第37話 ミーティング・4 ~カラン王国内での行動指針~
第08節 ゴブリンの王国〔4/9〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
大鬼との死闘の後。その素材(オーガは角や骨などは鍛冶の素材――というか触媒――に使えるそうだが、それ以外に換金価値のある素材はない)と魔石の回収を後回しにして、〔亜空間倉庫〕を開扉。オーガの死体を収納した上で、ソニアを含めてミーティング。
「さて。これで『カラン王国』に入った訳だが、考えなきゃならないことがたくさんあるな」
いつもの通り、松村からの問題提起で会議は始まる。
「カラン王国を国だと仮定するなら、どのような形で国を維持しているのでしょう? 産業や〝三権〟は? そして軍事に関しては、駐屯と通信、兵站」
「産業や三権については、当面後回しでいいだろう。今回の依頼の内容を考えれば、調べる必要のあることだけど。
一方で軍事に関しては、俺たちにとっては直近の脅威だ」
武田と飯塚が言を継ぐ。
「カラン王国の領土とされた、南東ベルナンド地方。旧ハティス男爵領だそうだが、ここの人類の生息域は街道沿いの細長い地域に限定されているという。但し、その他は魔物の領域でもあり、カラン王国を〝魔物〟の王国だと考えると、その活動域は数倍に広がる」
つまり、人間にとってはいつ魔物に奇襲されてもおかしくない隘路だという事だ。
「その一方で、それこそ三権の話にも通じるが、ゴブリンの国家の構造が不明だ。
あたしらはゴブリンを魔物と考える。だから全てのゴブリンは脅威であり、戦う相手だ。
だが、ゴブリンが社会を作るというのであれば、戦闘に適さない個体とか戦闘以外の役割を持つ個体とかもいるはずだ。すなわち、『国民皆兵』とは思えない。
ゴブリンの、成体のオスが全て戦闘職だと仮定しても、単純計算で総個体数の四分の一。残る四分の三を守る為に、拠点の構築や防衛戦略を持っているんじゃないか?」
「他にも可能性があります。例えば、先程戦ったオーガ。あれは、ゴブリンの王国の〝国民〟なのか、それとも国民によって使役される〝猟犬〟なのかです。
オーガは戦闘に関する学習能力はあるようですが、事前に『練習』するなどの環境にあるようには思えません。つまり、〝知能〟は有っても社会を構成する〝知性〟は無いのでしょう。
ならボクは、オーガはゴブリンの王国の〝国民〟ではなく、使役獣の類だと思います」
松村の疑念に対して武田が提示したのは、かなり恐ろしい可能性だ。
この世界で「魔物災害」と呼ばれるものもある。魔物が、人間側の対応能力をはるかに超えた数で暴走する、〝大氾濫〟と呼ばれる現象である。その発生原因は未だ不明とされているものの、このカラン王国では、ゴブリンの手によって『人為的に』大氾濫を引き起こせるかもしれない、という事なのだから。
「だけど、ちょっと待ってくれ。その可能性まで踏まえたら、最早対応不能になる。だから、問題を切り分けよう。
一つ、『魔物の首領』たり得る魔物としての、ゴブリン。
一つ、『人類に匹敵する社会性』を持つ魔物としての、ゴブリン。
前者は、はっきり言って考えても仕方がない。その状況になったら対応しよう。
でも、後者は?
カラン王国の領土を、南東ベルナンド地方だと認識する。
そしてカラン王国は、南北で独立戦争をしている。
南は、リュースデイルの関でスイザリアと。
北は、国土の北端でローズヴェルト王国と。
では、その中は?
