第06話 『大蛇(おろち)』
第01節 ドワーフの里〔6/6〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
飯塚が泣いて頼むから、仕方がなくあたしたちは〝ア=エト〟と呼ぶのを止めた。
けど、既にこの山妖精の集落では、飯塚の名前は〝ア=エト〟だと認知されてしまったようだ。他のドワーフやらラップさんの弟子の鍛冶師たちも、飯塚のことを〝ア=エト〟と呼ぶようになっていた。つまり、集落に入る時はあれほどラップさんに『奴隷風情』と言われていたはずなのに、飯塚は認められ、「あたしたちも〝ア=エト〟の連れ」として受け入れられている、という事だ。
ラップさんの影響力が強いことが、ちょっと気になっていたら、この集落の「鍛冶師長」としての立場にあるのだそうだ。ドワーフの集落に於いては、「里長」「鉱山長」「鍛冶師長」のスリートップによる三頭体制で運営しているらしく、つまりラップさんに認められたという事は、集落そのものに認められたと判断して間違いないらしい。
◇◆◇ ◆◇◆
「そう言えば、ア=エト。お前らは何しにこの里に来たんだ?」
夕食の席にて。ラップさんから根本的な問いが飯塚に投げかけられたわ。
なんか、今更という気もするけれど。
「ローズヴェルト王国のベルナンド市に行きたいんです。
カラン王国と人類連合軍の、無駄な戦争を止める為に」
「お前らはドレイク王国の奴隷だろう? ならカラン王国が勝った方が良いんじゃないか?」
「戦術的には、カランは勝てるでしょう。けど、いくら戦術的勝利を重ねても、人類連合は魔物相手に政治的に敗北を認めることはあり得ません。
そうなると、カラン王国側の兵站が破綻するか人類が滅亡する日まで、この戦争は終わらないという事になるんです。
俺は、〝サタ……〟、陛下の生み出した兵器やその運用ノウハウを否定するつもりはありません。けど、人類の根性と執念は、侮って良いモノではないと思います。
長く保ってもあと一年かそこらで、均衡は崩れるでしょう」
「その前に戦争を止める、か。止められるのか?」
「一応、腹案があります。カラン王国を陥落しても大局的には意味がないと、別の獲物を人類連合軍の前に提示するんです。
もしかしたらこれも時間稼ぎにしかならないかもしれませんが、時間を稼ぐ意味はありますし。
そして、〝誓約の首輪〟を使えば、更に説得力は増しますし」
と飯塚は、自分の首輪を指差した。……どういうこと?
「どういう事だ?」
ラップさんもやっぱり疑問みたい。
「俺たちにこの首輪を掛けたのは、ドレイク王ではありません。
西大陸の、キャメロン騎士王国のウィルフレッド陛下です。そして〝誓約の首輪〟に刻まれた〔契約〕の内容は、〝魔王〟を討つこと」
「ほう、つまりア=エトは、あの坊主を殺す刺客だという事か?」
「〔契約〕内容としては、そうです。
否、俺たちもそうだと思っていました」
「どういう意味だ?」
うん、どういう意味?
「〔契約〕に示された内容は、〝魔王〟を討つこと。それだけです。
けれど、〝魔王〟が『魔王国のアドルフ陛下』だとは、どこにも記述されていません。
〔契約〕を交わした後に騎士王国で聞いた、〝魔王〟の所業の多くは、あとになってアドルフ陛下が若い頃に実際に行ったことだと知りましたが、それさえも〔契約〕が指し示す〝魔王〟がアドルフ陛下だと確定させる根拠にはなりません。
こちらの大陸に来て、モビレアの冒険者ギルドのマスターが『お前らの言う〝魔王〟はドレイク王国の王だ』と言いました。けれど、〔契約〕の観点からこの言葉を咀嚼すると、ギルマスの言葉を『ドレイク王が〝魔王〟である』という根拠とすることは出来ないんです。
キャメロン騎士王国ウィルフレッド王は、『キャメロン騎士王国対ドレイク王国』という、人類国家間の戦争ではなく、『〝騎士王国と神聖王国〟率いる人類軍、対、〝魔王〟率いる魔王軍』という図式を描き、その魔王軍の頭領である〝魔王〟を討つ為に俺たちを〔奴隷〕としたんです。
なら、ドレイク王とは別に〝サタン〟を定義して、第三者が納得出来る形でその〝サタン〟を討伐すれば良い。否、討伐するしないは別の問題として、今回のカラン王国との戦争に関しては、俺たちが中核的な立場で振る舞う権利があるという事です。なら、上手く誘導してみせますよ」
言われてみれば、確かに。あたしたちが交わした〔契約〕の内容は、「〝魔王〟討伐」であって「〝ドレイク王の暗殺〟」じゃない。なら、ドレイク王の他に(たとえ架空の存在であっても)〝サタン〟の存在を人々が認知すれば。そして、「あたしたちが〝魔王〟を討滅した」と人々が認識出来れば。
〝誓約の首輪〟は、あたしたちが〔契約〕を満了したと評価する可能性があるんだ!
