第14話 冒険者ギルドの暴走
第02節 紋章〔8/9〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
ベルナンド伯との会談があった翌日、第392日目。
あたしたちは、ベルナンド伯の紋章が捺され、封蝋がされた書状を預かり、ベルナンドシティを発った。
南西ベルナンド地方の治政権の確立については、ローズヴェルト王国政府・ベルナンド領政府と軍が担当する。こちらでは『敵国』であるスイザリア又はマキアとの軍事衝突が予想されるが、それはあくまで人類国家間のこと。その結果と、カラン王国に対する補給路の破壊は無関係に実行されることになるだろう。
騎士団は、ハティスに籠る小鬼どもに対する牽制。戦闘は必要ないが、完全に空白にすることも出来ないので、ゴブリンどもを足止めする意味もあって敢えて陣を布く。
南東ベルナンド地方に於ける、迷宮の発見・探索。これは、冒険者たちの仕事になる。既知の三つのダンジョンはベルナンドシティの冒険者ギルドの管轄になり、地図作成を行う。
同地方南部の、未発見ダンジョンの探索は、スイザリアの冒険者ギルドが合同で行うことになる。少数の冒険者たちならば、ウィルマーの町から林道を通るルートでカラン王国に侵入する事が出来るし、その道が確立すれば、リュースデイルの住民が避難することも出来るだろう。
またその為に、リュースデイルの関のゴブリンたちの足止めを兼ねて、一定の戦力を関に付ける必要があるが、これは今まで通りアルバニー伯爵領軍に委ねることとなる。場合によってはリュースデイルの更に南方に、付け城と成す為の砦を建設する必要もあるかもしれない。
何にしても、対魔物王国戦争、延いては対〝サタン〟戦争は、長期戦にならざるを得ない。なら、局地戦の勝利を求めても、おそらく意味はあるまい。
◇◆◇ ◆◇◆
市門の通関に於けるトラブルは、伯爵家の家宰に話してある。横領された手持ち金貨の話もしたけれど、その補填は求めなかった。あたしたちは領主城に、カネを強請りに来た訳ではないのだから。
けれど、伯爵は都市の外まで、伯爵家の馬車を出してくれた。当然、市門ではノーチェックだ。
そして都市を離れてから馬車を降り、あたしたちは馭者さんにお礼を言って、街道を南に向けて歩き始めた。
けれど、それほど時間を置かずに。
「〝1〟、〝0〟。
人間、だね。7人。南方から半包囲しようとしている。よく連携されているから、同一旅団の冒険者さんかな?
その更に向こうに、一人。レイリアさん」
と、美奈が報告してきた。
「何で、レイリアさんだってわかるんだ?」
「念の為、粘着性の〔泡〕を付けておいたから。もう処分されたからなのか、それとも処分されることが確実だから暴走しているのか。どっちでも同じことだけどね?」
おそらく、レイリアさんのこれまでの経験では、勤務中に何か失敗をしてしまったとしても、謝罪と始末書を書くことでそれは済んでいたのだろう。仕事中に接触する相手など、同僚と上司、業者と冒険者しかいなかったろうから。
けれど、いきなりギルドマスターにまで責任が及び、しかも弁明も謝罪も許されない(それも、レイリアさんにとっては『鉄札冒険者風情』でしかない相手に)、などという事になり、正常な判断が出来なくなって逆恨みしてきた、ってことか。
でも、それこそ立場を理解しているんだろうか? 伯爵家の紋章入りの書状を持った使者を、ベルナンドシティに籍を置く平民が襲撃する。その時点で立派に叛逆罪だし、場合によっては冒険者ギルドが領主に対して叛乱を目論んだ、という事になるってことを。
「冒険者たちは、レイリアさ――、〝レイリアの為に〟俺たちに戦いを挑むのか、〝レイリアに依頼されて〟俺たちに戦いを挑むのかで、結果は変わるな」
「どういう事だ、飯塚?」
「例えばレイリアの酒場での愚痴を聞いて、義侠心から俺たちを懲らしめてやろう、みたいに考えているのなら、この〝クーデター〟はレイリアと冒険者たちの小規模な行動、という事になる。
