第10話 生活魔法3 神聖魔法と治癒魔法
第02節 異世界言語と魔法〔7/7〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
〔亜空間倉庫〕を持つことになり、その開閉に大した力を要しないのなら。
更衣や排泄は、中ですればいい。ミーティングも就寝も、それどころか生活時間の大半を〔亜空間倉庫〕の中で過ごすことも考えられる。
けど、それは色々問題があるような気もする。特に、その有用性は(五人揃わなければ使えない、という難点を差し引いても)大きい。それも、個人での使用より、組織での使用、それもその規模が大きければ大きいほど、〔亜空間倉庫〕の有用性は高まる。
取引の手札にはなるだろう。けど、逆に解放される可能性は無くなると考えれば、現時点で魔術師長やその他この国・この世界の人間に、可能な限り知られないようにした方がいい。
勿論、隠しても盗聴されていたら、ある程度のことは察知される。けど、その根拠が「盗聴」である以上、彼らは表立っての追及は出来ないという事になる。それに、〔亜空間倉庫〕の性質上、目の当たりにせず耳で聞いただけで、その全体像を把握することは、おそらく出来ないはず。
だから、隠す。それはつまり、基本的な生活環境はこれまで通りとするという事だ。今更男子に見られて困る、などと乙女じみたことを言う気もない。
それと並行して、〔亜空間倉庫〕の環境づくりの為の資材の入手を考えた方がいいだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
異世界生活第11日目。
今日は、神聖魔法と治癒魔法を学ぶことになった。
「不死魔物は、自然の摂理に反した存在です。その不浄なるモノを天に還し、世界の均衡を取り戻すのが、この魔法です。
呪文は、『水よ火よ風よ土よ、四大の均衡を以て、不浄なるモノを還し給え』です」
あたしたちにとっては、不死魔物そのものが未知の存在。それが条理に則ったモノなのか、それとも不条理のモノなのかさえ、想像することしか出来ない。
この件について、武田が語った。
「ボクらの世界では、〝霊感〟は一部の人たちのモノでした。その人たちが超能力者なのか、妄想家なのか、ただの詐欺師や虚言家なのか。周りからは区別がつきませんし、誰か一人がそうであったといっても、その全員がそうだという根拠にもならないでしょう。
誰もが理解出来る一定の条件をクリアした人たちであれば、全員それを持つというのであれば、不死魔物の存在も仮定し、検証する事が出来ると思います。けど、詐欺と幻想と超常感覚の区別がつかない時点で、その実在性を俎上に上げることに意味はありません」と。
だから、この世界で言う不死魔物が、そう名付けられた単なる魔物なのか、それとも本当に死霊・悪霊の類なのかは、実物と見えるまではわからない。そして、わからないから、その魔法は理解することも出来ないという事だ。
そもそも、今この場には不死魔物はいない。だから呪文を暗記しても、それが実際に使えるかどうかを試すことは出来ない。結局、呪文を暗記するだけで、神聖魔法の講義は終了した。
次いで、治療魔法。
怪我を治す〔治癒魔法〕と、失われた体力を回復させる〔回復魔法〕、そして毒を打ち消す〔解毒魔法〕の三種類。
だけどこれに関しては、既に予習をしている。そして、呪文を詠唱すること自体に意味がないというところまで、あたしたちのイメージは確立している。
〔治癒魔法〕の対象となる、「怪我」。だけど、怪我すなわち「外傷」には、幾つかの種類がある。物理的要因、内部的な外傷、熱的要因、電気的要因、放射線要因、化学的要因。この他心的外傷などもあるけど、この世界で使われている〔治療魔法〕の守備範囲は、物理と熱だけ。もっとも、電気と放射線、そして化学の三つは、それに起因する外傷自体が稀でしょうけれど。だから、骨折や内臓の損傷などは気付かず手遅れになる危険が高いと思う。