「複数の国家を、同時に詐術にかける、か。出来たらア=エトは、稀代の〝詐術師〟として歴史に名を残すな」
「……あまり嬉しくないですね。歴史に名を残すのも、〝ア=エト〟の名が残るのも」
「そして、〝誓約の首輪〟が示す〝サタン〟は坊主、ドレイク王ではなくカラン王国の向こうにいる、と理解させることで、カラン王国は魔王軍にとって重要な立場にはない、と人類軍に判断させる、か。
だが、だとすると〝サタン〟はどこにいることにする?」
「それを探すのが、当面の人類軍、そこに所属する冒険者の仕事です。
つまり、俺たちの行動の自由を保証する任務という事です」
◇◆◇ ◆◇◆
翌朝(この世界に来てから、380日目)。
このドワーフの集落から出立する。ルシアおねーさんから、ベルナンド市に通じる道を教えてもらったから、あまり迷わずに行けそうだ。
「ア=エト。お前の剣だがな」
「はい。」
「調整に、もう少し時間を貰う。ベルナンド市からの帰りに、もう一度この集落に立ち寄ると良い」
「有り難うございます」
「だが、それまでの間手ぶらでは困るだろう、これを持って行け」
と、差し出したのは、日本刀? 大太刀? 野太刀?
刀身四尺八寸(145.44cm)の日本刀だが、その拵は三尺(90.9cm)くらいある。つまりは、長巻。
「こいつを預ける。銘は『大蛇』という、ドワーフの宝だ」
「ドワーフの宝って、そんな大事なもの、貰えません!」
「誰がやると言った。預けると言ったんだ。お前の剣が仕上がるまでの代用品だ。
だが、どうせなら使い熟せ」
大太刀・野太刀は刀身が長過ぎ、実用に向かない。基本騎乗して、馬の突進の勢いに乗せて振り回すのが正式な用法。戦国時代には、それを徒歩で振り回した真柄直隆・直澄という兄弟武将(一説には同一人物)もいたようだけど、それは単なる特殊事例。
そして、大太刀・野太刀を実用に資する為に、拵を長くしたものが『長巻』。比叡山の僧兵が長巻を愛用していた姿が絵図に残っているし、長巻より短く太刀より長い拵を持つ『中巻』を織田信長が愛用していたという逸話もある。
これが、今後しばらくの飯塚の主武器になるという事だ。
(2,980文字:2018/05/05初稿 2018/11/01投稿予約 2018/12/27 03:00掲載 2019/01/18誤字修正)
・ 『大蛇』は、前作に登場した大太刀ですが、取り回しを考えて長巻拵に改装されました。
・ 『大太刀』と『野太刀』の区分は不明瞭ですが、一般に「長大な太刀」が『大太刀』で、「戦場で使うことが前提の大太刀」が『野太刀』と区分されるようです。その意味では、『大蛇』は『大太刀』です。
・ 飯塚翔くんやギルマス・マティアス氏が「ドレイク王アドルフ陛下が〝魔王〟だ」と判じたのは、あくまでも個人の感想であり、〔契約〕の内容を定義するものではありません。
・ ……今回で、騎士王国が用意した〔契約〕の不備が、全部出揃った、かな? 日本の法律や契約書では、「名詞」や「用語」は誤解を生じないように注意深く特定します。その為、「どんなひねくれ者がそれ以外の解釈をするんだよ?」というくらいの迂遠な言い回しが多くなるのですが。少なくとも、複数の解釈が出来る〝魔王〟〝討伐〟などについて、用語を解説する条項無しに契約書を作成することは、日本では(契約文化が根付いている業界では)あり得ません。
・ 騎士王の、本来の思惑としては。飯塚翔くんたちを〝人類軍の旗頭〟とすることで、彼らを殺すドレイク王国を〝魔王軍の走狗〟と位置付け、世界中の全ての国家を巻き込んだ大戦を引き起こし、ドレイク王国を滅ぼそうと考えていたのです。為政者にとって英雄は、死んだ後こそ政略に使えます。なら、死なせることを前提に英雄を「作る」。それが、『縁辿計画』だったようです。




