第12話 会談
第02節 紋章〔6/9〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
この〝立場〟を望んだのは受付嬢であるレイリアさんであり、レイリアさんに受付を任せたギルマスだ。だから、この期に及んで遠慮はしない。
「ギルドマスター。本件に関して、冒険者ギルドは関与しないことを選んだ。そうだな?」
「……お待ちください。弁解させてください」
「どこに弁解の余地がある。我々は自分たちの身分と立場をそこの女に告げた。
にもかかわらず、確認する素振りも見せずに我々との話し合いを拒絶したのは、冒険者ギルドだ。それは即ち、ギルドの決定であろう?
受付嬢とは、ギルドの顔だ。なら、抑々受付嬢が独自に政治的判断を下すことは、あり得ない。当然、それはギルドの意思であるはずだ。違うか?」
「その通りです。レイリアには罰を与えるつもりでありますが――」
「ギルド内部の処分には興味はない。我々はこの国の民でさえないし、な。
一方でベルナンドシティの冒険者ギルドの対応については、本国に帰還後、我々が本来所属するモビレアのギルドマスター並びにモビレア公爵閣下に報告しておく。ベルナンドの冒険者は、協力するに値しない、とな」
「申し訳御座いません。全てギルドマスターである私の責に御座います」
「私は、其方に責を問う立場にはない。その言葉は領主様に告げると良いだろう。私は領主様より、その顛末をお教えいただくだけだ。
それで? モビレア公の特使である我々に、ベルナンドシティの冒険者ギルドが、何の用だ?」
「……小鬼どもとの戦いの現場には、当ギルドに所属する冒険者が多くおりまして御座います。ですので、彼らの為にも、少しでも多くの情報を頂戴出来ましたらと思い――」
「改めて言うが、それを拒絶したのは其方ら冒険者ギルドだ。今更それを求めるのは虫が良過ぎるのではないのか?」
「ですから!」
「話は終わりだ。今後必要なことは、領主様よりご下命があるだろう」
これ以上、話す言葉はない。という以前に、この面会さえ時間の無駄でしかなかった。
◇◆◇ ◆◇◆
そして翌日、朝。
朝食直後という、仕事をするには早過ぎる時間帯に、ベルナンド伯爵は俺たちとの会談の時間を作ってくれた。
「其方らがモビレア公の特使である、冒険者か。面白い経歴の持ち主らしいな」
「書状に如何なる表現がされていたか存じませんが、我々のことは改めて説明させていただきたく存じます」
「許そう」
「有り難う存じます。
我々は、西大陸にあるキャメロン騎士王国に於いて、〝サタン〟討伐の為にこことは違う大地より召喚されました」
「〝サタン〟とは?」
「順を追って説明させていただきます。
〝サタン〟討伐を目論みて東大陸に渡り、当面の地歩を確立する為にスイザリア王国モビレア市にて冒険者としての立場を得ました。
そして、この度モビレア公の特命を受けて南東ベルナンド地方に入り、ハティス市のあった地を確認したところ。驚くべきものを目にしました。
それは、我々が元いた大地の軍隊が使用していた、〝ガトリング式機関砲〟を使い兵士たちを虐殺する、小鬼の姿でした」
「……が、がと?」
「ガトリング式機関砲、です。我々が元いた大地に於いては、最強無敵の兵器のひとつです。けれど、これが指し示す真実は、ひとつ。
ゴブリンたちが、我々の元いた大地よりそれを入手したとは考えられません。なら、それを成した何者かがいたという事です。
先程のご質問にお答えします。
〝サタン〟とは、我々が元いた大地の言葉で〝神の敵〟、〝秩序に逆らうモノ〟、〝善に非ざる悪〟、といった意味であります。
つまり、精霊神の定める秩序を破壊する者。それが〝サタン〟です。
おそらくは。〝サタン〟が、我々が元いた大地よりガトリング式機関砲を召喚し、ゴブリンたちに与えているのでしょう。
