第02話 ドワーフの集落へ
第01節 ドワーフの里〔2/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
取り敢えず方針はまとまった。実質的には、舌先三寸でローズヴェルトの担当者を丸め込む、というモノでしかないけれど、それが現実に比べてはるかにまともというのも皮肉な話。
だけどその為には、俺たちはローズヴェルト王国の対カラン王国攻略軍の本陣に接触する必要がある。つまり、北ベルナンド地方にあるベルナンド市に辿り着かなければならず、そこは旧ハティスの向こう側にある。
俺たちの現在位置から直進すれば、カランの重機関銃の眼前に身を曝すことになるから、迂回する必要がある。が、機関銃の射程は1kmを超える。西側からの迂回では、身を隠す場所もない。また、カラン近郊の小鬼の集落(つまりカラン王国首都)は、現在位置から見て旧ハティスの西側寄りにある。
そういう事情を考えると、東側からの迂回しか方法はない。つまり、大樹海に足を踏み入れるという事だ。
旧ハティス東側に広がる大樹海は、青木ヶ原のような、磁場が歪んでいる(正確には磁鉄などの偏在による磁場の攪乱)等のトラップはないだろう。けれど、光差さぬ深き樹海であることだけは変わりない。単純方位で言えば、一旦北東に針路をとり、ある程度進んだら北西に転進する、という事だ。が、その〝ある程度〟の距離を、どう測る?
選択肢の一つとして、ソニアの相棒である有翼獅子、ボレアスに先導させるというのがあった。けど、大空という遮蔽物のない空間に、カランの重機関銃の射程内を飛行することの危険を、排除し切れなかった。
カラン王国が魔王国の関係国であれば、当然魔王国の有翼騎士団の存在を認知しているだろう。だからグリフォンは友軍、と解釈する可能性は高い。けど、あくまで〝可能性〟だ。それを知らず、或いは気付かずに誤射される可能性が僅かでも残る以上、その選択肢は選べない。
結論として、まず大樹海の入り口にあるという、山妖精の集落を訪ねることにした。この集落に用事がある、というよりも、ここを一つの通過点として、そこから改めてベルナンド市への針路をとるという訳だ。
◇◆◇ ◆◇◆
旧ハティスが発展した理由とされるのは、三つあると謂われる。
一つは、交通の要衝として。
ベルナンド山脈(北ベスタ山脈)に隔てられた南西ベルナンド地方・南東ベルナンド地方、そしてベルナンド山脈の北端以北の北ベルナンド地方。旧ハティスは、この三つの地方の追分になる場所に立地している。
一つは、冒険者の街として。
旧ハティスから歩いて数日の距離に複数の迷宮があり、それらを攻略する為に冒険者が拠点とした。更に冒険者相手に商売する商人や、その武具を整備する鍛冶師などが常駐したことも理由に含まれる。
一つは、鉄鋼の街として。
近くに良質の鉄鉱山が見つかり、その為ハティスで産出・生成された鉄器はベルナンド地方の有数の輸出産品になったのだという。
そして、ここで問題になるのは、二番目と三番目の理由だ。
武具を整備する鍛冶師。鉄鉱石を製鉄し加工する鍛冶師。どちらも、技術が問われる。
その技術はどこから齎された? その答えが、ドワーフの集落なのだ。
例えば、モビレアには神聖鉄を加工する為の魔法〔神鉄炉〕の使い手はいない。否、スイザリア王国全体を見ても、「王都スイザルの鍛冶師ギルドのマスタークラス」でないと使えないと聞いたことがある。ならモグリの鍛冶師や既に引退した者まで含めても、国全体で5-6人といったところだろう。
が、旧ハティスは、地方都市でありながらその使い手は10人を超えていたのだという。そして、その多くがドワーフの血を引いていた(純血のみならず二世、三世も)のだという。
そんなことから旧ハティスの鍛冶師ギルドにとって、ドワーフの集落は「鍛冶師ギルドの真の本部」と言えるほどの関係だったようだ。
とすると、当然その往来は多かったはず。リュースデイルと猫獣人の集落を繋ぐ道のように、交流があった時期でさえ限られた樵や狩人しか行き来しない、のではなく、それこそモビレアとウィルマーを繋ぐ道のように、(それが〝知る人ぞ知る〟というレベルでも)定期的に往来があったと考えれば、旧ハティス炎上から20年近くが経過しているとしても、その足跡を見つけることは難しくないだろう。俺たちはそう結論を下した。
大雑把な方針として、まず現在位置から北東に針路をとり、その道中でドワーフの集落への道を見つける。
一つの懸念としては、その針路ではドワーフの集落の東側を通り過ぎてしまうのではないかというモノがあるけど、ドワーフの集落が旧ハティスとのみ道が通じていたとも思えない。ウィルマーから猫獣人の集落へ通じる林道のような道かもしれないけれど、ドワーフの集落の東側にも道があるはずで、それを見つける事が出来れば結果は同じ。そう考えて、その針路を選ぶことにした。
◆◇◆ ◇◆◇
樹海の中、道なき道を進む。普通に考えれば自殺行為だ。
けれど、最近ではスマホにも腕時計にも、それどころか俺の持つカラビナ十徳ナイフにも、コンパスは付いている。だから定期的に針路を確認すれば、方角を見失う心配はない。
そして視界を確保出来ない密林の中でも、美奈の〔泡〕が不安を払拭する。また緊張の絶えない行軍では、休息時にも気持ちを休めることは出来ない。けれど〔倉庫〕の中ではそんな警戒も無用だ。充分な休息が取れれば、森の中を歩くことも苦にならない。
そんな行軍をしているうちに、この世界に来てから379日目。
ドワーフの集落へ通じる道を、先行するボレアスが発見した。
◆◇◆ ◇◆◇
この道は、ウィルマーやリュースデイルから猫獣人の集落へ至る道とは違い、人為的に封鎖・隠蔽された痕跡があった。
おそらく『ハティス攻防戦』時に、戦火が届かぬように集落を隠したのだろう。
けど、人為的に隠蔽したからこそ、それから20年近く経ってその不自然さが浮き彫りになり、ボレアスがそれに気付いたという訳だ。
また「人為的に隠蔽」していること自体、別方面へ通じる道の存在も示唆している。なら、ドワーフとの交渉次第では、街道を通るより余程安全にベルナンド市近郊に出る道を見出すことも出来るかもしれない。
そう考えて、俺たちはドワーフの集落に向けて足を踏み出すのであった。
(2,826文字:2018/04/19初稿 2018/10/31投稿予約 2018/12/19 03:00掲載予定)
・ 磁鉄(磁鉄鉱、磁硫鉄鉱)は、鉄鉱石や黄鉄鉱が熱変性したモノですので、火山地帯にしか存在しません。そして北ベスタ山脈(ベルナンド山脈)は地殻変動による造山活動で出来た山脈ですので、磁鉄は存在しません。




