第41話 二〇三高地、或いは〝異世界チート〟
第08節 ゴブリンの王国〔8/9〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
見晴らしのいい平地に、かつてあった中規模の都市。
その瓦礫を上手く組み合わせて城壁とし、そこから南北の敵兵に向かって重機関銃を掃射する、小鬼の姿。
ツッコミどころが多過ぎて、どこからツッコめばいいのかさえ分からない。
だけどこの光景から、はっきりわかることがある。
だから。
「〝0〟」
ソニアの腕を掴みながら、〔倉庫〕開扉の0をした。
「さて、ソニア。説明してもらいましょうか」
「えっと、何を、でしょうか?」
この期に及んで呆けるつもりか、それともあたしたちが何を知りたいのか本当にわからないのか。
「この、カラン王国のゴブリンたち。彼らが持っている兵器は、この世界のモノじゃないわ。
ゴブリンの技術力がどの程度かは知らないけれど、それでも彼らが独自に開発した兵器じゃないことだけは、確かよね」
もしゴブリンが独自に重機関銃を開発出来るのなら、今頃ゴブリンがこの世界を支配しているはずでしょうから。
「そうなると、ゴブリンに兵器を供与している〝誰か〟がそこにいるはず。誰だと思う?」
「……他に、該当者がいない、という事ですか」
「そう。もしそんなモノが人類社会で開発されていれば、この世界は既に〝火薬と硝煙の世界〟になっている。でも、この世界は相変わらず〝剣と魔法の世界〟。なら、そこに介入しているのは、この世界のイレギュラー。〝魔王〟を措いて他にいないわ」
「そこまでわかっておいでなら、何を聞きたいのですか?」
「それこそ、あたしたちのこの依頼の目的そのものよ。あのゴブリンたちは、一体何を目的にここに国を興したの?」
『カラン王国』が、『魔王国』から武器の供与を受けている。これはもう、間違いのないこと。でも、だとしたらその目的は?
「私は、政治的な方針まで知り得る立場にはありません。だから、おそらく知らないことの方が多いと思います。また、推測も多分に交じります。それで宜しいですか?」
「えぇ。それで構わないから、話して?」
「まず、〝カラン〟というのは、旧ハティスに隣接していた村の名前です。カラン村は、更にその奥にあるゴブリンの集落と縁を持っていました。
一時期関係がこじれて、カランとハティスは、そのゴブリンの集落と全面戦争になりましたが、最終的には和解し、親密な関係を築けたそうです。
そして、『フェルマール戦争』でスイザリア軍が進軍して来た時。ハティスの民が逃げる為の時間を、カランを占領したゴブリンたちが稼いでくれました。たった三日とはいえ、その時間はハティスの守備隊にとっては値千金の価値があったんです」
百足らずのゴブリンが、数万を数えるスイザリア軍を三日に亘って足止めした。
それは、西大陸で、エラン先生から聞いたエピソード。それが、ハティスの民を逃がす為の時間だったなんて。だからこそギルマスは言っていたのね、『スイザリア軍にとっては、組織立ったゴブリンは侮っていい対象じゃない』って。
「だから、ドレイク王国では、ゴブリンは普通に交易を行う相手です。もっとも、その他にも女郎蜘蛛の集落や魔蜂の集落など、我が国では魔物の集落と対等に交易や交渉を行い国の産業を興しております。また私たちの有翼獅子のように、直接言葉は通じなくても、心を通わせお互いの益になる関係を築く事が出来る魔物も、少なくありません。スライムは益魔物として認識されていますし。
あ、ごめんなさい、脱線しました。
この、旧ハティスのあった場所の近くには、埋蔵量が豊富な鉄鉱窟と炭鉱があったんです。
市を放棄する際、両鉱山は閉鎖されました。けれど、ドレイク王国には複数の迷宮を繋ぐ特別なダンジョンが存在しているんです。
そのダンジョン、『リリスの不思議な迷宮』を介し、両鉱山を内側から繋ぎ、鉄や石炭を供給していました。
ここから先は推測になりますが、カラン王国のゴブリンたちの産業は、農業と林業、そして鉱業で、取引先はドレイク王国、だったのではないでしょうか?」