一方〔回復魔法〕。失われた体力を取り戻す魔法で、でも疲労は回復しないらしい。そして、魔術師にとっての魔力は、時間経過で回復するけれど、〔回復魔法〕の結果失われた魔力は、時間経過だけでは回復しないらしい。このことから、〔回復魔法〕は「体力の譲渡」或いは「体力の前借り」と考えるべきみたい。
それを踏まえて、あたしたちの方針は。
〔治癒魔法〕と〔回復魔法〕を区別せず、純粋に〝外傷を受ける前の状態に巻き戻す〟〔再生魔法〕として定義する。この結果、「外傷の原因」を問わずに治すことが出来るようになる。
また、〔解毒魔法〕。これは、この世界の人たちが〝毒〟と認識したものを排除する魔法。だけど、以前話し合った通り「毒に中る」すなわち「中毒」は、現代病理学では病気の一分野。だから、「病気」すなわち「外的要因による影響での状態異常」を回復させる魔法として定義する。この定義なら、例えば寄生虫病などの慢性疾患であっても、その元凶さえ捕えられれば一気に治癒出来ることになる。勝負は、病理学的な知識量でしょう。
一方、「身体に放射性物質が入り込んだことによる、放射線障害」のようなものは、物理的(外科的)にその〝放射性物質〟を摘出してから〔解毒魔法〕(改め〔病理魔法〕)を掛けることになるでしょう。そして外科的な手術をしたことによる術創は、〔再生魔法〕の適用範囲。
言い換えると。外的刺激の〝結果〟生じる異変を取り消すのが〔再生魔法〕、外的刺激の〝影響〟で生じる異変をその原因ごと取り除くのが〔病理魔法〕、という訳。
〔治癒魔法〕と〔回復魔法〕は、魔術師長の連れてきた使用人(首輪をしている。まるで奴隷ね)を被検体として練習したわ。いくら魔法で怪我を治せるからって、上司に刃物で傷付けられるのって、この人はどう思っているんだろう?
でも、とにかく効果は発揮したわ。ただ、あたしたちの〔再生魔法〕は、魔術師長の〔治癒魔法〕に比べて回復速度は遅いみたい。同じ程度の怪我で、魔術師長の〔治癒魔法〕なら5秒かからず傷口を塞げるのに、あたしたちの〔再生魔法〕では10秒以上かかった。これは魔法の熟練度の差なのか、それとも魔法の性質の違いなのかは分からないけど。もっとも、魔術師長は呪文の詠唱に約3秒かかる。一方あたしたちの〔再生魔法〕に呪文は無い。そう考えると、差は縮まるのだけれど。
その他、属性魔法の基礎的な説明も受けたけど。
……今更中世の「四大元素論」を学んでも、得るものがあるとは思わない。
やっぱり属性魔法は、自習するに限るようね。
(2,746文字:2017/12/04初稿 2018/03/01投稿予約 2018/04/19 03:00掲載予定)
【注:外傷の種類は、Wikipedia「外傷」の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/外傷)を参照しています】
・ 魔術師長の呪文の文言は、武田雄二くんの翻訳バージョンに統一しています。各人それぞれの翻訳バージョンだと、収拾がつかなくなる恐れがありますので。
・ 〔再生魔法〕と〔病理魔法〕の守備範囲について、もう少し。譬えるのなら、「重量物がそこにある為、床が撓み、そこに水が溜まって床板が腐り始めた」。この「重量物」を除去するのが、外科的物理魔法(或いは外科手術)、「溜まった水」を捨てるのが〔病理魔法〕。「撓んで腐った床」を直(治)すのが〔再生魔法〕です。
・ この〔病理魔法〕の解釈だと、実は解毒出来る毒の範囲は一気に狭まります。というのは、その『毒』が特定出来なければ、効果を発揮し得ないという事になりますから。それが砒素なのかトリカブトなのかフグ毒なのか。「毒だ」という事実に気付いただけでは、この魔法は機能しないのです。その一方で、『毒』が特定出来れば(その毒の名称や性質を知らなくても。「さっき咬まれたヘビの毒」でもOK)、〔病理魔法〕を使う事が出来ます。