第13話 対〝サタン〟包囲網
第02節 紋章〔7/9〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
「ともあれ、その〝がとりんぐナントカ〟という兵器は、この世界で製造出来ないことは理解した。そしてそれをこの世界に齎す事が出来る〝サタン〟なる者がいる事も、可能性としては考慮しよう。
ではその上で、其方らは、余に如何にせよと告げる?」
ベルナンド伯爵の言葉に、飯塚くんは応えます。
「すべきことは二つ。ゴブリンどもの跳梁を止めることと、〝サタン〟の潜伏先を突き止めること、です」
「簡単に言ってくれるが、そのゴブリンの跳梁を止めんが為に、これまでどれほどの兵士が犠牲になっていると思う?」
「正面から戦う必要はありません。そして、今私が口にした二つは、結局同じことでもあるんです」
「どういう事だ?」
「ガトリング式機関砲の、最大の弱点は。弾薬を消費する、という事です。つまり、矢や矢弾のように、必要な大量の弾丸を事前に用意しておく必要があります。
それを一拍ごとに数百発ばらまくから、恐ろしいのです。
けれど、それは裏を返すと。十万の弾薬を用意しても、この都市の南門から領主城まで駆け抜ける程度の時間でその全てを使い果たしてしまうという事です。
だから、〝サタン〟の本国から、間断なく弾薬の補給があるはずなんです」
「成程。その補給路を見つけ出して叩けば――」
「はい。あとに残るのは、最弱の魔物である小鬼だけ、となります。
そしてその補給路ですが。
南の、リュースデイルの関を巡る戦いは膠着状態で、南から物資を運び込むことはほぼ不可能でしょう。地元の住民が使う林道はありますが、それさえ大量の物資を秘密裡に運び込むことは出来ません。
北は、このベルナンドシティの監視を掻い潜って物資を運び込むことが出来るとはとても思えません。もし可能であるとしたら、それは冒険者ギルドか市門の衛兵らが秘かにゴブリンたちを支援している場合だけです」
……飯塚くん、いいチャンスとばかりに、あらぬ疑惑を吹っ掛けて憂さ晴らししている模様です。
「あとは、西。現在南西ベルナンド地方はスイザリアの領地となっているはずですが、マキアが再独立したことで、ここは飛び地になります。そうなるとここの支配は――」
「ベルナンド伯爵領に編入するのが理想的だが、その為にはハティスを突破しなければならない。本末転倒だな」
「そうなると、この地域は無主領地となりますね。ゴブリンたちとその協力者が密輸するのに最適なルートとなるでしょう。
或いは東。ただ、山妖精の集落とこのベルナンドシティを繋ぐ林道は、かなりの人の行き来があった痕跡を確認しています。つまり、ドワーフたちの目を掠めて東の樹海を経由してハティスに物資を届けることは、ほぼ不可能でしょう」
全方面を封鎖することは、現実的に不可能です。だから、幾つかのルートを想定して、更にそのうち幾つかに的を絞って行動する、という事です。
「けれど、俺たち……じゃなく、私たちは、もう一つの可能性を指摘させていただきます」
「もう一つの可能性とは?」
「迷宮を経由するルートです」
「ダンジョンを?」
「はい。私たちが拠点を置くモビレアの近くに、『ベスタ大迷宮』と呼ばれるダンジョンがあります。そこでは、時間と空間が入り乱れていて、西大陸の鍾乳洞や東大陸の北方の都市にいた人間がいつの間にか『ベスタ大迷宮』内を彷徨っていた、という事もあると聞きます。
同じような現象が、他のダンジョンでも起こらないと、何故言えますでしょうか?
ハティスの周囲には、三つのダンジョンがあると聞いています。或いは、未だ人々が知らないダンジョンが近くにあり、そのダンジョンを経由して物資が運び込まれているのかもしれません。
ダンジョンは、私たち冒険者にとっては文字通りの迷宮ですが、魔物たちにとっては〝城砦〟です。もしダンジョン内の魔物が、戦略に基づき魔物を配置し、戦術を以て冒険者を襲撃したら。これは脅威という言葉では表現出来なくなります。
けれど、ゴブリンたちにとっては、何ら警戒する必要のない、ただの通路に過ぎないんです」
この、ダンジョンルート。現実を考えれば、間違いなくこれが答えです。それと同時に。槍と弩で武装していたゴブリンたちに守られた、『ビリィ塩湖地下迷宮』でさえ難攻不落の城郭と化していました。それに銃器・爆薬があり、更に大鬼を使役出来る環境と考えると、まともにやったら攻略不可能と断じざるを得ないでしょう。
「……ダンジョンが、〝サタン〟の通路、か」
「こう考えれば、方針は明確です。
一つ、南西ベルナンド地方の治政権の確立。これをローズヴェルト王国が担うのか、それともスイザリア王国が担うのかは、――どちらであれ事実上の飛び地となりますから――政治的な判断となり私たちが関わる問題から外れます。けれどどちらの国が治めるにしても、それで国家による治安が回復したら、ゴブリンや魔物に内通している外道の跳梁を阻止する事が出来るでしょう。
もう一つは、南東ベルナンド地方のダンジョンを改めて探索すること。これは未だ発見されていないダンジョンの発見も含まれます。
前者を担うのは国家であり、軍または騎士団。
後者を担うのは、冒険者。
業務の住み分けも可能です」
「お前たちは、ギルドに恨みがあるのではないのか?」
「恨みがあるのはギルドに対してであって、冒険者たちではありません。極端な話、ギルド幹部を軒並み更迭し、職員たちを一新すれば、もしかしたら改めて彼らと縁を持つことも出来るかもしれません」
「そうか。だが冒険者ギルドに対する制裁は、こちらの専権事項だ。其方らが望むなら、後程その結果を報告することとしよう」
「充分です。仮に身分があろうとも、領内自治に口を出すつもりはありませんから」
正直に言えば。昨日言いくるめた一件で、ボクらにとっての〝ざまぁ〟は終わっています。『衛兵舎の宿泊料』などは支払うつもりはありませんし、それを理由にベルナンドシティのギルドがボクらをブラックリストに載せようと、ボクらには関係ない話ですから。
ボクらの冒険者としての本籍はモビレアのギルドにある以上、ベルナンドシティから正規の手続きで離籍出来なかったとしても、その理由が正当であれば、そこに問題は生じないのです。
「そうか。それで、其方らはこれからどうする? 出来れば冒険者たちと共にダンジョンの捜索に当たってほしいのだが――」
「申し訳ありませんが、現状のベルナンドのギルドで冒険者活動をするつもりはありません。一旦スイザリアに戻り、モビレアギルドのマスターの指示を仰ごうと思っております」
「わかった。ではモビレアのギルマス殿と、モビレア公爵閣下に対する書状を認めることにする。正しく両者に渡してくれることを、特使殿には期待している」
「はい、一命に換えましても」
(2,928文字:2018/05/08初稿 2018/11/30投稿予約 2019/01/10 03:00掲載予定)
・ 正直、ダンジョン内のゴブリンが、戦略と戦術を以て冒険者を撃退しようと思ったら。戦う必要さえないんです。ただ冒険者たちが休息をとる余裕がないように、間断なく攻め、或いは騒音を鳴らすだけで、冒険者たちの方が勝手に自滅します。『ベスタ大迷宮』が難攻不落と謳われた理由が、それですから。




