第01話 ミーティング・5 ~〝サタン〟、その再定義~
第01節 ドワーフの里〔1/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
俺たちは、〝魔王〟と敵対することを〔契約魔法〕で宿命付けられている。
だがその一方で、俺たちの〔契約魔法〕を解除する為の、手掛かりを持っているのは他ならぬ〝魔王〟。なら、その『敵対』は、「殺し合い」であってはいけない。
現在。小鬼が作ったカラン王国を巡って、「人類対魔物」という構図が出来つつある。その、対カラン王国の当事者となっているのは、俺たちが世話になっているスイザリア王国と、そしてローズヴェルト王国だ。スイザリア王国とローズヴェルト王国は、事実上敵対しているものの、対カラン王国という特殊事情を前にして、両国は共同歩調を採ることにしているようだ。
だが、カラン王国の背後に魔王国がある。このことが、事態をより一層複雑にしている。
人類の王国としてのドレイク王国は、ローズヴェルト王国の同盟国であり、フェルマール王国の後継であることからスイザリア王国とは不倶戴天。つまり、『ドレイク王国の同盟国』であるローズヴェルト王国、対、『魔王国の尖兵』であるカラン王国、という構図になるという事だ。
国家間の関係が複雑だ、という程度なら、それぞれの国家元首や行政府が苦労すれば良い。だけど、俺たちの〔契約魔法〕を考えると。
〔契約魔法〕は前提として、『〝魔王〟を討つ』ことを最終目標に置いている。だから〝サタン〟を利する行動は〝違約紋〟が反応する余地のあることで、〝サタン〟と敵対する者に協力・助力することは、〔契約魔法〕は否定しない。
では、カラン王国の背後にいる〝サタン〟と戦う為に、〝魔王〟の擁する魔王国の同盟国であるローズヴェルト王国に協力することは、〔契約魔法〕がどのように判断するだろう?
◇◆◇ ◆◇◆
「カラン王国の背後には、魔王国がいる。
この両者の関係だが、カラン王国と魔王国が、取り敢えず建前のみであれ対等の交易関係にあるのか、それともカラン王国が文字通り魔王国の傀儡なのか。はっきり言って、この場ではどうでもいいことだと思う。
スイザリア王国、モビレアのギルマスに対しては真実を報告する必要があると思うけど、領主様やローズヴェルト王国に対しては、別の説明が必要になる」
〔倉庫〕内で。俺たちは今後の各国に対する報告内容、そして俺たち自身の行動指針を話し合っていた。
「魔王国の国王である〝魔王〟とは別に、カラン王国の背後にいてこの世界の魔物を牛耳る〝サタン〟を定義する。そのことで、カラン王国との戦争が、『魔物の王』たる〝サタン〟との戦争の前哨戦になるという形にするんだ。
多大な犠牲を払ってカラン王国に勝利しても、その結果〝サタン〟の本隊が動き出す危険がある、と」
「カラン王国が〝サタン〟の本隊であれば、死力を尽くして撃滅する価値があるでしょう。けどその尖兵に過ぎないのなら。戦略的には攻略を後回しにして攻め易いところから攻めることを考えるべきです」
武田が、俺に続く。
「『兵は拙速を聞く』と言います。孫子の兵法です。
長期戦は民衆に多大な負荷をかけるので、多少の犠牲を許容してでも短期間で終結させた方が良い、という意味です。が、事ここに至っては、短期でこの戦争を終結させる選択肢は、ありません。
『兵は神速を尊ぶ』と言います。三国志、魏の曹操の軍師である郭嘉の言葉です。
兵を動かすのなら迅速に。それが結局輜重にも負担をかけず、また相手の対応に先んじる事が出来る、という意味です。けど、〝人類軍〟は既に後手を打っています。なら、動かすべき〝兵〟とは、カラン王国攻略軍ではなく、対〝サタン〟包囲軍としなければならないでしょう。