ここで問題なのは、ゴブリンたちは〝サタン〟の尖兵に過ぎないという事です。仮令ゴブリンたちの王国を滅ぼす事が出来たとしても、〝サタン〟にとっては何ら痛痒も感じません。また別の場所で、ゴブリンたちに国を興させれば良いのですから。否、ゴブリンではなく、次は豚鬼や大鬼かもしれません。〝サタン〟にとっては、単なる実験程度の意味しかないのでしょうから」
「では、我々の戦い、これまでの厖大な犠牲は全て無駄だった、と?」
「残念ながら、それが真実です。
我々、人類国家として敵対しているはずのスイザリアとローズヴェルトが協同して戦うべき相手は、ゴブリン風情ではなく、〝サタン〟です。
その一方で、ゴブリンたちは現在目に見える脅威であり、放置する訳にはいかないでしょう。
ですが、わざわざガトリング式機関砲の前に身を曝す必要などはありません。
ゴブリンが彼の兵器を製造出来ないことは、間違いありませんから、その搬入路、輸送路を破壊すれば、あとは最弱の魔物がそこにいるだけです」
「……幾つか尋ねる。その〝がとりんぐ……〟というモノは、我が国で製造することは可能か?」
「不可能です。現在の技術を、そのまま数百年分未来に進化させても、なおそこに届くかどうか」
ちなみに、この回答はあくまでも「現在の技術」をベースにして、の話だ。異世界の知識と、魔法技術の応用。それらを融合させれば可能かもしれない。俺たちにはその方法を想像することさえ出来ないけど、おそらくそうやって魔王国は、ガトリング式機関砲を完成させた。
「では、其方らが元いた大地からそれを取り寄せることは?」
「それも不可能です。そもそも我々の〔契約〕、それを達成した報酬として挙げられているのは、元の大地への帰還です。自在に行き来出来る、或いは自在に取り寄せられるのであれば、〔契約魔法〕の対価とはなり得ないでしょう」
これは最近気付いたこと。もし、〔契約〕の対価として掲げられた〝元の世界への帰還〟を、〔契約〕とは無関係に俺たちが独力で成し得たら。もしかしたら、〔契約〕は無効化されるのかもしれない。
もっとも、それは今後の話。まだ帰還の手段の手掛かりさえない現時点で、そんなことは考えても無駄だろうから。
「つまり、この世界の如何なる国家と雖も、その兵器をこの世界に齎すことは出来ない、という事か」
……ベルナンド伯、もしかしたらドレイク王を疑っている?
その疑念は正鵠を射抜いているけれど、残念ながらそれを認める訳にはいかない。
「はい。どれほど進んだ、或いは異常な国家であれ、現在の国家がそれを成すことは出来ないでしょう。
もしそれを成す事が出来る国家があったなら。既に世界はその国の隷下にあるでしょうから」
(2,761文字:2018/05/07初稿 2018/11/30投稿予約 2019/01/08 03:00掲載予定)
・ 言うまでもありませんが、本作の「ベルナンド伯爵」と、前作の「ベルナンド辺境伯」は別人です。血縁関係もありません。
・ 飯塚翔くんの、「現在の技術を、そのまま数百年分未来に進化させても、なおそこに届くかどうか」という回答は詭弁です。地球の技術史を見返しても。500年前の技術を基準に、その500年後を予想しても、現在の技術には届かないのですから。そこには必ず、ブレイクスルーを行う天才の影があるのです。
・ 「ガトリング式機関砲をこの世界に齎すこと」は出来ないという事と、「(飯塚翔くんたち)五人を異世界から召喚すること」が出来るという事。素直に考えれば、片方だけ可能でもう片方は不可能というのは無理があります。片方出来るのなら、もう片方も出来るはず。だとしたら、〝サタン〟たり得るのは誰か? 飯塚翔くん、ここにもしっかり布石(というか罠)を打っています。
・ 「正鵠」とは、的の中心(星)のことです。古代中国では「鵠」(白鳥の異名)の絵を的にしていたことからそう呼ばれます。転じて、「モノの要点」「物事の核心」を意味します。




