第12話 覚悟の断髪
第03節 冒険の準備〔2/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
飯塚の言葉じゃないけど、やっぱオレも剣に憧れていなかったと言えば、嘘になる。
だけど、実はオレは中学時代、剣道部に入っていたこともあるんだ。
小学生時代からチャンバラごっこをしていたんで、棒っきれを振り回すのに自信があった。だから、その延長で剣道をやってみたくなったんだ。
その結果は、素振りとかの型稽古ばかりで嫌になった。まぁオレに堪え性が無かっただけかもしれないけれど。でもその時、よく先生に言われたのが、「刃筋正しく打突しろ」という事だった。
剣道の竹刀は「竹の棒」だけど、それが刀だと考えた時、その腹(横)で打ったり峰(背)で打ったりしても、敵は斬れない。打ち込みの方向と、竹刀の刃筋が一致(唐竹に振り下ろすのなら、峰は常に上を向いているはず)して、初めて有効打突と認められるというんだ。
その時は、無意味なこだわりを、って思った。そして、そんなことまで考えて棒っきれ振るうのは性に合わない、と思ってオレは剣道を辞めた。
だけど、実際に剣を振るい、物を斬る、と考えた時。それが必要だという事もわかる。
剣道をやっていた時は「ちゃんと打っているのに一本を取れないなんて、ルールがおかしい!」と思ったけど、実戦を考えるなら「ちゃんと打っても斬れないんじゃ、剣の意味がない」という事になる。
そして、それがオレの性に合わないのなら。
「エラン先生。オレは、刃物じゃなくて鈍器が良い。細かいことに拘らず、ぶん殴る為の奴だ」
「フム、なら戦槌の長柄のものを用意しよう。だが長柄だと使い難いぞ」
「刃筋を立てなきゃ使い物にならない刀剣より、相手の鎧の上からぶん殴る鈍器の方が、オレには向いてると思うよ」
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そして結局、松村は薙刀(大刀)、オレは長柄戦槌で、あとの三人は槍を振るうことになった。
松村に言わせれば、槍は「使うのは簡単、使い熟すのは難しい」のだそうだ。
そして三人はエラン先生に一から指導を受け、オレは松村に指導を受けることになった(松村はその「取り回しの技量」をエラン先生に認められ、武技そのものは基本的に指導をする必要はない、と評価された)。
その時の、松村の演武は。はっきり言って、綺麗だった。
それは、演武というよりは、演舞。エラン先生は松村の弓を(見もせずに)「神官が儀式で引く程度のものだろう」と断じたけど、この演武こそ神に捧げる奉納舞のようにも見える。
また、弓道部の道場で見たような、退屈そうな表情もしていない。一心に刃を振るえる歓びというか、打ち込める解放感、といったものも垣間見えた。
オレが中学時代窮屈だと感じた〝型〟は、こいつにとっては自由に振る舞える〝赦し〟のようにも見え、見惚れてしまったのは、ここだけの秘密だ。
◇◆◇ ◆◇◆
その日の教練は、結局その武器の扱い方(型稽古)に終始した。中学時代の剣道部では、あれほど嫌だった型稽古だが、オレも少しは成長したのか、それともこの世界では生きる為に必要だと自覚しているからか、或いは参考(どころか理想)とする手本が目の前にあった為か、自分でも信じられないほど集中して練習する事が出来た。
その後、部屋に戻ってきて。
「美奈、ハサミを貸してくれないか?」
松村が、いきなり髙月からハサミを借りた。
「うん、良いけど、どうしたの?」
「いや、髪を切ろうと思ってな」
「え? おシズさんの髪、長くて綺麗なのに? 勿体無くない?」
「洗えもせず、手入れも出来ないんじゃ、長い髪は邪魔にしかならない。
髪はまた伸びるけど、命は一度失くしたらそれまでだからな。思い切って短くしようと思ったんだ」
一瞬、思い留まらせようと思った。けど、正論だ。
一週間以上この異世界で暮らしていながら、オレはまだ現実感を持っていない。けど、この女は真剣にこの世界で生き抜くことを考えている。なら、オレには止められない。
「そっか。じゃあ美奈も切るよ」
そして女子二人は、髪の手入れをしていない武田よりも短く切り、それを見た武田もまた坊主頭に近いくらい髪を刈りこんだ。
「武田……ユウ。終わったらそのハサミ、俺にも貸してくれ」
三人の断髪の後、飯塚がハサミを受け取り、十徳ナイフについているペンチでハサミを分解した。
「俺の持っている護身アイテム。皆で分けて持とう。俺一人で抱え込んでも意味が無いからね。
まずクボタン。これはヒロが持っていてくれ。使い方はわかるな? 素手で殴る時は、これを握っていれば指の骨を守れる。また両サイドは、段ボールを数枚貫通出来る力があるから、近接戦では役に立つだろう。
ハサミは、女子がそれぞれ持っていてくれ。ハサミとして使う時は言ってくれれば元に戻すから。
バックルナイフは、ユウだな。
バックルナイフは、それに俺の十徳ナイフもだけど、刃物としての質は悪い。ステンレススチールを切り出して、削って焼き入れしただけのものだからな。
けど、それは〝地球の、それも先進国〟の水準で考えて、だ。この世界では比類なき切れ味の刃物になると思う。
そして、女子が持つハサミは、日本の水準で考えても最高性能に近い刃物だ。けれど、〝お互いがお互いの鞘になる〟というハサミの形状を分解したそれは、今後俺たちが実戦で使う刃物より凶悪だと思った方が良い。
使い時を間違えないようにしてくれ」
それは同時に、くだらないことで刃毀れさせるなどして、駄目にするな、という事でもある、か。確かに、こんな小さな刃物でも、あると無いとじゃ大違いだろうしな。
だけど、それはそうとして。
「飯塚。オレたちの間でも、やっぱりショウとかユウとかって呼び合った方が良いのか?」
「その方が良いと思う。その呼び方に慣れる為っていう意味と、やっぱり苗字で呼び合うのは他人行儀だからな。
俺たちは運命共同体だ。なら、下の名前で呼び合って、もう少し歩み寄ろうよ」
だが、その飯塚の言葉に物言いをつけてきたのは、意外にも松村だった。
「あたしは反対だ。この世界では、平民を苗字で呼ぶ人間はいない。
という事は、あたしを〝松村〟と呼ぶのは、お前たちだけってことになる。
なら、それは一つの〝絆〟だ。それこそあたしたちを繋ぐ〝縁〟ともいえる。
下の名前で呼び合うのは構わない。美奈のように、愛称で呼ぶのもアリだろう。
けど、この世界で他の人たちのように、シズとかヒロという呼び方は、したくない。
この世界で生き抜く為に、あたしたちは――この髪のように――多くの部分で変わらざるを得ないだろう。
けど、変える必要のないことは、むしろ変えたくない。
これは、あたしの我が儘かもしれないけどね」
我が儘、なんかじゃねぇよ。俺もそう思う。
結局、俺たちはお互い、今まで通りの呼び方をすることにした。
(2,891文字:2017/12/02初稿 2018/03/01投稿予約 2018/04/23 03:00掲載予定)
・ 戦槌は、大きなトンカチです。つまり、打面があります。柏木宏くんは中学時代、「刃筋正しく打突しろ」と言われて面倒な、と剣道を辞めましたが、戦槌も正しく打面で打たなければ効果はありません。彼が戦槌を使い熟せるようになれば。剣を振るっても、サマになるのではないでしょうか?