第09話 釈放
第02節 紋章〔3/9〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
飯塚くんが戻って来てから数日間、尋問は行われませんでした。
飯塚くんが山妖精の集落についての話をしたので、その方面から確認を取っているんじゃないか、という事でしたが、どうでしょう?
ちなみに、取り調べは「尋問」であっても「拷問」にはならなかったようです。というのは、彼らにとってボクらはあくまでも「不審者」であって「犯罪者」ではないので、そこまでする理由がないということかもしれません。またそれは、女子が取り調べに呼び出されなかったのと理由は同じなのでしょう。これが「拷問」であれば、男子より女子を相手にした方が効率的、と誰でも考えるでしょうから。
そして、数日の後。メイド服を着た女性が、ボクらがいる地下牢に踏み込んできました。
「……ソニア。貴女一体、何をやっているの?」
「陛下からの密命です、テレッサ。詳細は問い合わせてください」
「けど、彼らはスイザリアの冒険者、でしょ?」
「ちなみに、陛下の御命を狙う刺客でもあります」
「……そこまでわかっていて、何故そいつらを放置しているの?」
「そこまで理解した上で、陛下は彼らに仕えるように命じられました。
陛下のお考えを私如きが語るのは憚られます。だからこそ陛下にお尋ねくださいと申しております。
ちなみに、彼らが陛下の前に立った時、陛下に刃を突きつける一番槍は私となります」
「陛下が、貴女に自分の敵になれと命じた、と?」
「おっしゃる通りです。そして、一対一の戦いであれば、私は有翼騎士団最強を自負しています。今のうちに陛下をお守りする為の戦術を検討為された方が宜しいかと」
……いやいやソニア。凄い覚悟を語らないでください。ボクらの方が怖いんですけど。
「で、先日ショウさまがお伝えした内容の、裏は取れたのですか?」
「……まぁ、〝ア=エト〟なる人物がドワーフの里を訪れたこと、元『猫獣人の里』に陣取っていた大鬼を屠ってその素材を彼らに提供したこと、彼らに道を聞いてベルナンドに向かったことについては確認が取れたわ。まったく、陛下の騎士を『飯炊き』呼ばわりする連中に礼を尽くさなければならないなんて」
「では、テレッサには身分証明になる物を提示出来そうですね。
ショウさま。『大蛇』を見せてあげてください。
シズさまは『鵺』を」
言われた通り、飯塚くんと松村さんはそれぞれ長巻と薙刀を〔倉庫〕から取り出し、鞘から抜いてみせました。
「これらの剣が、得体の知れない有象無象に委ねられることはあり得ない。それはテレッサも理解していますよね?
彼らは、陛下の敵です。が、同時に陛下に認められ、これらを託された勇者でもあります。
視野の狭い義侠心で彼らを害することは、むしろ陛下の騎士であればこそ許されません」
〝魔王〟陛下の剣『大蛇』と、妃殿下の剣『鵺』。その二振りが揃って国外にあること自体が、テレッサと呼ばれた魔王国の騎士には衝撃だったみたいです。
「よくわかったわ。では彼らは〝この国に対して〟は何の害もない、ごく普通の冒険者であると私も証言しましょう。けれど、私も独自に彼らのことを調べさせてもらいます。
その上で、彼らが〝我が国に対して〟有害な存在だと結論が出たら、隊を率いて彼らを撃滅することになるでしょう。ソニア、確かに貴女は有翼騎士団最強。けれど、騎士団には、複数の〝最強殺しの戦術〟があることくらい、貴女だって知っているはずです」
「個人的な勝利と、戦術的な勝利と、戦略的な勝利は意味が違う。
戦って勝つことと、敵を殺すこともまた違う。
我ら有翼騎士の本懐は、あくまでご主人様の道を作ること。
道端のゴミを掃う事こそが、我らの使命。
勿論、理解しています。だからこそ、改めて申し上げます。
彼らと陛下の進む道がどのように交わるのか。それをテレッサ、貴女の狭い視野で判断しないように気を付けてください。
陛下の道を守る為とはいえ、陛下がお育てになっている花を摘み取ることは許されませんから」
「気を付けましょう。
で、ソニア。貴女には別件で話があるわ。一緒についてきて」
「わかりました。
皆様、しばらくの間お暇致します。すぐに合流する予定ですので」
「わかった。ソニアも自分の立場優先で構わないから」
「有り難うございます」
そしてソニアはテレッサという騎士とともに牢を出てゆき、その後しばらくして衛兵がボクらに牢を出るよう促してきました。
「お前たちの身元の確認が取れた。お前たちが都市に入るのに、何ら問題はない。
ようこそ、ベルナンドシティへ。お前たちが無法者でない限り、都市はお前たちを歓迎する」
……監禁尋問六日間の末に「歓迎する」って言われても。
「それから、この兵舎で過ごした六日分の宿代と食事代は冒険者ギルド経由で請求させてもらう。
これからお前たちが請ける依頼から天引きされることになるから、真面目に仕事しなければ〔奴隷〕働きを求められることになる。お前たちが従前交わしている〔契約〕と、バッティングしなければいいがな」
強制的に監禁して、宿泊料を請求する。それ何てキャッチセールス?
「ですが、〔二重契約〕になって契約内容がコンフリクトしたら、そちらだって困るんじゃないですか?」
「何がだ。〝脱走紋〟持ちは、この国に於いては一切の権利が剥奪される。
切り刻んで魔物のエサにしようが魔術師の実験台にしようが、誰も咎めはしない。そっちの女たちは結構な器量良しじゃないか。なら娼館の女たちに対しても出来ないようなプレイを専門に行う、いい商品になりそうだな」
ボクらは以前、「〔二重契約〕の結果〝違約紋〟(〝脱走紋〟)が顕れたら相手も困る」と判断しました。けれど、〝違約紋〟持ちの奴隷の立場がそうであるのなら。また別の需要が生まれるという事ですか。
これまで、ボクらは。初めに出会ったプリムラさん以来、多くの人の善意に守られていたことが、よくわかります。
でも考えてみれば。通りすがりの他人相手に向ける善意は、気紛れ。なら、この衛兵のように、第三者の立場など配慮もしないというのは、普通の考えなのかもしれません。
「わかりました。一応、『有り難うございます』と告げておきます。
ちなみに、冒険者ギルドはどちらですか?」
でも、このまま冒険者ギルドに立ち寄らず、踵を返してこの都市を立ち去ったら。まだ『宿泊料を支払う』という〔契約〕を交わした訳ではないのですから、支払義務も消滅します。そしてその結果、ローズヴェルト王国軍並びにローズヴェルトに所属する冒険者たちはカラン王国の機銃でミンチにされることでしょう。
……なんか、それでも良いような気もしてきました。没収された荷物も、剣や道具等は戻って来たけど金貨を詰めた小袋は全部空になっていましたし。
(2,910文字:2018/05/07初稿 2018/11/30投稿予約 2019/01/02 03:00掲載予定)
・ ソニアさんは、有翼騎士団最強。それは事実です。但し、その戦況は森林遭遇戦が想定されており、空戦(高速射撃戦)や騎士決闘(騎兵槍術戦)、剣闘といった、ルールが限定される試合での強さではありません。その一方で、陸海空、個人戦も集団戦も、遭遇戦も攻城戦も、ありとあらゆる戦況に対応出来るオールラウンダーとしてのソニアの強みは、他の追従を許さないものがあります。
ちなみに有翼騎士団は、個人の武勇ではなく装備で優位に立つ戦団なので、〝有翼騎士団最強〟は、実は国内の他の騎士団のトップレベルに比べると、どうしても一段劣ります。