一方でレイリアが、〝ギルドの職員として〟冒険者たちに依頼したというのなら、〝クーデター〟の主体は冒険者ギルドそれ自体であり、冒険者たちは事情を知らない、利用された哀れな第三者、という可能性も残る。否、実際はどうか知らないよ? 本当にギルマスが計画したことなのかもしれないし、レイリアが勝手に暴走しただけかもしれない。けれど、その行動はギルド単位で責任を追及される」
どんな理由であれ、レイリアさん、否、レイリアの未来は完全に閉じた。その道連れが、この冒険者たちだけで済むか、それともギルド全体を巻き込むか、の違いという訳ね。
「だとしたら、オレたちがあの冒険者たちを殺してしまっても、はっきり言って問題はない、という事だな?」
「ああ。どっちに転んでも正当防衛は通用する。まぁ法施行地外で正当防衛も過剰防衛もないけれどね。ただ積極的に殺す必要はあるまい。
出来れば、彼らの口上を聞こう。
柏木の棍杖ヘッドは1kg。取り回しの迅さ優先。
武田は微塵は直接戦闘では使わない。というか、使い時を考えて。戦闘投網中心で。〔火弾〕を付与しない投擲紐は可。
松村さんは、峰打ちで。っていうか、手加減は得意だろ?
ソニアは、棒術の業で大丈夫だと思うけど、念の為小振りの刃を持つ穂先を付けておいた方が良いかも。
美奈は、〔泡〕。飛び道具に対する牽制だけじゃなく、相手にとって接触を実感出来る程度の強度だとちょうど好い。ただ、俺は弩を使うつもりだから、その射線には気を付けて。
じゃぁ、行こうか」
◇◆◇ ◆◇◆
あたしらが〔倉庫〕から出て、数分後。美奈が捕捉した冒険者たちがあたしたちの前に立った。
「お前らが、ア=エトとその一党か。貴様らはギルドの内規に違反し、その出頭要請を拒否し逃亡したことで、捕縛命令が出ている。抵抗や逃走をするのなら殺しても構わないと言われている。武器を捨てて投降しろ」
「捕縛命令」。つまりは、彼らは〝依頼〟として、ここにいる。これで、決まりね。
「念の為言っておくわ。あたしたちは、領主様、ベルナンド伯爵の紋章入りの書状を託されている。つまり貴方たちは、領主様の紋章に剣を向けているということ。それが何を意味しているかわかっているのかしら?
貴方たちは今、『命令が出ている』って言ったわね。つまり、今なら貴方たちはただ命令に従っただけと言い訳が出来るけど、命令を発したギルドはもう逃げられない。
あたしたちの方からも言うわ。剣を捨てて投降しなさい。
そうすれば、領主様に対して口添えのひとつくらいはしてあげるから」
(2,891文字:2018/05/09初稿 2018/11/30投稿予約 2019/01/12 03:00掲載予定)
・ 同業某社の部長が転職してきた。「ごめんなさい、うちは中途採用でも、新入社員は新卒研修から始めることになっているんです」。その中途採用元部長は、前職のコネで優良顧客を持って来ていた。「ごめんなさい、研修生の紹介するお客なんて、商談する価値もないんです」。斯くしてこの会社は、億単位の商談を逃しただけでなく、相手会社とその取引先から総スカンを喰らい、一気に財政は傾いていったのでした。みたいな?
この例の場合、間違いに気付いて謝罪するとしたら、社長の名前で相手会社に対して行わなきゃならないんです。中途採用元部長に対するケジメ(内部処分)は、社長の名前で担当の先任社員を懲戒処分することで果たされます(それは解雇か譴責かは、中途採用元部長が口を挟むことじゃない)。つまり、この段階で担当の先任社員如きがしゃしゃり出てきたこと自体が、大いなる間違い。
しかも、あの時レイリアが領主城に来た理由は、ア=エトらに領主に対する執り成しを期待していたんだから、二重三重の越権行為。
・ 柏木宏:「別に、オレたちがあの冒険者たちを倒してしまっても構わんのだろう?」
飯塚翔:「それ、死亡フラグだから」




