第30話 リュースデイルの関にて
第07節 兄さんが遺したモノ〔1/4〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
モビレア北方、リュースデイルの関。
以前はここが、スイザリア王国とフェルマール王国(当時)の国境だったそうです。
今から三百年以上前の戦争に於いて、この場所でフェルマール軍はスイザリア軍を撃退し、二度と進軍されることがないようにと大関門を作ったのだと言われています。
けれど、20年ほど前の『フェルマール戦争』時には、スイザリア軍は暴力ではなく謀略によって、戦わずしてこの関を突破しました。
今では「見た目が立派でも役に立たない物」の譬えとして「リュースデイルの関のよう」と謂われるようになっているそうですが、現状を見ればそれは設備の問題ではなく、当時のフェルマール軍の腐敗の方に問題があったことが明らかでしょう。
今、ボクらの目の前で展開されているのは。
アルバニー伯爵領軍を中心に編成された部隊に対し、『カラン王国』の小鬼たちが関を挟んで防衛戦を繰り広げております。
こうして見ると、リュースデイルの関は歴とした山城です。峠ではなく、南側の斜面にあり、北側からの物資の搬入は容易ですが、南側からは登坂するのが精々な急斜面。
という事は、破城槌のような攻城兵器を持ち込んでも大した勢いを付けられず、逆に関の上の防衛側からは好きなだけ攻撃も出来るのでしょう。しかも、孤立した山城ではありませんから、スイザリア側は輜重隊が輸送してくる物資が全てであるのに対し、関を防衛するカラン王国側は後方からいくらでも補給出来るのです。
そして立地的には、迂回も難しいでしょう。勿論、猟師や樵などが使う林道はあるでしょうが、大軍が行軍出来る道ではないはずです。そして、そういう山間の細道は、それこそゴブリンの最も得意とする戦場なのです。
「武田、お前ならどう攻める?」
〔マルチプル・バブル〕の内側の空気圧を変えた、〔プレスド・エアー〕の応用魔法〔レンズバブル〕。空気の屈折による、遠隔視の為の望遠鏡代わりに使う事にしました。それを使ってアルバニー伯爵領軍の様子を見ながら、飯塚くんが知的ゲームの一環として質問してきます。
「攻めません。
関の南側には攻城兵器を展開する場所はなく、仮にボクらの〔倉庫〕を使って攻城櫓を持ち込んだとしても、単純に関からの攻撃の標的になるだけです。攻城兵器は、通常の歩兵戦力と協同して、初めて効果を発揮するものですから。
また、平衡錘投石機を設置出来る場所もありません。投石機の射程内で設置出来る平面も無ければ広場もありません。
そうなると、少人数での浸透戦。夜陰に乗じて特殊部隊を送り込み、内側から関を開かせる。或いは政治的乃至は経済的に守備軍を内応させる。これは歴史に倣うやり方ですね。
他には、関を迂回する林道を切り拓いて別の街道を整備するのが、時間はかかるものの確実ではないでしょうか?
ちなみに、この関は南からの侵略に対しては無類の防御力を発揮するように設計されています。けれど、北に対する防壁としては機能しません。ならスイザリアは、南ベルナンド地方を領有すると同時に、この関を破却しておくべきだったんです。
どんな事情があったのかは知りませんけれど、残しておいたのはスイザリアの失策ですね」
今も。カラン王国のゴブリンたちは、関の上から無数の石を投げ落としています。対してスイザリア側は弓射で応戦していますが、坂の下から坂の上にある砦の更に上にいる敵に対する攻撃です。当然ながらかなり効果も減衰するでしょう。
そして。
「あれ? 今ちょっと気付いたけど、スイザリア側って、ちゃんと連携取れてる?」
髙月さんの言葉。そういう問題があります。
「この先遣隊。アルバニー伯爵領軍が中心となって、騎士団と傭兵団・民兵で構成されているって聞いています。うち、傭兵団っていうのは、戦争専門の冒険者たちと出征依頼で徴兵された冒険者たち。けどその依頼は、基本『前年のマキア戦争に出征していない旅団に属する冒険者』に対して発注されているんです。出征して帰還出来た冒険者は数少ないですけれど、それ以前に出征『しなかった』冒険者たち。出征を拒否してモビレアギルドから転籍した冒険者などです。
戦争を厭って逃げ出したのに、その先でまた戦争。次に逃げたら、今度こそ行くところがない、そんな冒険者たちです。士気が上がるはずがありませんよ。
それに、騎士団も。こんな山城に対する攻城戦では、騎兵戦など出来ません。地面に足を付けて、泥に塗れて戦わなきゃならない。精錬された戦技も、戦術も、まるで役に立たず、立派な軍馬も荷駄の代わりにしかならず、そしてゴブリン如きに一方的にあしらわれる。屈辱でしょうね」
今回のボクらは、あくまで調査が目的で、戦争が目的ではありません。依頼項目には「対カラン王国攻略軍に合流してほしい」というのもありましたが、それは調査完了後の話。それも、ローズヴェルト王国側の攻略軍と、です。アルバニーからの先遣隊に合流しろとは言われていません。
だから正直、他人事。無責任に戦況を眺め、無責任に論評しています。
「けど、実際にどうする? 北に行かないと、話が始まらないだろう?」
「大丈夫ですよ。地元の人たちが使う林道などはあるはずですから、それを探しましょう。つまり、少し戻って地元の村落を探して、その人たちに林道の所在を聞く、って形になるでしょうね」
人間の住む村落なら、街道に出る道があるはずです。別に草叢をかき分けて進む必要はないのですから。
確かに季節は初夏、樹々は葉を付け視界を閉ざしています。それでも、商人たちが踏み固めた土を覆うほどではないでしょう。
◇◆◇ ◆◇◆
そして。目立たないけれどかなりの交通量があると思われる横道を見つけ、そこを進んだ先。
木造家屋の立ち並ぶ、どこか懐かしい雰囲気の街並みを見つけました。
町の其処彼処から湯気が立ち上り、そしてかなり強い硫黄臭がします。
「まるで、日本の温泉街ね」
松村さんが零します。うん、ボクもそう思います。
そして街並みを眺め歩き、その奥にある立派な純日本風旅館を見つけました。
それを見て、柏木くんが。
「……なんでこんなところに【銀渓苑】があるんだよ?」
と、両手両膝をついて、項垂れてました。……って、銀渓苑って何?
(2,784文字:2018/02/26初稿 2018/09/30投稿予約 2018/11/21 03:00掲載予定)
・ リュースデイルの関は、(元)国境とされる峠(稜線)より南寄りにあります。
・ 今回の、リュースデイル出兵に関しては、モビレアギルドにも依頼が回ってきています。が、基本マキア戦争に出征した旅団や無事帰還した冒険者たちは免除されますから、所謂〝出戻り組〟が主たる対象になります。出兵して、前回の徴兵に応じなかったことの罰則と相殺する(つまり事実上出征に関わる報酬は日当を除いて出なくなる)か、それとも今度こそギルドから除籍処分を喰らうか(その場合、マキア戦争に関する強制依頼を拒絶した罰則は即日一括で支払う義務が生まれる。この場合は〔契約魔法〕で条件を拘束する)、のどちらかを強いられるのです。
・ 柏木宏:「orz...」




