。
こういったことから、ベルナンドシティのギルド職員並びに在籍冒険者全員が取り調べを受けることになり。
冒険者は、取り調べが終わるまで全員都市を離れることが許されず、また毎日の居場所を領主に報告する義務が課せられた。そしてギルドが機能停止していることから収入が途絶え、貯金も尽きてしまった冒険者たちも少なくなかった。
オレたちは、事件の直接当事者であることから、その顛末を見届ける義務が課せられ、ときには取り調べに立ち会うことも求められた。
同時に、そもそもの『対〝サタン〟包囲網』に関し、ベルナンドシティの冒険者ギルドは重要な役目が課せられる予定だった。にもかかわらず、作戦が開始される前にギルドが機能停止。ある程度はローズヴェルト王国の他の冒険者ギルドから応援を回してもらうことで賄えるだろうが、それでも足りない部分はスイザリア王国の冒険者ギルドが担当することになる。それはすなわち。カラン王国崩壊後の南東ベルナンド地方の治政権はスイザリアが優先されるという事になり、ローズヴェルトとしては歓迎出来ない事態になってしまうという事だ。
そういった事態の調整に関して、思いの外頼りにされたのが、武田の事務処理能力だった。武田は、大量の書類と資料に囲まれ、オレから見たら何してんだかわからないくらい色々なことを、領主城の家宰さんと一緒に熟していた。
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オレたちも。身分社会であるこの世界で、いつレイリアと同じ立場に立たされるかわからない。だから、その立場で今回の事件を見直すことも行った。
「受付嬢としてのレイリアさんは、実は間違った対応をしていた訳じゃないんですよね」と、武田。
「銀札に満たない冒険者が直接ギルマスに面会を要請した時に、それを断るのも。平民でしかない自分には紋章の鑑定など出来ないから、それを前提に立場を主張されても断るしかない、というのも」
「そうだな。普通の冒険者では、それはあり得ない。けど、銀札以上の冒険者は、それがあり得る。だからこそ、銅札以下の冒険者と銀札以上は区別されるんだから。そして、レイリアにとっての不幸は、俺たちが外国籍の銀札だった、という事だ。
レイリアは、ベルナンドギルドの内規を適用させて俺たちを鉄札とした。ここまでは良い。けど、『鉄札は貴族の紋章を託されることなどありえない』。そう判断したのは、間違いだ。何故なら、俺たちが鉄札なのは、あくまでここの内規に従った結果でしかなく、シティの外では銀札である以上はそれがあり得るのだから」
「そうね。だからあたしたちを、ギルドの内規で鉄札と看做したのだとしても、あたしたちが銀札としての依頼を請けている可能性を、考慮しなければいけなかったのよ」
「ちなみに、髙月がレイリアの立場なら、どうしていた?」
「美奈だったら? うん、すぐその場でショウくんに投げていた、かな?」
……ったく、髙月らしい。けど。
「でも実際、それが正解だと思います。
レイリアさんは、明らかに自分の裁量で判断出来ない、自分では抱えきれない案件に対して、自分勝手な判断をしてしまいました。それが、結果として問題を大きくしていったんです。レイリアさんが自分で抱え込まず、銀札以上の冒険者を多く担当していた別の受付嬢に相談するとか、ギルマスでなくとも他の幹部級の職員に相談するとか、とにかく自分以外の人の意見を聞いていれば、ここまで最悪なことにはならなかったでしょう。
今回、ボクらが初めて領主城に来た時。ボクらはどういう手続きを踏みましたか?
まず衛兵さんに用件を告げ、次いでモビレア公爵の紋章入りのブローチを渡し、紋章官様の鑑定を待ちました。つまり、身分を確認出来る立場の人にそれを最初に行ってもらったんです。
レイリアさんも、同じ手続きを踏まなければならなかったんです。この場合、レイリアさんは衛兵さんの立場です。けど、ギルド内に紋章官様はいません。そしてギルマスであっても、外国の貴族の紋章を知っているかはわかりません。
ならレイリアさんは、時間を稼ぐ必要がありました。具体的には、ボクらを別室に連れて行き、待たせている間に上長にボクらの用件を告げる。そうすることで、レイリアさんは自身の責任を免れるのです。
仮に、その相談を受けた上長が、今回のレイリアさんと同じ対応をしたのだとしても、そういう手続きを踏んでいれば、レイリアさんが絞首台に登る必要はありませんでした。
そしてそういった手続きを踏んだ後、その上長は、この話をギルマスのところに上程するか、或いは独自に領主城に走り、事情を話して紋章官様の足労を願うか。後者を選んだ場合、領主城には先に話が伝わってしまいますけど、逆に正規の手続きを踏んだことで、ギルドの立場は保たれるんです。
或いは、ボクらが領主城に来た後。
レイリアさんは、何もすべきではありませんでした。自分の責任を自覚しているのであればなおのこと、自宅乃至は自分の日常業務の中で事実上の謹慎をし、ギルマスから下される懲戒を黙って受け入れるべきでした。そうすれば、最悪の事態に陥った後でも、レイリアさん自身は既に処罰済みという事でそれ以上の追求はなかったでしょう。
レイリアさんは、初手で対応を間違いました。そして、その後打つ手打つ手、全て悪手であった為、事態は最悪なところまで転がってしまったんです。
これは、ギルマスの責任でもあります。あの日、ギルマスとレイリアさんが領主城に謝罪に訪れた時。レイリアさんを同行させるべきではありませんでした。ギルマスは、レイリアさんに謹慎を申し付けなければならなかったんです。一番遅くても、あの直後には。
だけど、そうしなかった。それは、ギルマスもまた、ボクらのことを『鉄札冒険者』と看ていたという事です。
だから、あの二人が処刑されるのは。当然の結果でもあるんです」
(2,978文字:2018/05/10初稿 2018/11/30投稿予約 2019/01/16 03:00掲載掲載 2019/01/16誤字報告機能による脱字修正)
・ 冒険者ギルドの幹部職員たちは、「ギルマスらとともに絞首刑に処されるか、犯罪奴隷として強制労働を課されるか、好きな方を選べ」と言われて、〔奴隷契約〕を受け入れることを選択しました。
・ 冒険者ギルドで、柏木宏くんたちはまず、モビレアのギルマスからの紹介状を渡し、「外国籍の銀札」であることを告げました。これが領主城に来た時の、紋章入りのブローチを衛兵さんに渡したことと同じ意味を持ちます。その意味を、内規を理由に勝手に過小評価したのが、レイリアの最初の失敗。
・ 冒険者の中には、都市を離れる自由を認められないことや、居所報告の義務に嫌忌して、役人に逆らった挙句処断された連中も(少なくない数)存在していました。
・ 依頼を終えて帰ってきたら。冒険者ギルドが閉鎖されていて報酬を受け取れず、武具等の補修も出来ずに資金が尽きた不幸な冒険者も少なくなかったとか。
・ 今話では、「どうすればレイリアが絞首台に上らずに済んだか?」というテーマでディスカッションしていますが、「レイリア一人に責任を押し付けてギルドの責任を留保する」という選択肢もありました。つまり、ギルドはそのどちらにも失敗したということ。
・ 今回のミーティングは、〔倉庫〕内では行っていません。食事時、領主城の使用人たちが聞いている場所で行いました。実は家宰もそれに聞き耳を立てていました(髙月美奈さんはそれに気付いていたけど、敢えて報告していない)。




