第38話 裏切りの町
第08節 ゴブリンの王国〔5/9〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
今回の依頼を前に下調べしたこととソニアから聞いた話をまとめると。
南東ベルナンド地方、旧ハティス男爵領は、北の旧ハティスから南のリュースデイルまで、数珠繋ぎに九つの町村が並んでいたのだという。
けど、『フェルマール戦争』に際し、リュースデイルはスイザリアに寝返り、七つの町村はハティスを頼ってそのまま難民団を構成し、そしてハティスの男たちはスイザリアの正規軍(モビレア公爵領軍)に対する「捨て奸」を自らに任じて、自分たちとハティスの街を犠牲にしてスイザリア軍の侵攻を食い止めたのだという。
だけど。だからこそ、と言うべきか。リュースデイルの民はスイザリアの治世下に於いても軽蔑の眼差しを向けられることになった。市民がその身を犠牲にしてスイザリア軍と戦ったハティスの民と比較され、またマキアのように仰ぐ旗をころころと変えることを侮蔑するスイザリアにとって、リュースデイルの民の振る舞いは唾棄すべきものに他ならなかった。
そのような事情から、スイザリアにとって南東ベルナンド地方の入り口に当たるリュースデイルは、それなりに尊重すべき立地にあっても、その町民に対する政策は良く言って無評価、悪く言えば賤民扱いでしかなかった。
旧ハティス男爵領がスイザリアの占領下となった後。リュースデイル以外の八つの町村を復活させようとする目論見はあった。特に最北のハティス市の立地は、南部ベルナンド地方を東西に分断する北ベスタ山脈(ベルナンド山脈)の途切れる場所であり、北部ベルナンド地方と南西ベルナンド地方とを繋ぐ交通の要衝であること、ローズヴェルト王国が北部ベルナンド地方の支配権を確立しつつある状況から、この場所に町を造りスイザリア軍を常駐させることが急務となっていた。
しかしハティスは灰燼に帰しており、瓦礫を撤去して再び町を造ろうと試みるくらいなら近くに別の町を新たに開拓した方が早いと見積もられ、その資材の運搬を考えると、それ以外の七つの町村を整備して物流の拠点とする必要があった。
ところが。この『旧ハティス男爵領』復興計画は、遅々として進まなかった。それは、昼夜を問わず出現する、小鬼をはじめとする魔物たちの跳梁が原因だった。
冒険者にとっては取るに足りない魔物でも、荷運びの人足にとっては充分な脅威である。そして昼夜を問わずに組織立って襲撃されたら、熟練の冒険者であっても自分の身を守ることが精一杯。物資に火をかけられ、また疲労と睡眠不足から労働効率が下がり、結果まともに入植することが出来る状況まで進まなかったのである。
そうこうしているうちに、ローズヴェルト王国は北部ベルナンド地方を掌握し、旧フェルマール領奪還の為に部隊を編成し始めた。
「カラン王国」の建国宣言が行われたのは、そんな時期だったのだという。
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「まるで、貧民街だな」
リュースデイルの町に入って、その街並みと町民の様子を見た、その感想。
まがりなりにもここがスイザリア王国領だったときは、北に物資を輸送する為の中継基地としてそれなりの活気があったはずだ。
けど、カラン王国が興ったことで、人間の南北の行き来は途絶えた。
カラン王国のゴブリンたちが、リュースデイルの町をどのように統治しているのかはわからないけれど、逆にゴブリンにとっては、ここに「町」がある必要性がない。なら、ゴブリンたちからも無視に近い扱いなのだと思う。
そうなると、この町の住民は、自給自足を求められる。が、果たしてそれは可能か?
林業や、山での狩猟・山菜の採取は可能だろう。けど、穀物を作る為の畑の開墾は出来るだろうか?
もし、カラン王国のゴブリンたちが、リュースデイルの町の統治に意識を配るのであれば、開拓に際して隷下の魔物たちに手出しはさせないだろう。けれど、正しく無関心なら、町民たちは開墾するときに、魔物の襲撃をも警戒しなければならなくなる。
Web小説などでは、異世界に転移して密林や不毛の荒野を開拓するという物語は、決して珍しくない。
けれど、現実は。
戦後日本の南米開拓民の資料を斜め読みするだけで、その過酷さはわかる。〝生存率〟が三割を切り、まともな教育を受けることも出来ず、死因のトップスリーは病死・餓死・自殺。だからこそ、その環境を乗り越えて開拓に成功した極一握りの人物が、億万長者となりまた偉人として讃えられるのだから。
つまり開拓事業など、行政の支援と治安維持が無ければ、宝くじで一等当選を狙う方がまだマシというくらいの過酷な環境になるのである。さもなければ、魔法などのズルに頼るか。
そして周囲に、知性がありまた明らかに自分たちに対して敵意と害意を持つ魔物が徘徊している状況での開拓・開墾など、限りなく不可能に近い。
でも、町を捨ててどこに行く? 北に向かおうにも、延々魔物の支配領域を歩くことになり、冒険者でもない一般市民には自殺行為に他ならない。南に向かおうにも、関を挟んでスイザリア軍とカラン軍が対峙しており、通過することなど出来はしない。
近くにある(元)猫獣人の集落を経由してウィルマーの町に抜けることは出来るはずだが、既にその道を知る商人はリュースデイルに立ち寄らなくなって久しく、また仮に猫獣人の集落に辿り着けても、あそこに陣取っていた大鬼の餌にしかならなかっただろう。
結果、行く先もなく、生活するだけの物資や食料にも事欠き、飢餓と栄養失調でゆっくりと滅びゆく町。これが、近代史に名を遺した「裏切りの町」の末路、という事なのだろうか。
けれど、この様子を見てわかることは。
カラン王国のゴブリンたちにとって、人間は「支配」する対象ではないという事だ。あのオーガがゴブリンたちに使役されていると考えれば、ゴブリンたちにとって人間は、使役する価値さえないのか、或いは別の対象なのか。
連想して考えるのは、この世界の奴隷制度。
暴力と脅迫と物理的拘束による、地球史と同じ形での奴隷と。
〔契約魔法〕を介した〔奴隷契約〕。
人間がゴブリンを〝支配〟したら、当然前者の奴隷制度を採るだろう。白人が黒人に対し、キリスト教徒が異教徒に対して行ったのと同じように。
〔契約魔法〕を介した〔奴隷契約〕は、一方的に有利な条件で締結することは非常に難しいものの、締結出来ればその〔契約〕が許す限りどのようなことでも出来る。〔契約〕それ自体は(建前とはいえ)対等な立場で交わすことが前提だからだ。けれど、人間がゴブリンを〝支配〟した時。ゴブリンを(仮令建前と雖も)「対等な契約相手」と看做すことは出来ないだろう。
一方で、ゴブリンが人間を〝支配〟したら。
その〝たら〟が現実になったリュースデイルで、ゴブリンは人間を隷属させようとはしていない。
この辺りが、カラン王国のゴブリンの正体を解くカギになるのかもしれない。
(2,979文字:2018/03/17初稿 2018/10/31投稿予約 2018/12/07 03:00掲載予定)




