第04話 ヒヒイロカネ合金製の剣
第01節 ドワーフの里〔4/6〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
山妖精の、『喧嘩も出来ない腰抜けは相手にする価値もない』っていう価値観。オレとしては結構同意したくなる考え方だ。
だけどだとすると、「どう言い繕っても、奴隷は奴隷」と言われて納得してしまったオレたちは、ドワーフ的には〝喧嘩も出来ない腰抜け〟になるんじゃないだろうか? 逆に、喧嘩を買わないことで逆説的に喧嘩を売っているという事にもなるけれど。
けどまぁ、どちらにしても合格と評価してもらえたんなら、それで良いけれど。
というか、オレたちにとってこのドワーフの集落は、ベルナンド市に行く為の通過点でしかない。出てけと言われて食い下がる必要もないけれど、入って構わないというのなら背を向ける必要もない。だからオレたちは、ドワーフの集落に歩を進めた。
◇◆◇ ◆◇◆
この集落は、旧ハティスや魔王国に対しては好意的であり且つ現在も連絡を取り合っている関係のようだ。そうなると、ゴブリン王国やローズヴェルト王国に対する姿勢などはまだ不明ながら、少なくとも敵対しない立場で会話をすることくらいは出来そうだ。その糸口もあるし。
「親爺さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「誰が親爺か! 〝ラップさん〟と呼べ!」
いや、未だ名乗ってもらってなかったんだから、名前を呼びようがなかったんだけど。
「ちなみにあたしはルシア。〝ルシアおねーさん〟と呼んでね?」
ドワーフだから、人間とは歳の取り方が違うんだろうけれど、JCにしか見えない女の子を「おねーさん」と呼ぶのは、かなり抵抗があるな。
まぁそれはともかく。
「ではラップさん。見てほしいものがあるんだ」
そう言って、飯塚の持っている杖剣を見せた。
「これのことについて、何かわかりますか?」
ラップさんは、まじまじと杖剣を見ながら、
「杖剣? 通常の長剣を無理矢理改造したようだな。神聖鉄合金製、新暦2年作。だがこいつは相当弄ってある」
「セビア・コーター公の色が見えますか?」
と、飯塚が訳のわからないことを言ってきた。というか、「セビア・コーター公」って誰だ?
「セビア・コーター公とは?」
「すいません、冗談です。
けど、見ただけで製作年次までわかるんですか?」
「ヒヒイロカネ合金は、坊主、お前らの〝陛下〟のところの軍隊用に開発された合金だ。
普通、魔剣を作る際には、製鉄の段階で大鬼の角などを触媒に使う。ヒヒイロカネ合金は、この応用で、製鉄済みの鉄とヒヒイロカネを〔神鉄炉〕で熔かす際にオーガの角を触媒として投じることで生み出す。
初期型は新暦元年作。坊主の国の独立戦争の為に大量製造された。
第二期型は新暦4年から7年。坊主の国で、周辺諸領を併合すると同時に増加した兵員に行き渡らせる為に製造された。
そして初期型は、シンディ嬢ちゃん、坊主のところに押しかけ女房同然に嫁いでいった俺の姪だが、嬢ちゃんがほとんど一人で作っていた。
だが第二期型は、その作業の大半を弟子に任せている。
その中途で、習作と呼ぶべき謂わば『1.5期型』も存在していた。それらは、大半が坊主の国の鉱山を守る小鬼たちに安く譲ったはずだ。
この剣は、1.5期型の中でもシンディ嬢ちゃんのクセが強い。弟子に対して手本になるように作られた、見本用の剣だろう。完成後も何度も火にくべて打ち直しをされたりした痕跡が残っている」
見ただけでその来歴がわかるのか。凄い鍛冶師だな。そして、「魔王国の鉱山を守るゴブリン」。魔王国とゴブリン王国の関係性を窺わせる、その表現。カラン王国はこの集落にとっては敵ではなく、また『ビリィ塩湖地下迷宮』のゴブリンたちもやはりカラン王国の民であった、という事か。