国家防衛を考えると、国境の関が破られたら二ノ関・三ノ関と段階を踏んで防衛網を築き、最終防衛線の内側に守るべきものを置くという考え方と、逆に全戦力を国境の関に集中させて完全に国土を守るという考え方がある。まぁ関を複数構築するか、国境と最終防衛線の二箇所に限定して関を作るかの違いしかないだろうけどね。
で、ゴブリンはどっちだと思う?」
飯塚の意見。「魔物の群れ(つまり災害)の長」としてのゴブリンと、「人類の亜種」としてのゴブリンに切り分けて、人間としての行動を追跡するという事だ。けど。
「その二つ、切り分ける必要があるか?
カラン王国は、まだ生まれて間もないと考えると、戦闘訓練だの軍隊機動だのの訓練を充分に出来る環境だとは思えない。出来るのは、拠点防衛が精一杯だろう。
なら、ゴブリンたちは南北の関と本拠地を守ることに集中して、それ以外の領内は魔物たちに委ねている、って可能性もあるんじゃねぇか?
あのオーガがゴブリンに使役されているのなら、他の魔物だって使役出来るだろうし。なら警邏はそいつらにさせている可能性だってある」
拠点防衛戦は、高度な指揮能力があれば一人ひとりは弱卒でも充分機能する。だが治安維持戦や遭遇戦は、一人ひとりの強さで結果が決まる。そして、ゴブリンは「最弱の魔物」。なら、よっぽど装備に恵まれているのでもない限り、ゴブリンが警邏活動をするのは無意味。
ということは。
「そう考えると、方針もまとまるな。
カラン王国内での戦闘は、基本遭遇戦。重要なのは、相手を逃がさないこと。
逃がしたら、場合によっては高度な戦略を持ち戦術機動を熟すゴブリンの兵団がやってくる。
そして逆に、国内で変に隠密行動をとる必要はない。どうせ森林での隠密戦になったら、あたしら人間は魔物に勝ち目はないんだからな」
松村の言葉が、会議の結論。この方向性でオレたちは行動することになる。
◇◆◇ ◆◇◆
オレたちのミーティングに初参加のソニアは、発言しないままに終わってしまった。
「どうしたの?」
そのことに気になったのか、髙月が声をかける。
「いえ、その、圧倒されました。
時間を有効に使えるというか、行動前に念入りに打ち合わせが出来る環境というのは、凄いものですね」
「そだねー。外界で話し合うと、誰に聞かれるかわからないし、不意の襲撃があるかもしれないけれど、〔倉庫〕内ならその心配もないから、安心して意見を言い合えるの。
それから、今後は毎朝のトレーニングも〔倉庫〕でやるから。就寝もね?
その反面、外界では夜でも行動するから、今まで以上に一日での移動距離は増えるよ?」
「色々非常識な我が国でも、ここまでではありません。ちょっと慣れるのに時間がかかりそうですね」
「その辺りはゆっくりで構わないと思うよ? あ、あとキッチンとかの使い方も説明するから。ご飯作りとか、手伝ってくれると嬉しいな?」
「それは、是非。でもそうですね、ここで作られていたから、私はお手伝い出来なかったんですね。でもこれからは。心ゆくまでお手伝いさせてください。
それに、この部屋の仕切りとか、色々気になるところもあります。もしお許しいただければ、この場の改装に関わらせていただけないでしょうか?」
「え? そんなことも出来るの? マスター・メイドって凄い!」
「私の父は、大工職人だったそうです。だからそっち方面の技術も、嗜み程度ですが学んでいます」
女子の語らいに聞き耳を立てるのはマナー違反だが。
……「大工仕事を学ぶ、メイドの嗜み」って、結構なパワーワードだよな?
(2,976文字:2018/03/03初稿 2018/10/31投稿予約 2018/12/05 03:00掲載予定)
・ 平成30年12月03日に発表された、「ユーキャン新語・流行語大賞」に「そだねー」が選ばれた件について。いや、今話で「そだねー」を使ったのも、前話で「喫茶タイム」を使ったのも、執筆した当時(平成30年03月03日)に印象に残った言葉だというだけで、まさかここまでタイムリーになるとはwww