◇◆◇ ◆◇◆
幾つかの、キーワードが出てきた。
その一つ、『リリスの不思議な迷宮』。複数の迷宮を、〝時間と空間を捻じ曲げて〟接続するという、あり得ないモノ。でも、だとしたら。
「エリス。お前の母親の名前は、リリス、か?」
「うん。エリスのままはリリスだよ?」
つまり、あたしたちは、西大陸の『ビリィ塩湖地下迷宮』から『リリスの不思議な迷宮』を経由して『ベスタ大迷宮』に移動した、という事になる。
もしそれを知っていれば、直接魔王国に乗り込むことも出来ただろうけれど。
そして、その事実が示すことは。
「つまり、『ビリィ塩湖地下鍾乳洞』のゴブリンたち。彼らも、カラン王国の兵士だったと考えるべきですね」
武田の言葉。そうだ。塩湖の地下となれば、岩塩の他にもたくさんの鉱物資源が期待出来る。この世界この時代では無用の長物であっても、異世界知識を持つ〝魔王〟なら活かせるであろう資源も、多くある。手強過ぎる訳だ。
「そうだとすると。カラン王国の外貨獲得手段には、ドレイク王国が所有する鉱山などの警備と、新兵器のテストプレーヤー、もあるのでしょうね」
そう。ゴブリンが扱える兵器なら、習熟が不十分の新兵でも扱えるという事。例えば、今外界でその音を響かせている、重機関銃。そんなモノが実戦投入されたら。
剣と魔法の世界。魔法も有視界攻撃に頼る所為で、その射程は100mにも満たない。にもかかわらず、1,000mを超える射程を持つ火器を使われたら。その技術を一国が独占したら。
……何のことはない、譬えようもなく、〝魔王〟は『魔王』だという事だ。
◇◆◇ ◆◇◆
「あれ? ちょっと待ってください。
今、カラン王国とローズヴェルト王国は交戦状態ですよね?
でも、ローズヴェルト王国は、魔王国の同盟国だと聞いています。
これは一体、どういう事なんでしょう?」
武田の疑問に、ソニア。
「ローズヴェルト王国の王家は、旧フェルマールに於いては、建国以来の譜代の貴族でした。
ですが、フェルマールの王権の剣を託されて建国したのは、ローズヴェルト王国ではなくドレイク王国です。
当時のローズヴェルト王は、その長女である姫をドレイク王国の第二王妃として嫁がせました。
ですが、ローズヴェルト王の姫は、旧フェルマールの第二王女であるルシル姫の守護騎士でした。そしてルシル姫は現在、ドレイク王国第一王妃となっております。
つまり、ローズヴェルト王女シルヴィアさまの輿入れは、ローズヴェルトにとっては政略でしたが、アドルフ陛下にとっては第一王妃の側近を妃に召し上げただけ、だったんです。
この辺りが、両国間で相手国に対する評価にずれが生じる理由だと思われます」
それらを踏まえて、あたしらの選択肢は。
〔契約魔法〕があるから、ドレイク王国を利する選択は出来ない。
けど、カラン王国に正面から挑んでも勝てる目はない。
なら。
戦い以外の選択を、するしかないのだろう。
(2,791文字:2018/03/26初稿 2018/10/31投稿予約 2018/12/13 03:00掲載 2022/06/15衍字修正)
・ カラン王国の重機関銃の限界最大射程は確かに1,000mを超えますが、実用最大射程(狙って中てられる最遠距離)は精々300m、有効射程(皆中を狙える距離)は180m程度です。といっても、長弓の実用最大射程が100m、有効射程は50mほどで、限界最大射程(理論値)が200m、と考えると、比較するのも莫迦バカしいほどの長射程、ということになりますが。
ちなみに和弓は、有効射程30m、実用最大射程90m(遠的競技の公式距離:但し現代の公式戦の遠的距離は60m。55mを超えると、「技術ではなく運」という言葉も)、理論限界射程は300m(但し風向き等の理由で1,000mを超える距離を射抜いたという記録も)。
・ ドレイク王国では、スライムは益魔物。排泄物の分解から、ダンパーの緩衝材まで、様々な分野で活躍しています。