しかも、「習作の参考にする為の見本用の剣」。それをゴブリンたちが持っていたというのなら。もしかしたら、〝魔王〟は、というかシンディという名のドワーフの血を引く王妃は、ゴブリンたちに〔神鉄炉〕を教えて独自に剣を鍛えさせる思惑さえあったのかもしれない。
「しかし、何だこれは? こんなにバランスの悪い武器は初めて見るぞ。
杖剣はそもそも急場凌ぎで作られる武器だが、長剣の柄を長くすれば良いってもんじゃない。そもそもこの剣は鍛冶仕事の見本として鍛えられたモノで、その意味ではバランスの悪い、実用性のない剣だからな。
バランスの悪い剣のバランスを、更に悪くしてどうする?」
「その剣の柄を長くする改造は、スイザリアのモビレアの鍛冶師にお願いしたんだ。〝A・スチール〟を扱える、数少ない鍛冶師の一人だったと聞いている。あの鍛冶師に出来ないことなら、あの町でこの剣の改造を出来る鍛冶師は一人もいないってことになる」
「フン、あ奴か。あ奴がやったというのなら、むしろ上出来と誉めるべきだろうな。
だが、飾りならともかく実用を考えるのなら、これじゃぁ役に立たなかろう。もしお前らが希望するなら、直してやってもいいが……」
そりゃぁ願ってもないことだけど。
「でも、オレたちはそんなに多くのカネを持ってない。高くなるんだろう?」
「奴隷に対価を請求する程、落ちぶれてはおらんわい。代金は坊主に請求するから、お前らは余計なことは気にすんな。
問題は、触媒に使うオーガの角だ。今うちには在庫を切らしているんでな」
〝魔王〟と戦う為の武器の代金を、〝魔王〟に請求する。多分ラップさんは知らないから言っているんだろうけれど、スゲェ皮肉だな。
とはいえ、これは好都合、か?
「オーガなら、一体丸ごと〔収納魔法〕で保存してあります。あとで解体して角を売るつもりでしたけど、宜しかったら使ってください」
「ほう、一体丸ごとか。なら全て貰おう。
冒険者ギルドではまだ知られていないようだが、オーガの肝はクスリになるし、骨の中を流れる液体(髄液)は、炉の温度を調整するのに使える薬液となる。皮も肉も、その血もまた、使途があるんだ。俺たちドワーフにとっては、オーガ素材は捨てる部分の方が少ないんだ。
だが、鮮度が問題だがな」
「そっちは問題ない。オレたちの〔収納魔法〕は特別製だから、まだ斃した時の体温が残っているくらいだ」
「それは良い。ならこっちだ」
そしてオレたちは、ラップさんの工房に連れていかれた。
「ここに出せ。解体はこっちでやる。
ルシア、お前は客人が滞在出来るように部屋を整えろ」
「はい、お父さん」
(2,780文字:2018/04/29初稿 2018/10/31投稿予約 2018/12/23 03:00掲載予定)
【注:「杖剣?(中略)だがこいつは相当弄ってある」という台詞は、〔永野護著『TheFiveStarStories I』ニュータイプ100%コミックス〕の主人公・レディオス・ソープの台詞のオマージュです。なおそれに続く「セビア・コーター公」というのも同作品の登場人物の名前です】
・ 「凄い鍛冶師」だから「見ただけで来歴がわかる」、というよりも、「見ただけで来歴がわかる」ほど特徴的な剣という事です。勿論、その〝特徴〟を見抜けるだけの経験と鑑識眼が備わっている鍛冶師にとっては、ですけれど。
・ つまり騎士王国では、ゴブリンに払い下げられた「習作」を、有り難がって拾い集めていたということです。
・ 長剣を杖剣に改造してバランスを取ろうとすると、その柄の長さは3mを超えます。つまり、大鬼や牛鬼クラスの巨人の武器になるのです。
史実の杖剣は、刃渡り30cm程度の小剣を改造して作られました。
・ オーガの皮は、ちょっとした強度の革として使えます。加工が難しいから、薬液に漬けるなどの下処理が必要なのですが。肉は、やはり薬草と一緒に漬け込んで腐敗(発酵)させたものの中に加工予定の金属を沈め、しばらく放置すると、魔力が浸透し易くなるのです。腱はゴムの代わり、血液は薬草と一緒に煮込むことで染料の素地になります。