『巧遅は拙速に如かず』と言います。南宋時代の謝枋得という人の記した、『文章軌範』という書物の「補注巻第五」に出てくる言葉です。
この「文章軌範」とは、科挙(文官登用試験)の問題集、というか文例集なんですが、その解説に書かれている言葉なんです。それは、『100点満点を狙って時間切れになるくらいなら、不完全でも時間内に終わらせなさい』という、試験テクニックの話です。
これを軍略に準えるのなら、『難攻不落の要衝や要塞を攻め倦ねて無為に時間と戦力を損耗するより、攻め易い町村や集積地を先に攻略して判定勝ちを狙え』という解釈になります。
今回ボクらが採用する格言は、『巧遅は拙速に如かず』です。難攻不落の旧ハティスを攻めて兵力を浪費するより、重機関銃をはじめとした兵器をゴブリンたちがどこから調達しているのかを調べ、つまりカラン王国の兵站を押さえるのが先決でしょう。
常識で考えれば、南北をスイザリアとローズヴェルトが閉鎖しており、通常の輸送ルートでそれらの兵器が搬入されたのではないことだけは確かです。ならあと考えられるのは、西から船と山越えルートで一旦旧ハティスの南方に出て、そこから北上して運び込んだか、東から大樹海を突破したか。或いは、そう言った常識的物理空間とは別の、異世界ルートでも持っているか。
西ルートなら、南西ベルナンド地方はスイザリアの支配地です。が、マキアの独立を許した以上、南西ベルナンド地方も遠からず無主領地になり、マキアなりローズヴェルトなりが支配するでしょう。なら、この地を支配することになるどちらかの国が、そのルートの特定と通商破壊を行えば良いという事になります。
ちなみに、マキアの独立には魔王国が関わっていましたが、独立後のマキアが魔王国の傀儡になるか、と問われればそうとは言い難いでしょう。現に、ボクらの身柄の引き渡しに関して、魔王国とマキア王党派の間で方針が対立していましたし。加えてマキアの、〝柔軟な〟外交政策を見れば、独立と同時にスイザリアと友好条約を締結して、対ドレイク神聖同盟に加盟するぐらいのことをしても不思議ではないと思います。
東ルートの場合、或いは領内の迷宮がショートカットルートになる場合。政治的に、その出口となる場所を領有する国家を特定し、その国と外交交渉によりカラン王国に対する経済封鎖を行う必要があります。けどその為には、大樹海側或いはカラン王国内のダンジョンを特定し、これを攻略する必要があるでしょう。つまり、これは冒険者の役割となります。
また大樹海ルートの場合、カラン王国側から見て樹海の入り口に当たる場所には、山妖精の集落があります。なら、彼らの協力を得ることが必要でしょう。
つまり、この辺りに冒険者の出来ることがあるという事です」
ある意味武田が示した選択肢は、〝魔王〟との知恵比べ。
俺たちの知る真実を隠し通したまま、〝魔王〟の思惑を阻止する事が出来るか。
これは、俺たちが〝魔王〟に届くかどうかの、試金石になるだろう。
(2,697文字:2018/04/17初稿 2018/10/31投稿予約 2018/12/17 03:00掲載 2022/06/15誤用修正)
・ あるラノベ(アニメ化作品)で、敵の行軍速度の速さを見て「巧遅より拙速」と説き、「この言葉は孫子の兵法の『兵は拙速を聞く』を原典としている」と解説しているのを読み、強烈にもやったものです。ちなみに、少なくないWeb辞書やビジネス書でも、「巧遅は拙速に如かず」の原典は「兵は拙速を聞く」だと説明しています。どうやら間違いを認められない「〝自称〟識者」は少なくないようで。というか、「巧遅より拙速」には〝兵は〟という主語が無いのが実は地味に重要。
・ この三つの格言が混同された、「兵は拙速を尊ぶ」などという訳のわからない格言さえ流布している昨今、皆様いかがお過ごしでしょうかwww




